ごんざれふ賞2020-2021

2021-03-01 06:48

さて、理由がさっぱりわからないうちに、感染者数が増大したり減少したり。そんな毎日ですが、皆様ツツガムシに噛まれていませんか?

今年はロスアンゼルスで行われるイベントは例年とはちがう時期に行われれるとのこと。しかしそんな些細なことは「ごんざれふ賞」には関係ありません。とはいえ今年は例年になく鑑賞数が少なかったのも事実。でもちゃんといい映画も(私にとって)ダメ映画もありましたよ。
あと今年から「男優、女優」の区別をやめました。ジェンダーがどうのこうのとか関係なく、単に「よかった人」を何名でもリストアップするのです。決して今年観た本数が少ないので該当者無しを出さないためではありません。

毎年恒例ですが受賞資格があるのは「私が2020/3/1-2020/2/28に観た作品」です。今年は特にこの規定が重要なので、みなさんよく覚えておきましょう。 それではさっそく発表です!


作品賞:
もののけ姫

作品賞-次点:
アルプススタンドのはしの方
フェアウェル

今年は「作品賞-次点」を作りました。なんとなく作品賞にするには気がひけるけど、でもいい映画だったことは間違いない。もののけ姫で描かれる「現実の要素をばらばらにして再構成した日本の姿」には驚嘆しました。「この映画見た方がいいよ」と言われたのは二十三年前ですが。紋切り型の量産邦画/洋画が蔓延する中「こういう映画がみたいんだよ」と思わせてくれた2作品が次点です。


主演賞:
のん@私をくいとめて
煉獄杏寿郎@鬼滅の刃

能年玲奈は素晴らしかったです。彼女をめぐってはいろいろな事情があるのでしょうけど、あの女優としての才能を発揮させないのはおかしい。
煉獄さんは、映画を観た直後は「ああ、少年ジャンプだな」と思っていたのですが後でじわじわくる。ものすごく単純なキャラクターのはずなのにじわじわくる。漫画を読む。をを、映画はいまいちだったけど、漫画は傑作だ。しかしなぜ漫画が傑作なのかがわからない。
これだけ人に考えさせれば、文句なく主演賞です。


助演賞:
ジェンファー・ロペス@ハスラーズ
黒木ひかり@アルプススタンドのはしの方

ハスラーズの最後のダンスはとても印象的。あの映画に描かれていた女性たちの姿を象徴するようで。アルプススタンドのはしの方が定義によって「いまいちさえない高校生」の物語なのですが、その中で唯一カーストを極め、そして苦悩する姿がよかったです。


ちょっと言及したくなったで賞:

ある画家の数奇な運命
最近アートについて考えることが多いのです。その意味で今年この映画をみることができたのは幸運でした。

ルース・エドガー
人間社会における差別。それは簡単に色分けできるようなものではない、ということを改めて考えました。

さて、最後はみなさんお待ちかね


観てしまった中で最低映画賞:

パラサイト 半地下の家族

いやね、ロスアンジェルスでいろんな映画が作品賞になるのはまあ他人の趣味だからいいですよ。しかしこの映画どこに面白さを感じればいいのか。真面目に努力して成功した男とその家族がなぜあっさり殺され、不幸のどん底に落とされなければならないのか。いや、確かに世の中理不尽なものですが、金をとる芸なら何かを考え、感じさせて欲しいと思うのですが。


というわけで、今年は果たして何本映画を見ることができるやら。しかし私は確信しているのです。きっと来年のごんざれふ賞もネタには困らないぞ、と。それではみなさま来年の「ごんざれふ賞」までさようならー ならー ならー(エコー)


Apple Carを作るのは

2021-02-16 07:44

Appleが自動車を作っているのは公然の秘密である。しかし情報は交錯している。ずっと交錯していて実態がよくわからない。

最近になって、Appleが自動車メーカーと製造委託について交渉しているというニュースが流れ出した。(しかしそれとは真逆の「Appleが作るのは完全自動運転車だ」という情報もあり、これもよくわからない。完全自動運転車は、Appleが何か奇跡的な人工知能を持っていない限り十年以上先に存在しているはずだが)しかしこれとて数年前から予測できた事態ではないのか。

Googleが次に買収するのは韓国のキアだ。そしてAndroid Phoneと密接に連携できる"Nexus Car"を売り出す。もちろんGoogle +に登録すると大幅なディスカウントが得られる。Compact Carがなんと$999。あと

「サービス向上のため、ドライブデータをGoogleサーバーに送信することに同意する」

という使用許諾書にもOKをつける必要がある。もちろんほとんどの人は使用許諾書の内容なんか読んでいない。

車内にはHUDが標準装備され、Google Glassと同じアプリが使える。つまり車は拡大版Google Glassになる。装着に不自由さがないことに加え、バッテリの心配をする必要もない。もちろんスマートフォンをアップデートすれば、同時に車内で使えるシステムも新しくなる。少し待てば自動運転機能も手に入る。

キアの買収でうまく行かなければ、次はインドのタタ。日本の三菱自動車とかとにかく売りにでるであろう自動車メーカーはいくらでもある。つまり主体はGoogleのアプリで、車は「アクセサリー」なのだ。

引用元:ごんざれふ

私がこう書いたのはちょうど七年前。このころはGAFAがあれこれ買収していた。GoogleによるMotorolaとかMicrosoftによるNOKIAとかね。でもって最近は「それはうまくいかない」ということになった。というわけで、買収ではなく、業務提携だ。

さて

普通に考えれば、自動車の製造委託を受けてくれる会社はすでに存在している。だからそこに依頼するのが当然だ。

Another possibility is Magna, something that has been rumored for years. Magna is based in Ontario, Canada, and currently has close working relationships with companies such as BMW and Jaguar Land Rover. Magna produces a variety of car parts.

引用元:Apple Car: Bloomberg report rounds up multiple possible assembly and production partners - 9to5Mac

MAGNAとか懐かしいなあ。しかしそこが本命として上がらないということは、おそらくAppleは単なる製造委託ではなく、ある程度の技術開発力も合わせて獲得しようとしているのではないか。具体的には電気自動車開発能力だ。

でもって

自動車会社というのは、唯我独尊的な社風に満ち溢れている。自分たちは偉い!なぜなら生態系の頂点(彼らの目からみて)にいるからだ、というカルチャーに染まっている。

だから

普通の自動車会社は、おそらく「Appleの下請け」となることを望まない。いつまでそうやって意地を張っていられるかは知らないが、とにかく完全にくたばる寸前までは「自分たちは頂点だ」という幻想にしがみつく。

普通に考えれば、この図式に三菱自動車はピッタリだ。もはや何のプライドもないし、今や日産の一部署でしかない。日産としてもAppleが使ってくれるなら「どうぞどうぞ」というところではなかろうか。それでも名前が上がらないというのは、やっぱり、、、なんだろうな。


忘れがちなこと

2021-02-04 09:29

二十五年ほど前、Appleの製品は迷走し、その品質には疑問符が付いていた。

そして今、Appleの製品の多くは(全てではないよ)最初から驚くほど「あたりまえ」に動く。It just works.この言葉そのものだ。

私のように身の回りがApple製品だらけの人間はついそのことを忘れてしまう。しかし本当はそうではない。「あたりまえに動く」ことは偉大なことなのだ。今日この記事を読んで思い出した。

アプリによっては通知の挙動が不安定なこともあります。筆者の試した範囲ではLINEの新着が2回行なわれるほか、Facebook Messengerの位置情報共有は1分ごとに通知が来るという挙動のため、位置情報を共有している間ずっと通知が鳴り続けていました。

また、通知だけでなくメニューなどを表示した場合、手動でボタン操作しないとホーム画面に戻ることができません。通知を確認してそのままにしておき、ふと時間を確認したくなってwena 3を見ると通知画面が表示され、ボタンを押してホーム画面に戻る……、という手間がかかります。

引用元:スマート×スマートウォッチ。wear OS+wena 3でSuicaの自由を【いつモノコト】-Impress Watch

背景を説明する。Apple WatchはiPhoneとの組み合わせでないと動かない。そのためAndroidを使っている人は、いやがおうでもWear OSに対応したスマートウォッチを使わざるを得ない。

でもって

こちらがなかなかSuicaに対応してくれないのだそうな。それはお気の毒に。というわけでこの記事を書いた人は、最近Sonyが発表した「Suicaに対応した腕時計バンドに実装されたスマートウォッチ製品」とWear OSのスマートウォッチを組み合わせたのだそうな。

でもって

利益1兆円を超えて絶好調のSonyが売っているwena3のできが上に引用したような状況だという。つまり今のAppleでは到底リリースされるはずもない品質。しかし昔のAppleであれば、これくらいのことがおこっても別に不思議にも思わなかったのだ。

この話を読んで

It just works

がいかに偉大なことかを再認識する。そして売れる製品を作る、というこはいたずらに新規な機能やらサービスを盛り込むのではなく

It just works

を実現することではないか、という思いが強くなる。


イノベーションとは何か

2021-02-01 07:41

この文章を書いているのは個人で買ったM1-Mac Book Airである。自宅にはもう一台会社から支給された仕事用のMac Book Proがある。

就業時間中はMac Book Proを使い、仕事が終わってからはAirを使う。そしてその差異に愕然とする。

西田 それまではPCっていいけど、うるせえな、とか、熱いな、とか、いろいろ頭の中にちょっとハテナを浮かべながら使ってた部分があるわけですよ。我慢して。ところが、 ご存じの通り、M1って「あれっ、なんだこれ」みたいな状態じゃないですか。

引用元:「こんなの俺らのAppleじゃない!」 M1 MacショックとWindowsの行方 小寺・西田の2021年新春対談(前編)(1/2 ページ) - ITmedia NEWS

本当の革新は静かにやってくる。M1-AirとIntel-Mac Book Proに機能の差異はない。強いて言えばTouch Barか。とはいえあれ使ってないし。

なのに

この快適性の差異はどういうことか。静かに長時間高速で動くことがこれほどまでに感覚の違いを生むのか。こういう「革新」はユーザアンケートとかとっても絶対にでてこない。実現されたものを使ってみて初めて

「あゝ」

と嘆息する。前にも書いたことだが私はより確信を深めている。2−三年後MacとPCは別物として認識されるだろう。バッテリが持たず処理がもたつき重いPCとそれら全てが軽く意識せずに動くMacと。

これも長きにわたる戦いだった。曰く68000は32ビットで、8086は8ビット。曰くPower PCは画期的でPCという言葉の意味を再定義する、そうやってMacはPCと性能の違いを強調してきた。現実にはそうではなかったのだが。

しかし

とうとうそれが実現されようとしている。Intel自身がそう言っているのだから間違いない。

その中で同氏は、「われわれはクパチーノのライフスタイル企業が作れるものよりも良い製品をPCエコシステムに提供する必要がある」「将来、そのレベルにならなければならない」と語った。「クパチーノのライフスタイル企業」とは、クパチーノに本社キャンパスを持つ米Appleのことを指す。Appleは昨年、これまでIntelのCPUを採用してきた一部のMacで自社製の「M1」プロセッサを採用した。

引用元:Intelの次期CEOゲルシンガー氏、全社会議でAppleを「クパチーノのライフスタイル企業」と - ITmedia NEWS

「将来そのレベルにならなければならない」とは現在そのレベルでないことを認めているようなものだ。

日本の家電メーカーはもはやPCを作っていないが、したり顔で新機能だの売れる機能だの考えていた連中はみな恥死すべきだ。あるべき姿をはっきりと描き、それに向かって大胆に変革する。ただこれだけがもたらす結果がこれほど大きいとは。



トランプと西野がアート思考に教えてくれたこと

2021-01-23 07:59

トランプ信者が、米国の国会議事堂に不法侵入した。その事件の後でも米国民の三人に一人はトランプを支持していた。米国人以外の誰にとってもこの事実は理解し難い。しかしそれが事実なのだ。

さて

時を同じくして、日本では西野という人間が信者を集め自分が制作にかかわった映画のチケットを買わせていた。これも私のような人間には理解がしがたい。しかし「宗教ビジネスね」とラベルを貼っておしまいにするのは「アート思考」の考え方に反する。ありがたいことに信者の中で自分の考えを文章にして発表してくれている人、それについて書いた人がいる。

それを読み、トランプを支持する人間と西野の言葉を信じ、映画のチケットを売りまくる人間の間には共通の要素があるのではないかと考えるようになった。

カモになりやすいのは、「何者かになりたい」気持ちだけ強くて、具体的に何になりたいのか、ビジョンや武器を持っていない人たちなんです。

例えば「作家として何か賞がほしい」って人間ならば、己の文章力を磨くだとか、本をたくさん読んでストーリー(ロジック)研究するだとか、投稿サイトや賞に応募するだとか、目的のための手段がたくさん浮かんできます。

しかし80プペルの彼もそうですが、「何か変えたい変わりたい、でも何をどうすればいいか、どうしたいのか分からない」という人はたくさんいます。

そんな人たちにとって、社会的肩書があり、人脈もお金もたくさん持っている大人は「凄い人」に見えるんですね。
人脈やお金を多く持っている人間は、大体が「人と違う行動」をしてステータスを得ています。
その行動が善か悪かは置いといて。

何者かになりたい、何も持っていない人(もしくは何もしてこなかった人)は、その「人と違う行動をして成功した」って部分に惹かれてしまうんです。

自分もこの人から何か学んで、同じことをすれば変われる、と。

引用元:80プペルとカモられる若者|倉本菜生(ライター・編集者)|note

自分は特別な人間でありたい。凡庸な人間とは一緒にされたくない。

これは「アート思考」でも基本の心構え。そうでなければ人と違うアートを生み出すことはない。しかし問題は次のステップ。

でもどうしたらいいかわからない。

この問題に突き当たった時、「なにかすごい人がいる。その人のように行動しよう!その人の言葉に従ってみよう!」と思う人間が西野に金を貢いだり、トランプを支持するのではないか、と。「すごい」というのはある意味事実で、トンラプは歴代の大統領の中の屈指のユニークな大統領だったし、西野もなんというか、信者を食い物にする人間としては絵本と映画という新規軸を打ち出した。うん、こちらはトランプに比べれば独創性に劣るな。

こういう人を「信じる人」たちに、いかにトランプが嘘ばかりついているか、何もなしとげていないか、西野が作った(と本人は称する)絵本がクズか、映画がゴミか、といったところで無駄。なぜか

そういった人たちは彼らと彼女たちの頭の中にある「トランプ」「西野」と同一化しているから。人間は自分が攻撃されれば反撃する。それと同じようにこの人たちはトランプ、西野が批判されれば自分たちへの攻撃とみなす。信仰をより強くすることで、同一化を深め、そして自分が特別であるとの確信を強める。

「自分は特別でありたい。でもどうすればよいかわからない」

という心の隙に、景気の良い虚言が入り込むのだろう。それは手っ取り早くGreatになるための手段でもある。

なぜこれと「アート思考」が関係するか。

ステップ3「備える」の「平凡の沼」という章を書いていた。そこで「凡庸であることを嫌うこと」が必要だと書こうとしていた。

しかし

ふと気が付く。これではトランプサポーターや西野信者を煽っているだけではないか。となると問題は次のステップだ。

・凡庸であることを嫌う

・自分が今凡庸であることを認める

・凡庸とは何かを理解する

・凡庸から抜け出そうと一歩一歩足掻く

この2−4が重要なのではないかと思いあたったわけです。今日朝走っている最中に。

誰もが凡庸の沼からスタートする。そこからどう抜け出るか?沼の外にいるように見える人もいる。

「その人の言葉を信じよう」ではダメだ。養分にされるだけである。言葉を聞くのではない。言葉は全て嘘だ。行動から学ばなければならない。

「その人はどうやって沼から抜け出したのか」

を考える。トランプは嘘ばかりついて合衆国大統領になった。そこから学べるものはなにか。私が当然と考えていることにはどのような穴があるのか。西野は自分は絵本も映画も自分の手で作っていないのに、信者をたくさん集め、そこから収益を得ている。どうしてそれが可能なのか。

いや、本当のことを言えば、私は西野は単なる凡庸の沼の住人で、見習いたいとは思ってないんだけどね。

凡庸の沼から一足飛びに外にでることはない。足掻くしかない。足掻いても外に出られるとは誰も保証してくれない。(保証してくれたらそいつは詐欺師だ)できることは足掻くことだけ。

「平凡の沼」の最後にMan in the arenaをいれようかな、どうしようかな。いれるか。多分あの言葉は真実を語っているから。



種目における発言の傾向

2021-01-14 07:22

いろいろなスポーツ選手、あるいは他の分野の人間がインタビューに答えるのを横目で見る。最近どうも種目によって傾向があるように思えてきた。

フィギュアスケート、それに陸上競技はなんというかあまり知性を感じる発言を聞くことが多くないように思う。私が面倒な男なので、それらの種目のインタビューは聞いていて苦痛だ。思うにそれらの競技は上手に演じることんあまり「考え」を必要としないのではなかろうか。

ちなみに最近ジョギングをしているのだが、ジョギング関連のYoutubeビデオをみるのも苦痛である。無駄な情報、同じ情報の繰り返しがあまりにも多い。これは関係あるのかないのか。

プロ野球は私が少年のころのあこがれのスポーツだった。しかし今インタビューを見ると「ヤンキーとチンピラ」に見える。それはそれで愛すべき存在なのだけど、憧れるといった気持ちはかけらも抱くことができない。

不思議なことにラグビーの選手は野球とはちょっと傾向が違うように思う。二つのスポーツに間にどういう差異があるかは私にはよくわからない。

さて、いきなり分野がかわる。将棋である。もちろんプロ棋士はたくさんいるからいろいろな人がいる。その中でもこの発言は興味深い。

総合すると、もちろんベートーヴェンは、自分がそのまま重ね合わせるには偉大すぎる存在ではありますけど、彼が切り拓いたアプローチ、プロセスというのもあるのかな、という妄想が僕にもあります。結局は人間の勝負であることに変わりはない中、別の勝負もできる道もあるかもしれないということに可能性を感じているところなんです。今までは真理から逆算して、可能性を狭い方、狭い方へと考えていました。将棋は完全情報公開ゲームなので、最善という一本の道筋を突き詰めることが真理を追求する上で王道のアプローチだと思いますし、自分もそういうことに憧れてやってきましたけど、それこそ藤井聡太さんのような本当の最適任者のような方も現れている。

引用元:ベートーヴェンと自分のこと 「最後の質問に」からの佐藤天彦九段 : スポーツ報知

浅い考えでイキがってこういう発言をする人も世の中にはいるが、佐藤氏はそうした人間ではなく、真摯に自分の考えを築き上げているように聞こえる。そりゃ将棋は頭で戦う競技であり、陸上とは違うよ、という意見もあろうが。

というわけで、最近はスポーツ観戦よりも将棋を見る方が楽しい。人間と人間との戦いという意味での将棋だ。いつの日か訪れてほしい引退生活にまたひとつ楽しみが増えた。


企業のグランドデザイン

2021-01-13 08:35

ビジョンというと寝言を連想する人が多いので、「グランドデザイン」という言葉を使う。企業としてどちらに向かうべきかを決める大きな選択の意味だ。

日本企業の多くが衰退した理由にはおそらく多岐にわたる。しかしこの「グランドデザインの欠如」がその中の大きな要素であると私は信じている。何よりも「前例」や「事例」を重視し、他の企業がグランドデザインを示すまで決断しないことで日本企業は衰退したのだ。

AmazonがAWSというサービスを提供すると聞いた時「へんなことを始めたなあ」と思った。それが今やAmazonという会社の収益源となっている。これは他のECサイトには逆立しても真似できない強みだ。AmazonはECサイトで利益を出す必要がない。これは圧倒的な強み。ではそのAWSはどうやって生まれたのか?

「デザイン思考」信者には気の毒だが、多様性に富むメンバーを集め、ブレストをやって方向性を決めたわけじゃないよ。非常に興味深いTweetとその和訳があるのだが、本日紹介したのはその一部。そもそもは当時「常識」だったSolaris+SPARCからx86+Linuxに置き換えるという「とんでもない判断」があったのだ。そしてさらに驚くのは以下の記述。

HP/Linuxへの移行作業のあいだ製品開発は止まり、1年以上にわたり新機能が凍結された。膨大なバックログを抱えたものの、Linuxへの移行が完了するまで何も提供できなかった。私は、ある全員参加型の会議で、 VPの一人が蛇がネズミを無理やり飲み込もうとしている画像をちらりと見せたのを覚えている

引用元:AWSが生まれたのは、Amazonが経費削減のためにSunのサーバからHP/Linuxサーバへ切り替えたことがきっかけ。当時の社員が振り返る - Publickey

そもそもLinuxに移行するというのは大きな作業だが、その間1年間新機能を凍結する。これほど大胆な決断ができるとは。私がいう「グランドデザイン」とはこういうことだ。1年間新機能を凍結するというディメリットを理解しながらも、新たなプラットフォームへの全面移行を決断する。このレベルのグランドデザインができるところは数少ないのではないか。

ではグランドデザインなしになにが起こるか?新アーキテクチャの検証を二年くらいやる。その結果を半年くらいあーでもないこーでもないと議論する。移行のコストとリスク評価を何度もやる。(そしてまともな数値が出てくるわけがない)結局

既存のビジネスに悪影響がない範囲で、順次移行を検討する

という玉虫色の「決断」がなされる。結果として何もおこらない。

というわけで

最近は「白い紙の上に、自分の意思を表現する」アートに学ぶべきだ、という本を一生懸命書いているわけです。もうちょっと待ってね。


国を率いる者

2021-01-12 07:24

1/6に米国で選挙結果が確認された。その際暴動が起こり全く無意味に5名の人命が失われた。

これでトランプ再選の目がなくなったとすれば、あるいはこの事件にも意味はあったのかもしれない。トランプがその後時間を置いてからだしたメッセージは「彼にしては」珍しくまともだった。想像だが彼はただのバカであり、ヒトラーのような「ビジョン」はもっていなかったのではなかろうか。まるで14の子供が自分がやった「些細な悪事」で逮捕され戸惑っているかのようだった。

さて

この事件に関してシュワルツェネッガーがメッセージをだしている。こういう「その時代に生きた人」しか語り得ないメッセージは貴重だ。

これから話す記憶は、今まで公に語ったことはありませんでした。とても辛い記憶だからです。

父は週に1、2回、泥酔して帰宅すると、叫び、家族を殴り、母を脅しました。ですが私は、父を完全に責めることはできませんでした。隣の家も、そのまた隣の家でも、同じように暴力が行われていたからです。私自身の耳で聞き、この目で見たのです。

彼らは戦地で体にけがを負い、自らが目にしたこと、行ったことで精神的な傷を負いました。

引用元:シュワルツェネッガーさん「全ては嘘から始まった」。議会襲撃とナチス重ねたスピーチが胸を打つ【全文】 | ハフポスト

おそらく「戦勝国」側にも同じようなことはあったに違いない。しかしそれは「正義」の名の下に蓋をされているのだろ思う。

この文章を読んでいてふと考えた。

全ては嘘から始まりました。嘘に嘘が重ねられ、そして不寛容から始まったのです。私はヨーロッパで、社会がどのように制御不能となっていくかを直接目にしました。

ナチスと同じことがまた起こるのではないかと、アメリカと世界が恐れています。私はそれを信じていません。ですが、身勝手さと冷笑は、悲惨な結果を招くと気づくべきです。

トランプ大統領は公正な選挙結果を覆そうとしました。彼は嘘をつき、人々をミスリードしてクーデターを企てました。

私の父や当時の隣人たちも、(ナチスの)嘘に惑わされたのです。誤った方向に導かれる先を、私は知っています。

引用元:シュワルツェネッガーさん「全ては嘘から始まった」。議会襲撃とナチス重ねたスピーチが胸を打つ【全文】 | ハフポスト

ふりかえって我が国はどうだったのか?

ある歴史家が第2次世界大戦時、各国の「指導者」を列挙した。日本は「率いた指導者なし」だったと聞く。私が調べた範囲では確かにそうだ。誰の何の判断に責任があったのかがさっぱりわからない。とても優秀な官僚、そうでもない人たちがそれぞれに小さな間違いを積み重ねる。立場が変わるとそれを非難する。しかし結果はご存知の通り。

確かに「大本営」は嘘をついた。しかし「大本営」とは誰か?大本営報道部が指導者だったのか?まさかそんなはずはあるまい。戦場のメリークリスマスにこんなセリフがあったと記憶している。

「一人では何もできず、集団で発狂した」

じゃあ日本人を全員罪に問うべきなのか?それもおかしい。

結局「皆が戦争の悲惨さを心に刻み、こうしたことが二度と起きないよう決意を固めなくてはなりません」という小学校の作文のようなことになってしまう。なぜそうなるかと言えば、原因がよくわからないからだ。強いて表現するとすれば

「グランドデザイン無き国家の”小さな正しさ”を積み重ねた末の崩壊」

としか言いようがない。グランドデザインを持たない指導者が「なんとかしろ」と現場に命令し、現場がとにかくなんとかしてしまうのは我が国のお家芸ではあるけれど。




再び本のタイトル変更

2020-12-28 06:12

というわけで、執筆中から本のタイトルばかり考えている「あの本」ですが、再びタイトルを変更します。新しいタイトルは

みんなで楽しく「デザイン思考」

結果をだすなら「アート思考」

です。

表紙の上半分にはみんなでワイワイ楽しくゴミを作っている絵。

表紙の下半分には、、見てからのお楽しみ。

とはいっても、私にイラストを描く才能がないのでした。大丈夫。アート思考について学んだ人間ならば、きっとそれを克服するアイディアを出すことができるはず。

誰も興味を持たない執筆状況ですが、ようやく0.1版が完成しました。私の「アート思考」の定義によればここからが長いのです。容赦ない批判がとびかう「スパーリング」をしなければ。とはいえ途中で読んでコメントをくれる人などいるはずもなく。

自分で時間をおいて読み返し、磨いていくしかありません。しかしこの「磨く」過程は、最初の「自分の主張を作る」過程と同じくらい大切なのです。

自分が意味のあることを書いていると信じてはいますが、それはただの勘違いかも知れず。でもいいのです。とにかくがりがり書く。そして世の中に出す。とても狭い世の中であってもとにかく出す。

実は最近「ものすごくがんばって書いたけど、誰も読んでくれない」と嘆いていた「「人工知能ってなんだか怖い!」から始める人工知能概論 」に初めて星がついたことを知ったのです。だから目標はそこ。この本に一つでも星がつけば(それがどんな評価であっても)祝杯をあげることにしましょう。


今ここにあるアウシュビッツ

2020-12-21 07:38

米国大統領選挙の結果が「メディアで報道された」日から何日たったのだろうか。未だトランプは「自分が勝った」とTwitter上で主張し、一時は完全に電波と遠ざけたシドニー・パウエルにすがるようである。

パウエル氏はこれまで、投票システムが不正に操作されていたとの陰謀説を主張し、特別顧問を立てて捜査するべきだと主張してきた。会合では、パウエル氏が特別顧問などとして捜査を主導する案に対し、メドウズ氏らが強く反対した。
フリン氏は、再選挙に向けてトランプ氏が戒厳令を出す案を改めて主張したとみられる。トランプ氏が賛成したかどうかは不明だが、これも出席者らの強い反対で却下された。
関係者の1人によると、会合ではパウエル氏とフリン氏がほかの出席者にトランプ氏を見捨てるのかと迫り、激しい言い争いになったという。

引用元:CNN.co.jp : ホワイトハウスで「選挙不正」めぐる議論が過熱、怒号飛び交う

日本に住む私からみると、彼らは完全に気が狂っているとしか表現のしようがない。しかしこの集団を米国の有権者7000万人が支持したのも事実である。

この事実は認めざるを得ない。つまり何を意味しているかと言うと、完全に気が狂っていても、有権者を扇動することにさえ成功すれば民主的に政権を掌握し、かつ出鱈目な政策を実行できる、ということだ。

「今」からナチス政権が行ったことを振り返り、その非人道性、非道特性を非難することは容易だ。そして

「なぜあの男の見えすいた嘘にドイツ人は騙されたのか。」

と考えることもできる。しかしそれは20世紀前半のドイツだから起こったことではない。21世紀の米国で同じくらい馬鹿げたことが実際に発生しているのだ。

「民主党員及び民主党の支持者はは不正によって米国の自由を奪おうとしている。彼らは参政権を奪われるべきだ」

とトランプが号令をかければおそらく数千万人は同意するのではなかろうか。私にはこの架空のシナリオと現実に行われていることの間の境界線がよくわからない。

私は今回の米国大統選挙が明らかにしたものに恐怖を感じている。教育が行き届いた国でも、このようなことが起こる。民主主義というものはそりゃ欠点もあるけど、大きな間違いはやらないだろう、となんとなく私などは思っている。しかしそれは誤りだ。