1 on 1

2022-01-18 06:20

この言葉はいつまでも日本語にならないから、日本語では表現できないのだろう。

会社で上司と部下(他の場合もあるが)が時間をとって会話する。「本来は」業務に関する連絡ではなく、それ以外のことをしゃべる機会である。たとえばこんな感じ。

1on1のフォーマット
・現時点でのポジティブニュースを3つ教えてください。
・体調は100点満点中何点ですか?
・モチベーションは100点満点中何点ですか?
・日々の仕事は順調ですか?人生は前に進んでいますか?あなたや家族は幸せですか?

今の会社は基本的に上司が物事を決め部下に命令する形しか存在しない。とはいえ上司の一人は転職できた人なので、1 on1をやるという。

何をするか思えば、業務連絡を一方的にされるだけだった。

もちろん最後に「何か言うことはありますか」と聞かれるのだがこの人に言っても無駄だと知っているのでいつもハキハキ「何もありません!」と答える。

1 on 1のやり方とかフォーマットとかは時々目にするのだが、こうした経験を経るとそもそも上司に対して会話する意欲が湧く人でないとなんともならないことがわかる。

不思議なことだが、この上司の部下に対して心を開いてもらう能力。「同じ立場で聞く」という力にはまだ言葉がついていない。同じ方向を向き、違う立場でそれに対して何ができるか考えてみよう、という態度なのだがなんと言うのだろうね。


紙の本が売れた

2022-01-14 08:01

Amazon Kindleであれこれ書いたものを出版している。ありがたいことに読んでいただける方、買っていただける方がいる。

先日「ペーパーバック」なるオプションがあることを知る。電子出版だけでなく、印刷したものも販売できるらしい。これは素晴らしい。是非一冊自分で購入したい。そう思ってペーパーバックの設定作業をやる。

ところが

やはり電子ではなく、紙の本は手間がかかる。ページの余白をどう設定するかとかエラーがでてきて試行錯誤が続く。表紙もちゃんと裏表紙まで考えたファイルを指定されたサイズで提出しなければならない。もちろんIlustratorとか使えればすぐなのだろうけど、Apple Keynoteだけでなんとかしようとすると不思議なことが起こる。Amazonのサイトでページ数、サイズなどを指定すると表紙のテンプレートがダウンロードできる。それをもとにPDFを作ったはずなのだが、アップロードすると拡大されてしまうのだ。

いや、きっとこれは表示がおかしいだけで中身はちゃんとしているに違いないと思い「出版」ボタンを押す。すると「修正が必要なエラーが見つかりました」とメールで返答が来る。あれこれ試行錯誤して「テンプレートはPDFでダウンロード。Keynoteの内容を2ページ目に挿入し、最後にテンプレートのページを削除する」という方法でなんとかエラーができなくなった。

さあ出版だと思うと表示されたコストにびっくりする。一番売れている本のKindle版の価格は五百円。ところがペーパーバックは印刷コストだけで約千円かかる。設定できる価格の範囲は最小 ¥1662、最大 ¥30000と表示される。

いや、確かに(主観的には)力作で、出版されている二千円代の本とは違った価値を提供できる自信はあるけれど、この価格は。というわけで定価を千八百円に設定する。これだと売れてもほとんど利益はないけど、この本に1800円払う人なんで著者である私以外にいないだろう。そう思っていたのだが。

先日売り上げ情報を見ていて驚く。なんと1冊売れているのだ。嬉しいやら申し訳ないやら。しかし著者にはいるお金は電子版の数分の1。買ってくださった方が払ったお金は、印刷代、送料に消えたというわけ。

なるほど。これが電子化の威力か、と今更のように実感する。


馬脚なのか違うのか

2022-01-11 07:14

ゴルゴ13という漫画がある。ほぼ確実にターゲットを狙撃するおじさんが世界をまたにかけてあれこれやる。ストーリーの背景として「実はイラン革命とはこういうことだったんですよ」とかいろいろな「裏事情」が語られる。初めて聞く話なので「ほう、そうなのか」と思う。

ところが自分が詳しい分野の話がでてくると

「ちょっと待て。なんだこのデタラメは」

と思う。もう何十年も前になるが、プログラミング言語に関する記述がでたところで、そう思った。考えてみれば、漫画だし。

さて何の話かと言えばこのtweet

BALMUDAもアイリスオーヤマも 家電では一定の地位を築いたのに、スマホやパソコンといった電子機器に参入したとたんに評価が地の底に堕ちるの…… 法則かよ!って思う。

BALUMUDAはおもしろい家電メーカーと思っていた。アイリスオーヤマはヨーグルトメーカーを買う時候補に挙げた。

そしてアイリスオーヤマは産業廃棄物と言われるPCやタブレット端末を信じられない高価格で販売し、BALUMUDAはこれまた「なんだこれ」というスマートフォンを発売した。評価はご覧のとおりである。

さて

これはどう解釈すべきだろうか?実は両社とも作っていたのはゴミ家電だったけどそれがばれなかった。しかしPCやスマホ担った途端それが明白になったのだろうか?あるいは単にそれらで失敗しただけなのだろうか?

今回アイリスオーヤマがゴミタブレットを出したことで、どうやら前者が正しいのではないかと思うようになった。いや、BALUMUDAにしてみれば一緒にするなということかもしれないけど。

いずれにせよ国内ではこうした企業しか話題にならないのは寂しい。しかしここは考え方を変えよう。どうせそういう方向で競っても日本に勝ち目はない。ならば

業務スーパー アイリスオーヤマ ファッションセンターしまむら アイフル 松屋 日本版GAFAM哀しすぎるだろ 貧困ド真ん中じゃないか…

この路線でいこうではないか。日本にできることは、貧困版のGAFAM。いや、業務スーパー安くて好きなんですけどね。

しかしあれだね。世界のインフレ傾向を尻目に日本だけデフレを継続していくと、そのうち製造業の国内回帰が始まるのではなかろうか。皆貧乏だけど従順で、治安がよく、インフラも整備されており工場建設にもってこいの国だ、とかなんとか。


令和のSONY

2022-01-06 10:27

A❤︎アート思考について本を書いた。その中では市場創造型イノベーションの例として、ウォークマンを取り上げた。SONYという言葉を聞いて最初に思い出すのは昭和のSONY.革新的な製品をどんどん出し、高いだの壊れるだの言われながらも存在感を放っていた会社だ。

そして年号は2回変わった。令和のSONYは大変利益を上げ(一時はSONYは衰退して分割されると予想していたが、例によって外れた)株価も絶好調と聞く。しかし今のSONYは昭和のSONYとは全く違う会社になった。

ソニー「EV参入します!」
ぼく「販売時期と価格と航続距離は?」
ソニー「センシング技術やエンターテイメントを活かします!」
 ぼく「販売時期と価格と航続距離は?」
ソニー「SUVも出します!」
ぼく「販売時期と価格と航続距離は?」

妥当ではあるが、全く特徴がない電気自動車の発表。しかもそれは販売開始ではなく、検討の開始のアナウンスだ。

記載内容およびプロトタイプ車両は、将来のコンセプトを示すためのものです。なお、公道での走行は法令上必要な許可を得て実施しています。

正しいと言えば全く正しい。しかし全く面白くない。お金は生み出している。それは尊敬すべきなのだろうけど。



やるなら徹底的に

2022-01-03 11:01

SDGsとかESGとかいろいろな略語が飛び交う昨今である。前にも書いたような気がするが、安易にそれらの略語を掲げる組織とか個人を私は警戒する。99%ろくなものではないからだ。私が知っている限りほとんどの企業がそれらを掲げていても、それについて話し合う会合がもたれ、プレスリリースネタにはなるが、実質的なビジネスへのインパクトはほとんど0の試みが仰々しく発表されるだけ。

私はそれらの略語が目指すところがけしからんと言っているのでは無い。やるなら真面目に、徹底的にやれ、と言いたい。このtweetのように

昨日アップルストアで応対して下さったスタッフが目の見えない方だった。恐らくインカム(音声)と連動していたのだと思うが、iPhoneを手探りで上手に操りながら、受取り商品の確認から事前決済のフィニッシュ、受け渡しまでが自然に行われるのを見て率直に驚いた。さすがにアップルは進んでいるなぁと

障がいを持つものもそうでないものも平等な機会があるべきだ。そう考えるのならデモンストレーションではなく、仰々しく発表しなくともこのようん実際の店舗で同じ業務に企業としてチャレンジするべきだ。この一つのTweetが意味するところは金をかけ仰々しく行われる記者会見よりはるかに大きい。

同様に企業がカーボンニュートラルを掲げるのであれば、真面目にやる方法はいくらの思いつくはずだ。マイクロソフトのように海中に沈めるデータセンターコンテナを試みるもよし、Appleのように取り組むもよし。

風力および太陽光発電は世界の多くの場所で利用できる最もコスト効率の高い新しい電力源ですが、これらの技術には発電の中断という問題が内在するため広く積極的に採用されるには至っていません。発電の中断に対する当社の解決策がエネルギーの貯蔵です。これにより生成したエネルギーを必要な時まで保持できます。Appleはカリフォルニア州で発電所規模のエネルギー貯蔵施設に投資しながら、新たなエネルギー貯蔵テクノロジーの研究も並行して進めています。サンタクララバレーに設置した複数の分散型貯蔵施設から、Apple Park 内のマイクログリッドまで利用しながら、私たちの推進力は決してとどまることはありません。

「自然エネルギーを語るなら、電力貯蔵システムとペアで語れ」とは私が兼ねてから主張しているところ。こんな当たり前のことから目をそらした自然エネルギー崇拝者は多いが、Appleはそこから目を逸らしてはいない。

欲を言えばAppleには膨大な資金があるのだから、アリゾナの砂漠に巨大な重力式電力貯蔵システムの一つでも作ってほしいと思うがそれは望みすぎが。

問題は

こうした「やるなら徹底的に」が日本の企業に一番欠けているものではないかと思うからだ。そしてそれが欠けているが故に日本は長い降り坂から抜け出ることができない。

SDGsとかESGとか当社は興味がない、と断言していただくのも結構。徹底的にやるのも良い。一番悪いのは「世間でうるさいからまあお付き合い程度に」という日本的態度だ。


未来を予想しよう

2022-01-01 10:52

いきなり引用である。

【コラム】10年前のCES 2012を振り返る「Ultrabook、Noka Windows、全家庭に3Dプリンターを!」

10年前のCESのトピックというか流行りである。結果として成功したもの、滅びたもの、いろいろである。どれもこれも一流企業が語っていた「今年の流行り」だからそれなりに根拠はあったのだろう。

2012年に「十年後にはAppleがIntelが足元にも及ばないすごいPC用CPUを作り製品化する」などと言っても「Apple信者乙」と言われて相手にもされなかっただろう。

ここ2-30年のイノベーションについて考えることが多い。少なくともその範囲では「起こりうる可能性の中で慎重かつ大胆に選択し、それを徹底的に追求する」ことしかないのではないかと思っている。iPhoneはまさしくそうした製品であったし、AWSもTeslaもそうだ。

問題は可能であり、かつ可能性を秘めた分野を勇気を持って選択し、それを徹底的に追求すること。こう書くのは簡単だが、実行はとても難しい。しかしそうでなければ出来上がるのは数々のiPhoneキラーやGMが発売していたEV-1の類であり、偉大な製品の開発ストーリーにサイドストーリーとして語られる存在にしかなり得ない。

EV1

DetroitでこのEV-1が路上を走っているのをみた。それは確かに「ああ、なんだか違うな」と思える車ではあったが、絶対に乗りたいと思えるような車ではなかった。これが「これでいい」と作った製品の末路である。

というわけで話は単純だ

「これはいい」

と心から思えるものを作る。サービスだろうが製品だろうが。しかし「これでいい」はEV-1になる。そして驚くほど多くの人が「これでいい」と「これはいい」の区別がつかない。だから十分条件ではないが必要なのが「観る目」である。それととにかく徹底して行動すること。

というわけで今年もがんばろう。


心理的安全性のために

2021-12-20 08:08

職場における心理的安全性が、グループにおける生産性を上げる唯一の指標だ、とかなんとかGoogleが発表したのはもう随分前のことである。

それから個人的にはこのことを頭に留めている。とはいえ、こういうスライドを見ると依然として頭が痛くなる。

理想

引用元:『だから僕たちは、組織を変えていける』

プロのヒラ社員なのでいろいろな上司をもった。形式的にone on oneをやることにこだわる上司に当たったこともある。多分彼もしくは彼女はこの心理的安全性の話も聞いたことはあると思う。

でもって

one on oneはやるが、上司が一方的にしゃべっているだけ。

部下が意見を述べても、その場で思いついた適当な言葉を並べ誤魔化すだけ。部下の意見を聞く気は全くない。

という上司に当たった場合に、部下として何ができるのか?という問題だ。これも私の狭い経験から言えることだが、「相手の意見を理解しようと努める」人間はびっくりするほど少ない。90%の人は相手の意見はおざなりにうけながし自分が言いたいことを言っているだけ。

ほうれんそう

こちらのほうが現実世界を的確に表現していると思うのだ。こういう上司に「心理的安全性がどうの」と言ったところでねえ。

まあしかし他人の行動にどうこう言ったところで意味はない。意味がある問題は「ヒラの立場で、上司が上図のネコのような人間だった場合に何ができるか」である。そう問題を変換すると、これにも結構できることがあることに気が付いた。上司には彼もしくは彼女が満足するだけone on oneでもなんでもやってもらう。泣く子と上司はあやすしかない。でもって本音で話す機会を作るにはまず自分が本音を晒すこと。

これはびっくりするほど効果があり、かつ危険性が少ない。まず第一に(前述した通り)人は他人の話をほとんど聞いていない。だから本音を晒しても誰も聞いていないのだ。そしてごく稀にキーワードが他人の関心にひっかかる。それで十分なのだ。

「怒り」とか「不満」というのは期待値の設定誤りではないか、というのがここ十年考えていること。というわけで上司、同僚とのコミュニケーションに対する期待値を現実に合わせ適切に設定することで道は開ける、と数年前に悟りを開いた。そして今も継続中である。



ある裁判について

2021-08-24 08:01

時々ニュースになるこの裁判。

戦時中、三菱重工業の軍需工場で女子勤労挺身隊員として働いた韓国人ら4人が同社に損害賠償を求めた訴訟で、韓国の最高裁に当たる大法院は1人あたり約750万~1400万円を支払うよう命じた。2018年11月のことだ。その後、三菱重工は賠償に応じず、原告側は裁判所に同社の債権差し押さえを申請していた。

引用元:【徴用工訴訟】三菱重工の債権差し押さえを認めるも、「取引相手は三菱重工ではない」と驚きの展開に(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース

オリンピックであるとか、彼の国の映画(パラサイト)を見ると反日が韓国のアイデンティティなのだな。それ抜きでは何事も進まない。

であるから、この裁判の判決自体にはコメントする気がないのだが、この展開には微笑せざるを得ない。

ここにきてLSエムトロンは、取引相手が三菱重工ではなく、グループ会社の「三菱重工エンジンシステム」だと明らかにしたのだ。今後、裁判所に陳述書を提出する予定で、それが事実と認められれば、今回の支払い命令の効力はなくなるものと見られる。

引用元:【徴用工訴訟】三菱重工の債権差し押さえを認めるも、「取引相手は三菱重工ではない」と驚きの展開に(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース

戦時中に存在した三菱重工と、今の三菱重工(なぜこの表現を使うかは後述する)の子会社は同じ会社ではない。だから支払いは無効とのこと。

ほう。

三菱重工に入社した人間ならば誰もが知っていると思う。戦時中に存在した三菱重工業は存在しない。なぜから財閥解体のあおりをくって一時3社に分割されたからだ。

その3社が再び合併し、「三菱重工業」を名乗っている。ここで問題です。今日本に存在する三菱重工業と、戦時中に存在していた三菱重工業は同じ会社でしょうか?名前は一緒です。でも途中で一度その名前をもった企業は消滅しています。

「いや、それは同じ企業だ」となるんでしょうか?何かの本で読んだが、戦後「日本の軍隊によって生じた損害の賠償を求める」という裁判の被告として自衛隊が呼ばれたが、裁判所の

「旧軍隊と今の自衛隊は関係がない」

であっさり棄却になったとか。もちろん韓国の裁判所がそんな懸命な判断を下すとは思えないが。

こうなると「じゃあ戦時中の三菱に対する賠償は、誰の責任?」という話になる。子会社が違うのであれば、どこへ話を持っていくのか。なんならあれですよ。全部商社経由で取引することにすれば、全てはOK。

この問題で苦労されている方の努力は大変なものと推定する。しかしそう考えてくると、この裁判全体が何か悪い冗談のように思えてくる。



A❤︎アート思考とは何か/何でないか

2021-08-24 07:29

今今年3月に公開した本の改訂版を書いている。「これは私が勝手にまとめたアート思考です」と書くのが面倒になり、A❤︎アート思考という名前を使うことにした。でもってA❤︎とは何かを追記しているのだ。

さて

A❤︎とは何か?Armedハート。つまり武装した心。A❤︎アート思考ではなによりもサービス、製品の中心にある❤︎を重視する。これが❤︎であって、ロジックやデータでないところに注意してほしい。

「私は何を心から主張したいか」

が必要なのだ。

しかしそれを晒すだけでは昭和の読書感想文「本を読んで思ったことを書きなさい」である。「おもしろーい」「つまらなーい」ではただの小学生の戯言。それを受け取り手の❤︎に響くようにしなければならない。そのために必要なのが武装。すべての技法とか方法論とかマーケティングストラテジーとかはこの武装に該当する。大ヒットするサービス、製品にはこの❤︎とArmが備わっている、というのが私の主張だ。

さて

世の中には武装は立派で金もかかっているのだが、❤︎が存在しない、あるいは存在しても、それが自己顕示欲でしかない例がものすごくたくさんある。先日その「実例」を見つけた。製作に関わった人たちはほとんど私が知っている人なので、躊躇う面もあるのだが、正直かつ考えて感想を書くことが彼らと彼女たちへの敬意を表すことだと考える。この映像を見てほしい。


私が以前勤めていた会社が公開した動画である。これにはたっぷりと説明文書がついており

LIFULLはコーポレートメッセージ「あらゆるLIFEを、FULLに。」のもと、既成概念の枠を超え、多様な人の、多様な生き方をサポートしたいという想いから「しなきゃ、なんてない。」というメッセージの発信や、様々な社会課題解決に取り組んでいます。
LIFULL公式Twitterでは「しなきゃ、なんてない。」をテーマに、おなじみの3つの童話「桃太郎」「かぐや姫」「3匹のこぶた」をLIFULLオリジナル版としてリメイクし2021年7月15日(木)より公開。Twitterユーザーの人気投票を行い、この度、投票数1位となった『地球を守るために立ち上がるかぐや姫』を、「進撃の巨人」などの声優を担当する人気声優・梶 裕貴さんに一人4役を朗読頂き、Twitter上で朗読動画を公開しました。
 今回動画で公開された『地球を守るために立ち上がるかぐや姫』はかぐや姫がずっと地球にいられるように、本人や老夫婦、求婚者たち一人一人が様々な環境改善に取り組んでいくストーリーとなっています。お花の流通ロスや規格外廃棄を削減し、花き産業への貢献を目指す「LIFULL FLOWER」(※1)や食べることが地球のためになる、そして新たな食材の可能性を探るためのサスティナブルなプロジェクト「地球料理 -Earth Cuisine-」(※2)などを手がけるLIFULLらしい作品とも言えます。

引用元:【LIFULL童話】地球を守るために立ち上がるかぐや姫(朗読:梶裕貴) - YouTube

なのだそうな。

さて

この動画を前述のA❤︎の観点から考えてみよう。

まずこの動画はどのように武装しているだろうか?有名な(多分)声優を使い、Twitterで人気投票1位となったかぐや姫という日本人に馴染みの深い題材を使っている。それを現代の課題にアレンジすることでただ「地球環境を考えよう!」と叫ぶより、受け取り手の心に響くメッセージにした、、と誰かが説明したのだと推測する。

問題は

「本人や老夫婦、求婚者たち一人一人が様々な環境改善に取り組んでいく」

と確かにセリフで述べられている。しかしそれらが全く受け取り手の心に響くことはない。かぐや姫を口説こうとした男どもがいきなりいい人になって地球環境の改善に取り組み始める。はあそうですか。なぜそうするのかを受け取り手にわからせようとするストーリー上の工夫が全くないことに驚く。まとめよう

Arm:武装は何か?

・有名な声優

・日本人に親しみやすい昔話のアレンジ

・地球環境について考えましょうという言葉

Arm:武装で欠けているものは?

・受け取り手の心を動かし、考えてもらうためのストーリー

結果は明白である。この文章を書いている時点で、前掲した動画の再生回数は5日間で677回。イイネは71である。LIFULLの社員数は国内だけでも1000名を超えているのだが。

私はこの動画に関わったであろう人たちを知っている。彼らと彼女たちが「この動画で受け取りてに❤︎が伝わる」と思ったとは考えられない。ではこれらのArmは何を届けようとしているのか?この動画の奥底にある❤︎はなんなのか?

ESGだのSDGだの振りかざす人間の90%は信用できない、というのが私の経験則である。(ちなみに私はスタージョンの黙示を信じている。全てのものの90%はクズなのだ)なぜならほとんどの人にとってESGだのSDGだのが掲げる課題は現実感を伴っていないから。しかるにそれを声高に主張する人間というのは地球環境よりも

「こんなに地球環境についている私って素敵!かっこいい!」

と主張してる場合が多い。心から地球環境を案じ、それを解決するために実効性のある行動をしている1割の人を攻撃する意図はさらさらない。やるなら真面目にやれ、というのが私の主張だ。

そう考えれば、この動画の奥底にある❤︎が理解できる気がする。

「こんなに地球環境について考える我が社って素敵!」

この動画から聞こえているのはこの❤︎。そう考えれば、この動画に受け取り手の心を掴むための工夫が何一つないのも理解できる。そもそもそれを目標にしていないのだ。やりたいことは自らの姿を「地球環境」という言葉で飾ることなのだから。

さて

前にも書いたが私はこの動画に関わったであろう人々の一部を知っている。私がここに書いたようなことは当然理解しているはずだ。

ではなぜこのような動画が公開されたのか。おそらくそこにはこの動画以上に興味深い物語があると思うのだが。



メタバースというリトマス試験紙

2021-08-17 10:05

Second Lifeという「3D空間で誰もが自分のアバターを作ってあれこれできる」メタバースが発表されたのは十八年前のことだった。

それから数限りない「メタバースの試み」がなされている。

 「Second Life」。「The Sims」。奇妙だった「PlayStation Home」。IT企業は長い間、在宅オンラインのアイデアを解決しようとしてきた。

引用元:マイクロソフトやFacebookらが目指す「メタバース」を取り巻く様相 - (page 2) - CNET Japan

不思議なことだが、それら「メタバース」の多くは先発のメタバースの失敗から何も学んでいないように思える。なのにメタバースは延々と「再発明」され続ける。

これは非常に興味深い現象だ。米国のラジオで聞いたセリフだが

「本当の狂気とはなんだか知っているか?うまくいかないことを際限なく繰り返すことだ」

この定義によれば、メタバースに関わっている人間はほぼ間違いなく狂気に取り憑かれていると言っていいと思う。十八年前なら「すごーい。こんなことができるんだー」と話題にもなったが、今では話題にすらならない。

グリーは8月6日、子会社のREALITYを中心として「メタバース事業」に参入すると発表。今後2、3年で100億円規模の事業投資を行い、グローバルで数億ユーザーを目指すという。

引用元:グリー、メタバース事業に参入--100億円規模の事業投資で数億ユーザーを目指す - CNET Japan

思うに現状メタバースという言葉にはリトマス試験紙の役割があるように思う。ひと昔前の「シンギュラリティ」と同じように。その人がどのように物事を考えるかの一つの尺度になると思うのだ。

私はメタバースを延々と工夫もなく繰り返す人の知性が劣っているとか愚かだとかいうつもりはない。ひょっとすると何かの理由でそのどれかが成功するかもしれない。そして私は何もしていないので、絶対に成功することはない。mixiがオンラインゲームに進出したときはアホかと思った。しかしそれは大成功し、今やmixiはゲームの会社だ。

だから優劣ではない。単に「過去の経験から何かを学び、それに対して工夫をする人か」「単に同じことを繰り返す人なのか」という識別に役立つのではないかと思うのだ。

なぜメタバースという古いアイディアがこうも多くの人を惹きつけるのか、誰も成功していないのに、自分なら成功すると信じさせるのかという点につても興味深い研究ができるように思う。誰かやってくれませんか?