製品をデザインしよう

2017-03-31 07:31

朝ニュースをみていたらこんな写真が

Gita

引用元:Wired

この写真をみて、「おわ!」と思った人が世界中に数百人はいるものと想像する。

クーゲルパンツァー

引用元:Wikipedia

とうとうクーゲルパンツァーが実用化されたのか。このクーゲルパンツァーというわけのわからない「戦車」ほど我々が今知っている「歴史」のいい加減さを示すものはない。これはドイツ製で、満州で捕獲された。つまりどこかの時点でドイツから日本に輸出されたのだが、開発元にも、日本側にも一切記録が残っていない。ソ連軍が律儀になんでもかんでも強奪して博物館に放り込まなければ、そもそも存在しなかったことになっていたはずだ。

いや

いいたいのはそういうことではない。書きたいのはこの21世紀のクーゲルパンツァーを生んだ組織のことだ。

133年前に設立されたピアッジオは、時代の流れについていこうと必死になっていた。「ライドシェアサーヴィス」や「もののインターネット(IoT)」、「自律走行車」など、同社を取り巻く状況はすべてにおいて変わりつつあったが、「社内だけでは、先見性のある革新的な答えを見つけ出せそうにないと彼らは感じていたのです」とシュナップは語る。

ピアッジオは、より小規模でより動きが速い拠点を必要としていた。それも、本社のあるイタリア中心部より、テック界の動きにもう少し近いところに。

引用元:「21世紀のヴェスパ」をつくろう! そして生まれたのは、かわいい「運搬ロボット」だった|WIRED.jp

こういう「何か新しいことをしなければ」という危機感はトヨタだってソニーだって持っている。問題はそこから生まれてくるもの。

発表会場には12体のロビ2と36体のロビ、計48体がずらりと並びダンスを披露。今回の発表会用に特別なシステムが組まれ、初代ロビと新しいロビとが一斉に踊りだし、点呼やウェーブといったパフォーマンスも行われた。

引用元:“ネットにつながらない”が売り ロボット「ロビ」が進化した「ロビ2」、48体のダンスパフォーマンスで初披露 ロボット同士の会話も (1/2) - ITmedia NEWS

これと同じようなロボットは、いろいろな「大企業」が製品化している。でもってやっていることは、遠い昔にSonyがやっていた「集団でのパフォーマンス」

QRIO

引用元:PC Watch

このダンスは2003年である。うん。そりゃロボットの値段は下がって、台数も増えたよ。

こういう状況を問題とも恥ずかしいとも思わない神経には驚嘆するしかない。いや、この路線を突き詰めていって

「何に使えるかわかりませんが、二足歩行では世界1のすごいことができます!」

ならまだ話はわかる。しかしそうした面でもBoston Dynamicsの足元にも及ばない、ってのはどういうことなんだろうね。

などと書いていると自分の首をしめそうなので、ここで唐突に終わるのであった。


Designer/Engineerの仕事

2017-03-30 07:57

サムソンGalaxy8が発表された。その姿はリークされていた通り。となると次はAppleの番である。半年後に何を発表できるのか。

Apple surely has lots of whiz-bang new features planned for the new flagship iPhone this fall, but the number one feature on my wish list this year is a radical new design.

引用元:Opinion: iPhone 8’s top feature needs to be design | 9to5Mac

この意見には私も賛成だ。というかそれがiPhone7を見送った理由でもある。もはや最新iOSが走らなくなったiPhone4Sでどこまで頑張ればよいのか。

iPhone6/7のデザインも悪いとは思わないし、商業的には大成功した。7のデザインが変わっていないことに皆が失望し、きっと売れないだろう。株価が下がるからそこでAppleの株を買おう、とした私の目論見は見事に外れた。ああ、信者だというのにAppleの株を持っていないなんて。

私が期待しているのは「新しく美しいデザイン」である。それはGalaxy S8と比べなくてもいいようなものになるのか。

噂として流れている情報には、いくつもの不確定要素がある。コネクタは何になるのか。そして一番の問題は指紋認証をどこにつけるのか。特許は確かにあれこれでているけど、それが実用化され量産できるか、というのは全く別の問題だ。

iPhone8想像図

引用元:9to5Mac

というわけで今朝出て来たのがこの写真。これが最終形態に近いとのことだが、本当のところはどうなのだろう。確かにこれが一番技術的には問題が少ない。これには「そんなはずはない」という反論もあるが、本当のところは(Appleの関係者をのぞいて)誰にもわからない。

多分間違い無いのは、前面がほぼディスプレイだけになる、ということ。しばらくすると、日本では

「画面が大きいiPhoneを使っている人と、小さいiPhoneを使っている人」

の格差が生まれることだろう。それとともに、「画面が大きいスマホ」は正面から全く区別ができなくなり、後ろ姿で戦うことになる。しかしなんでGalaxy S8の背面はこうもサムソンなのかねえ。

Galaxy8

引用元:9to5Mac


偉業

2017-03-29 07:36

例えば宇宙人が攻めて来て、地球を救うような活躍をすれば映画にしてもらえる。(映画の中でしか起こり得ないが)しかし本当の「偉業」は我々が気がつかないところで静かに起こっている。

時々ふと思うのだ。文明社会-というか私が行きている今の日本という意味だが-はものすごい分業と専門化なしには1秒たりとも維持できない。ビルが崩れず、コンセントからは常に電気を得ることができ空調が効いている。そのどのシステムをとっても私はその仕組みを理解することはできない。しかしそれが「何事もなく動いている」というのは恐るべき偉業の積み重ねの上でしかなし得ないことである。


なんでこんなことを言い出しかといえば、iOS10.3がリリースされたからだ。iPhoneのOSとかいうよく知らないものの番号が0.1上がったからなんだ、という人間は放って起き、ソフトウェアに感心のあるエンジニアならこの「何も起こっていない」状況に驚嘆すべきだ。

さらに、同アップデートでファイルシステムが「HFS+」から「Apple File System(AFS)」に切り替わり、暗号化が強化され、ストレージが最適化される。米ZDnetは、念のためアップデート前にバックアップをとっておくことを勧めている。

引用元:ニュース - AppleがiOS 10.3正式公開、ファイルシステムを切り替え:ITpro

去年のWWDCでAFSが発表されたときは「そりゃそうだろうなあ。HFS+ってもう何年使ってるんだ」と思った。それから1年もたたないうちに、Appleの生命線とも言えるiPhoneのファイルシステムをそれにアップデートするとは。

しかも

今の所「iPhoneが文鎮化した」という声はほとんど聞こえてこない。この世の中の99%の人は「うん。なんだか再起動したね」としか思っていない。もし私がこのアップデートに関わっているエンジニアだとしたらこの24時間は1秒たりとも気が休まることはなかっただろう。これはいわば住人が買い物に行ってる間に家の土台を最新式の免震構造付きのものにすり替えたような離れ業である。

今年のWWDCに私がいけるかどうかはarc4randomの神様のみぞ知るところだが、仮にApple File Systemのセッションがあったとしたら

"This March, we updated file system of iOS to AFS without any trouble"

と誰かが言ったところでスタンディングオベーションが起こってもおかしくない。WWDCという場でこそ、そう讃えられるべきだ。


チカチカゆらゆら

2017-03-27 06:57

先日La La Landを見た。今度は日本語字幕付きである。最初に観てからあれこれ調べ、だいぶ知識が増したので前回はわからなかったところがいくつかわかった。

セブの家にやってきて「片付けろ。嫁をもらえ」という女性が誰かわからなかったが彼女はセブの姉。私には「姉」という言葉は聞き取れなかったが(字幕にはでてくる)アメリカ人だとあの状況で母ではなく姉とわかるのだろうか。

でもって後の方で彼女のEngagement Partyがでてくる。黒人の男性と結婚するのだ。そして終盤、彼女から送られて来たクリスマスカードがちらっと映る。初めて観たときはそのどれにも気がつかなかった。

さて、本日の本題。

最後のオーディションで、主人公のミアが歌う。その歌詞の意味が取れない部分がずっと気になっていた。この歌詞も最初は全く聞き取れなかったが、後で歌詞やら訳詞を読み「をを、こんな歌であったか」と驚いた。

セーヌ川に裸足で飛び込み一ヶ月くしゃみをしつづけた叔母について

She lives in her liquor
and died with a flicker
I'll always remember the flame

liquorとflickerが韻を踏んでいると思うのだが、酒に溺れた?はいいとして、次のdied with the flickerというのがわからない。flickerは「チカチカする」ことだと思うが、なぜ死ぬ時にチカチカするのか。

あれこれ調べた結果から想像したのは、「電球はちかちか瞬いて、そして死ぬ(完全に切れる)」という様子をなぞっているのかなあ、と。確かに蛍光灯は切れる前にはチカチカしだすからね。

しかし社内のSNSで「これはロウソクの炎が消える前にゆらめく(flicker)、という意味ではないか。その方がそのあとのflameと意味も合うし」と指摘を受けた。確かにそちらのほうが正しいような気がする。

ちなみに2回目に見たとき、この場面で泣いた。そして考えた。おそらく私にできることは、セーヌ川に飛び込み、一ヶ月くしゃみをして、しばらくチカチカゆらゆらした後に消えること。この世界の片隅でね。

それで結構。しかし欲を言えば、誰かにI'll always remember the flame と言ってもらえたら、これほどうれしいことはない。

私の子供達は私のflameを覚えていてくれるだろうか?そのためにはもっとがんばらないと。

歌詞に曰く、必要なのは少しの狂気。もう自分には何も残っていないと思った時初めて顔を出す狂気。それをあと何回チカチカさせられるだろうか。


最近とみに思う。なんとかメソッドとかなんとか思考とかかんとかシンキングとか。みなこの「狂気」を見過ごしている。複数人での合理的な議論と協力から良いものが生まれると説く。しかし私は確信している。なんとかメソッドと定型化できようができまいが、偉大なデザイン、革新とは狂気じみた個人の考えから生まれるものだ、と。その実現に集団が必要だとしても、それをひっぱっているのは一人の狂気だ。

GoogleはAndroidで最初Blackberryもどきを作ろうとしていた。当時「合理的」に考えればそれが正しい方法だった。AppleはSteve Jobsのキチガイじみた発想に引きずられiPhoneを作った。デザインの方法論を声高に語る人間は、iPhoneというキチガイじみた現実をその方法論で説明してから出直してこい。「Appleは例外」と切り捨てる同じデザインファームが同じ口で「Extreme Userに新しい発想が潜む」と語っているのはどこか微笑ましい。

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映画のエンドロールにはいろいろな曲のタイトルが並んでいる。でもどこででてきたかわからない。大砲ぶっぱなす1812序曲とかどこであったか?そもそもなぜ滝廉太郎が?と分からなくなる。調べてみればセブが自宅で練習していた曲が荒城の月のアレンジなのだな。あとで気がついたのだが、1812は最初のタイトル画面か。と書きながらも自信がない。でもさすがにもう一度映画館では見ないと思う。

いいかい、と自分に言い聞かせる。2度観れば十分だからね。何度か聞いた意見だが、この映画は後からジワジワくる。楽しく、華やかで、悲しく、そして観る人間に何かを考えさせる。



買えないけど見たいiPad

2017-03-24 07:39

新iPadが静かに発表された。ここで「静かに」と書いたのは、Appleは春に新製品発表会をやることが多く、そこで発表されるだろうと言われていたし、私もそう思っていたからだ。

今回発表されたものは最も予想されていなかったものだった。iPad Airより少し厚く、少し重く、大幅に安いものだったのだ。つまりは廉価版である。今あるiPad2が動いている限り買い替えはしないと思うけど、いいよなあこれ。うちのような貧乏家庭にはぴったりだ。

でもって

予想されていたのは、10.5インチの新iPad Pro。それは枠が薄くなり、9.7インチのiPadと同じ大きさにより大きなディスプレイを収め、Home Buttonもなくなると噂されていたのだ。私はぼんやりと

「そうかあ。そんなのが先に発表されるとしたら、iPhone8の形もなんとなく想像がつくなあ」

と思っていた。しかしそれは発表されなかった。それについて「筋が通った」推論を今朝見かけた。

Would Apple really steal the thunder of the iPhone 8 by launching those features in an iPad before an iPhone?

引用元:Opinion: A spring iPad event now seems unlikely, but that 10.5-inch iPad is probably still real | 9to5Mac

「新iPadを先に発表することで、そうした新しい特徴をiPhone8の発表より前にバラし、驚きを台無しにするだろうか」

という疑問である。確かにもっともだ。

しかしあれだね。もうしそうだとすると、iPad Pro(枠なし)はiPhoneと同時かその後に発表となる。つまりは秋以降だ。そんなに伸ばせるのかな。

Tim.ここはiPhone8の発表を前倒しというのでどうだろう。そうすれば新しいiPadをホリデーシーズンに間に合うように発表できる、って書いていて思うがAppleはこういう考え方あまりしないんだよね。もうすぐGalaxy S8が発表される。iPhone8はそれと同じようなデザインになるのか、全く違ったものになるのか。ああ、これだからApple原理主義者はやめられない。

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と新しいハードウェアの発表に胸躍らせている時に、日本ではこんな「ハードウェア」のニュースが。

Cerevoは3月23日、アニメ作品「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」内に登場するキャラクタ「タチコマ」を再現した電動フィギュア「うごく、しゃべる、並列化する。 1/8タチコマ」を発表した。同日よりCerevoのオンラインストアで予約を開始し、6月の販売を予定している。

引用元:Cerevo、愛らしく動いて喋る「タチコマ」発表--“並列化”も再現 - CNET Japan

日本人には部品は作れるが、最終製品が作れない。きっとバルミューダの他にもまともなハードウェアベンチャーは存在していると思うのだけど。


誰のためのデザイン

2017-03-23 18:07

有名な書籍と題名がかぶっているような気がするが、気のせいです。

というわけで今書いている「プレゼンテーション失敗の本質」の原稿から適当に着服する。ことのおこりは

「なぜ誰も読み取れない量の情報を詰め込んだスライドが巷に溢れているのか」

という疑問。いや、あれも書いておかないと、これも書いておかないと、と詰め込みたくなる気持ちはわかる。しかし自分が聴衆であるときのことを思い出せば

「そんなに詰め込まれても誰も読まない」

ことがわかりそうなものなのに。この「受取手の立場を無視し、送り手の自己満足で情報を詰め込む」ことはプレゼンテーションのスライドに限った話ではない。

日米映画ポスター

引用元:洋画のポスター、日本版はデザイン変えすぎ!? 映画配給会社の言い分は……

日本語版はとにかく文字が多い。映画の様々な場面も切り取りとにかく詰め込む。なぜこんなことをするのか?作る側の言い分はこうである。

「あと、お客さんはこれを見て『この映画はお金を払って観るに値するか』を判断するので、『受賞歴』『スターが出てる』『感動できそう』『有名人からのコメント』などの安心できる要素も必要だと思います。そうすると、どうしても文字は多くなってしまいますね」

引用元:洋画のポスター、日本版はデザイン変えすぎ!? 映画配給会社の言い分は…… - イーアイデムの地元メディア「ジモコロ」

ここでも「受取手を無視した作り手の勝手な安心感」がでてくる。この議論が間違っているのは、これがなりたつためには

「ポスターを見る人は、じっくり時間をとってポスターを読んでくれる」

という前提が暗黙のうちに想定されている。しかしそれは間違っている。

つまり

「安心できる要素」の主語は誰なのか?ポスターを見る人間か、それとも作る人間か?このインタビューに答えた人間は意識していないだろうが、彼らは間違いなく「作り手の安心」を優先している。もう一箇所引用しよう。


「ありますね。ちゃんと受け止めないとなって思います。でも特に今は、娯楽の多様化、ネットの普及、ライフスタイルの変化等の影響で映画館へ足を運ぶ人が減ってますし、なおさら制作物をメジャー化させないといけないので……」

引用元:洋画のポスター、日本版はデザイン変えすぎ!? 映画配給会社の言い分は…… - イーアイデムの地元メディア「ジモコロ」

ここで「メジャー化」という言葉がでてくる。いろいろな人にアピ−ルできるように、という意図なのだろう。問題はそれが

「実際にいろいろな人が見て”これは面白そうだ”と思う」

ではなく

「作り手が”色々な人に向けた情報”をまんべんなく盛り込みました」

になっていること。個々の要素をみれば、ちゃんと理屈は通っているのだろうが、全体として見るとゴミである。つまりここでも「受取手を無視した作り手の自己満足」が見て取れる。

この根底にあるのは

とにかく「今と違ったことを避ける」メンタリティであり、作り手側の内部調和を一番にする姿勢。そりゃ今までと同じようにいろいろ書いておいた方が社内で認可は得やすいからねえ。

つまるところ

これは「勇気の欠如」と「部分最適はできるが、全体最適を行えない日本病」の問題である。とにかく売れるかどうか不安だ。だから「必要そうなもの」を全部詰め込んでおこう。赤外線通信、ワンセグ対応、メモリーカード増設にバッテリー交換。そうやって作られた国産ケータイが「なーんにもついていない」iPhoneに一掃された事実を見ても、この「作り手が安心」メンタリティは死なない。だって不安だもん。といつのまにか話は「ユーザインタフェース開発失敗の本質」とつながっている、、というところでこの文章全体が壮大なステマの試みだったことが露見するのであった。


銀の匙

2017-03-15 06:47

周知の事実だが、ラ・ラ・ランドの主役にはエマ・ストーンではなく、エマ・ワトソンが挙げられていた。彼女自身こう語っている。

「以前にも話したけど、簡単に引き受けられる映画じゃなかった。乗馬やダンス、3カ月の歌のトレーニングを控えてて、ロンドンにいなければならなかった。急にやれる映画じゃなかったの。やるべきことがあって、いるべき場所にいる必要があったから、スケジュールの関係でラ・ラ・ランドを引き受けるのは無理だった。でも今、ミュージカルがすごく評価されててうれしい。ラ・ラ・ランドは素晴らしくて美しい映画だと思う」

引用元:エマ・ワトソン、映画『ラ・ラ・ランド』出演を見送った事情を語る - AOLニュース

そしてこれは誰もが同意してくれると思うが、エマ・ワトソンが降りたのは世界にとって幸運だった。

少なくともハリーポッターの時の彼女はとんでもない大根だったが、それは改善されたと想定しよう。(実はあれ以来彼女をみていない)問題は彼女は子役として成功してしまったことにある。

オーディションを受けるため、廊下にずらっとならぶ女性たち。みな役柄と同じ格好をしている。そこでセリフを一言言うと

Thanks for coming

と言われてしまう。実際にそんな体験をしたことがなくても、演じるのが役者というものだがエマ・ストーンの

I've been there many times.

という言葉はとても重く感じられる。

銀の匙を咥えて生まれて来たエマ・ワトソンにあの役ができたとは思えない。もっと言えば彼女は美人すぎる。変な顔とチャーミングな顔の両方を演じてみせるエマ・ストーンのような芸は無理。

というわけで傑作は多くの不運とそれがもたらした幸運から生まれる、というお話。ああ、誰か石原某をシン・ゴジラから取り除いてくれるものはいなかったのかって話はまたここに戻ってくる。


うまくいかないことはもっとやれ

2017-03-14 06:48

この会社にはいつも驚かされる。

ディー・エヌ・エー(DeNA)は3月13日、キュレーションメディア問題をめぐり、関係者の処分を発表した。キュレーション事業を統括していた執行役員で子会社「iemo」の代表取締役村田マリ氏は、各役職を辞任する意向を示しているという。

 南場智子会長が代表取締役に復帰する人事も発表した。

引用元:DeNA、キュレーション問題で関係者処分 「iemo」村田マリ氏・「MERY」中川綾太郎氏辞任 - ITmedia NEWS

村田の懲戒はいいとして、南場が「代表取締役」に復帰。あたかも「南場は何も知らなかった。彼女が復権することがDeNA復活にかかせない」というお涙ちょうだいストーリーを描こうとしているかのよう。

何度も主張して来たことだが、南場こそがDeNAであり、あの会社がやっていることは南場そのものなのだ。だからこれは法則として名前がつくほど一般化されたパターンに他ならない。

悪い管理の第一法則
何かがうまくいかないときは、もっとそれを続けよ。

引用元:ジェラルド・ワインバーグ - Wikipedia

ここで南場と社長の首をきり、社内でまだ良識を持っていた人間を昇格されるくらいだったらDeNAに期待が持てたのにねえ。

日本のITベンチャーのトップが優秀な人材を雇って編み出した最大のイノベーションが、既存の記事をリライトプログラムと1記事1000円とかの底辺ライターたちをクラウドソーシングで掻き集めて、Googleを騙せる程度に書き直して超低コストで記事を大量生産することだった、というのは最高。

引用元:Kazuki Fujisawaさんのツイート

いや、こうやってDeNAが醜態をさらし続けてくれることは、悪いことばかりではない。「メガベンチャー」だのいう存在がどういうものか知らしめる効果がある。まず自分の姿をちゃんと見つめよう。そこから始めなくてはならない。報告書のP260にこんな記述がある。

「DeNAはキュレーション事業において一体何をやろうとしていたのか。当委員会はずっと問いかけているにもかかわらず、一向に答えが見えない」

つまり彼らは「金がもうかればなんでもよかった」のであり、慎重な検討や社会的責任は「永久ベンチャー」の一言でおしまいにし、スピードをもってゴミを量産し金を稼いでいたのだ。

第三者委員会もそうはっきりかきなさいよ。この会社は金儲けのことしか頭にない、と。というか最近「第3者委員会」が大流行りだけど、この報告書はどこまで本当のことを語っているんだろうね。



プレゼンの自己紹介

2017-03-13 07:08

というわけで「プレゼンテーション失敗の本質」という本を書いている。先日「あら、私が書いていることと全く同じである」と驚いた文章を目にしたので引用する。

最初の自己紹介30秒以下にしろよ:

おまえがちょまどみたいに若くてキレイでかわいい女子だったら何時間でも聴きたいけど、ダメなオッサンのつまんない自己紹介は5秒以上も聞きたくない。無駄に長いこと生きている人の長い自己紹介ってつまんない。「89年に大手SIの子会社に入社」とか聞きたくない。もうねダメなオッサンは「idと好きなAWSサービス」だけでいいよ。長いこと生きてるからいろいろ言いたいことがあるだろうけど、いらない。無名無能力な40歳以上は自己紹介は最後でもいい。最後まで聞いてもらえるだけマシだ。

みんなが、お前が誰か知りたくなるのは、お前が何をやった人か知った後だ。

引用元:40歳以上で無名でダメなエンジニア(元エンジニア)が勉強会で登壇するときの注意::村上福之の「ネットとケータイと俺様」:オルタナティブ・ブログ

日本人は「お約束」が大好きである。それはいつのまにか作られ、それに従うのが正しいとされ、従わないとわけのわからない難癖をつけられる。

しかし

私はこの人の意見に全面的に賛成だ。おっさんだろうが、20代だろうが「お前がどんな人間か」なんて誰も興味を持ってないんだ。少なくとも話を聞くまでは

「をを、これはおもしろい」

となったあとにようやく

「あんたはどんな人?」

と興味を持ってもらえる。なのにバカな自己紹介は後を絶たない。「なります言葉」と一緒で、おそらくそれが「従うべきお約束」と誰もが考えているのだろう。

私の意見ではこの「無意味な自己紹介」と「最後の”ご静聴ありがとうございました”」は2大無意味なお約束であり、バカ発見器である。そう思っていたら、先日東大山中教授のプレゼンの最後が「ご静聴ありがとうございました」だったので驚愕したが。

私は50代なので(先日数字が一つ増えた)5秒も使わない。最近は名前すら言わないことも多い。私はボケた年寄りだが、

「誰も私が誰かなんて興味を持っていない」

ことに関する自覚はちゃんと機能している。というわけで、私がプレゼンの冒頭に「私が生まれたのは何ねんで、職歴はこんなので、IPAのスーパーなんちゃらを受賞し」とか喋り始めたら、私を知っている人はしかるべき処置をお願いいたします。間違いなく認知症になっているので。



東芝がそう言うなら大丈夫だ

2017-03-10 07:05

少し前、こんな「何かを訴えかける」ニュースを見た。

東芝は、決算発表を延期する理由となった原発子会社の会計処理をめぐる内部通報が決算の数字には影響しないとみていることが関係者の取材で分かった。

 東芝は、アメリカの原発子会社で経営者が会計処理に圧力をかけたという内部通報を受けて、事実関係を調査するため決算発表を1か月延期している。

 内部通報では、東芝の志賀重範前会長と原発子会社のウェスチングハウスのロデリック会長が名指しされていたが、いまのところ、志賀前会長が圧力をかけた事実はなかったとみている。

 ロデリック会長については、子会社の巨額損失の報告を受ける会議の場で「多少言葉が荒かった可能性はある」として、これが圧力にあたるかどうか引き続き調査をしているという。しかし、東芝はこれまでの調査で、ロデリック会長の言動で決算の数字が変えられたということはなかったとみているという。

引用元:東芝“内部通報は決算の数字に影響しない”(日本テレビ系(NNN)) - Yahoo!ニュース

まるで「150万円脅し取ったのはいじめではない」とどっかの教育委員会が発表した時のような信頼の置ける言葉の羅列。そうか、東芝がこう見ているなら安心だ、って誰が思うのだろう。まあ東芝の内部的にはこういうことを「リーク」せざるを得なかったんだろうな。サラリーマンはつらいねえ。

案の定数日後にこういうニュースが流れる。

東芝が先月、米原発子会社ウェスチングハウス(WH)の内部統制上の問題が見つかったとして先送りした2016年4~12月期決算の発表が、再び延期される可能性が出てきた。

(中略)
 東芝は、WHの経営幹部が部下に「不適切な圧力」をかけたとの内部告発に基づき、決算への影響などを調べている。原発建設を巡る費用増を小さく見せるよう迫ったとされるが、WH幹部の言動をどこまで不適切と認定するかなどの点で、東芝、WH双方の弁護士や監査法人の間で意見が分かれているという。

引用元:東芝の決算発表、再延期も 日米監査法人間で調整難航か (朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース

なんども痛い目にあってきた監査法人は「はあ、東芝様がそうおっしゃるならそれで行きましょう」とは口が裂けても言わんのだろうな。

想像するに、東芝/WHの幹部が「ふざけるな。こんな数字があるわけないだろう。チャレンジしてこい」とわめき散らし、それに対して虚偽の数字を作成した、と言うことなんだと思う。つまり東芝は現在発表しているよりさらにひどい状態にある。

しかし

東芝の弁護人はクライアントの意図を反映し「いや、圧力による粉飾決算はなかった」と主張し、日本テレビにもそう「リーク」する。

私みたいなチンピラサラリーマンからすると

「もう正直に全部ゲロって、0からやり直せよ」

と言いたくもなるが、そりゃ大企業で幹部になるような人にはそれはできんわね。

思いは東芝で真面目にこつこつ働いてきた名も知らぬサラリーマン、サラリーウーマンに飛ぶ。こうしたことはどの会社でも起こり得るとはいえ、日本を代表する大企業に対してはより厚い信頼をもって「奉公」を捧げてきたのだろうな。おそらくこういう状況になっても、「奉公」しつづけるしか道はない、と思う人がたくさんいるのだろう。

「めぞん一刻」という漫画で、ようやくもぐり込んだ会社でこれから働くんだ、とはりきっていた主人公が、入社直前の会社の倒産に見舞われる、というのがあった。東芝の面接を突破し、就職を勝ち取ったエリート学生たちはまさか自分が五代と同じ目にあうとはおもっていなかっただろうに。


前はどちらにお勤めでしたか

2017-03-09 07:09

Uberはその革新的なビジネスモデルゆえに、あれこれの問題を起こしているのか、と思っていた。しかしどうやらそうではないようだ。

創業者でCEOのカラニック氏は、強引ともみられるアグレッシブな行動力で知られるが、2月からセクハラ問題、特許訴訟、ドライバーとの口論動画のリーク、「Greyball」と呼ばれるプログラムに関する暴露などが続いており、「初めて自分は指導者として助けが必要だと認める」と語っていた。

引用元:Uber、COO(最高執行責任者)探しを開始 - ITmedia NEWS

このCEOにしてこの社員あり。というかあれだよね。三菱自動車にしても、東芝にしてもトップの姿勢というのは社員全体に伝わるものだ。でもってこれで苦労しているのが現在および過去にuberで働いた経歴のある人たち。

At job interviews, the employee said, recruiters seem wary of Uber’s “hustle-oriented” workplace. “They have to defend themselves and say: ‘Oh, I’m not an asshole.’”

引用元:Daring Fireball: Uber as a Black Mark on One's Résumé

新しい仕事を探す際「確かにUberで働いてましたが、私はクソじゃない」と説明しなければならんのだそうな。

でもって私が何を描きたいかといえば、親愛なるDeNAである。私の考えではDeNAもUberもなんら変わるところはない。しかしDeNAで働いたという「汚点」を持つ人が職探しで苦労する、という話は聞いたことがない。まあ確かに20年前のDeNAは志のあるいい会社だったからねえ。

DeNAですごい実績をあげました!って未だにアピールできるんだろうか。そりゃ同じくらい「金儲けのためならなんでもやります」という会社は多いんだろうけど。


聖書を読もう

2017-03-08 06:59

今朝こんなニュースに目が止まった。

ローマカトリック教会のフランシスコ教皇が信者に対し、スマートフォンをチェックするのと同じくらいの頻度で聖書の言葉にも目を向けるよう呼びかけた。

引用元:「スマートフォンと同じくらい聖書にも目を」 ローマ教皇が信者に呼びかけ - ITmedia NEWS

いやぁ。さすがに2000年も続く宗教団体のトップは言うことが違うなあ、と感心した。

彼らは確信しているのだと思う。こう言ったところで絶対に誰も聖書を読まない、と。しかしこう発言することで

「聖書にはなにやらありがたいことが書いてあるに違いない」

という一般大衆の思い込みは増幅される。最近この本を読んでいるのだが


表紙と題名はちょっとなんだが、内容は

「真面目に偏見をすてて聖書を読んでみました」

というものである。実際聖書というのはこうした解説本の助けなしには読めないようにわざと作ってあると思う。

でもってこの本の助けを借りて、私が学んだ「聖書の教え」を一つ紹介しよう。

イスラエル人はヤハウェから「カナンに住んでいる人たちを聖絶しろ」と言われる。でもってその言葉の通り皆殺しにする。

なぜこんなことが正当化されるかと言えば

ノアの箱船のノアが酔っ払って裸で寝ていた。その後何が起こったか。

22:創世記/ 09章 22節-25節
カナンの父ハムは、自分の父の裸を見て、外にいた二人の兄弟に告げた。
セムとヤフェトは着物を取って自分たちの肩に掛け、後ろ向きに歩いて行き、父の裸を覆った。二人は顔を背けたままで、父の裸を見なかった。
ノアは酔いからさめると、末の息子がしたことを知り、
こう言った。

「カナンは呪われよ/奴隷の奴隷となり、兄たちに仕えよ。」

引用元:検索結果(章) | 日本聖書協会ホームページ

すいません。わけがわかりません。ノアの息子はハムとセムとヤフェト。ハムは「父さん裸でねてるぞ」と兄弟に告げる。言われた兄弟は裸をみないようにしてノアに着物をかける。酔いがさめて目が覚めたノアがハムに激怒するならともかく、ハムの息子のカナンに呪いをかける。かくしてカナンの子孫はイスラエル人に虐殺されてもいいことになったのだ。。

控えめに言っても無茶苦茶である。こんな宗教を真面目に信じている人間がたくさんいる国なら、そりゃ原爆も都市への無差別爆撃もやり放題だわな、と納得がいく。(冗談です)

しかしローマ教皇は確信しているのだ。誰も聖書を読まない、と。

意味】 鰯の頭も信心からとは、イワシの頭のようなつまらないものでも、信仰すれば非常に尊いものに見えることから、信仰心の不思議さをたとえたことわざ。主に、新興宗教などに対し、皮肉の意味で使われることが多い。

引用元:鰯の頭も信心から - 語源由来辞典

聖書を読むたびこの言葉が頭をよぎる「イワシの頭も信心から」つまり信仰を増幅する仕組みさせ整えてしまえば、中心にあるものはなんでもいいのだ。イワシの頭でも聖書でも麻原ショウコウでも。

最近考えているのはこういうこと。なぜ人は考えることを捨て、信じることを選ぶのか。仏教も結局大衆化の家庭で「ナムアミダブツ」になってしまった。どうしてこういうことが起こるのか。これを避ける方法はないのか。


ゴジラが来た

2017-03-06 06:28

息子が「地理のレポートで、ハザードマップについて書いた。付録としてゴジラが我が家を通るかどうか調べたい」と言って来た。

ちょっとまて。誰が鎌倉から武蔵小杉に直線ルートで進むと言った、とか不毛な会話が続いた後、ふと気がついた。本当にゴジラが来たらどうすればいいのだ。以下シン・ゴジラの設定に沿って考える。

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11/3 ゴジラ登場-街を破壊した後海に戻る。

まずここでどう対処するか考えねばならない。ゴジラは無傷で海に戻った。次はどこにくるのか?どこかに疎開するか?ではどこへ?

問題はゴジラの居場所が特定できない以上どこに来ることもあり得る、という点。日本再上陸も考えられるが、海はどこにも繋がっている。シベリアあたりに上陸してもおかしくはない。実家のある名古屋に避難したとしても、そこでまたゴジラに遭遇するのは御免である。

あれこれ考えたあげく「確かに不安だが日常の生活を送るしかない」という結論に達する。これが地震なら(余震はあるもの)ほぼ一回で済む。台風ならば事前に進路と規模が報道される。ゴジラはなんともならない。「再度襲来」の可能性だけは色濃く残り続ける。なのに場所も時期も全く想像がつかない。ずっと「自宅待機」をするわけにもいかない。


11/7 11:35 由比ヶ浜上陸


時間帯からしてゴジラの上陸をおそらく職場で知ることになるが、ここは話の都合で自宅にいることとしよう。問題はゴジラがどこに向かうか全く予想がつかない点。そして運の悪いことにゴジラは私の自宅と同じ県にいるのだ。ええい、せめて千葉に上陸してくれればいいものを。

ゴジラがどうやら内陸に進んでいることが報じられる。どう考えても自宅が踏み潰される可能性がある。逃げなくてはならない。問題は

「どちらの方向に」

「どうやって」

車は間違いなく使えない。このニュースが流れた途端ほとんどすべての車両が移動を始めるからだ。当然バスもだめ。となると頼れるのは鉄道だけということになる。

幸いにして私が住んでいる家の近くの鉄道は普段あまり混雑しない。しかし今だに東日本大震災の翌日のスーパーの光景を覚えている。つまり普段混雑しないと思っても、皆が同じことを考えるととっても混雑するのだ。電車でおしあいへしあいしている間にゴジラが

「がぉー」

っと来るのは勘弁である。

ここでゴジラの形態を思いだす。おそらくあいつは山に登れない。あの短い手を使って四つん這いで山に登っている姿は想像できない。

となると津波ではないが、とにかく高いところに避難するのが良さそうだ。近くにある丘の上に、とりあえずの荷物を抱えて、徒歩で逃げる。丘の上から遠くにゴジラの進行が見える。誰かが

「こちらに向かって来るぞ!」

と叫ぶたび周りがパニックになる。


11/7 16:30 武蔵小杉到着


この後何が起こったかは映画を見た人間なら知っている。しかし当家に関していうと、これでほぼ安心。つまりゴジラは北上しており、武蔵小杉は我が家より北にある。我が家は空襲警報解除。そろそろ夕方になり気温も下がって来る。一旦家に帰る。問題はここから。どちらに進むかわからないゴジラはまだ近くにいる。こうなれば実家がある名古屋に避難しよう。問題はどうやってそこまで行くか。

新幹線は間違いなく不通になっている。(上陸後新幹線を横切っている)飛行機も多分だめだろうから(この時点では内閣総辞職ビームはわかっていない。もし飛行機が飛んでいればどうなるかは考えたくもない)車で移動するしかない。ものすごい渋滞であってもとにかく進むしかない。家財道具と食料、水を詰め込み車での移動を試みる。高速を使わずに下道を這うように進む。万が一ゴジラが向かって来た場合には車を捨てる覚悟を固めながら。

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ここでは「11/7の昼頃自宅にいる」という想定をしたが、仮に会社に居ると状況ははるかに悪くなる。自宅が危機に瀕していることはわかるが、自宅に帰るということは、ゴジラに向かって進むということ。私は毎朝毎晩武蔵小杉を通っているのだ。だったらきっと電車空いているねとか呑気なことを言っている場合ではない。何もなければ1時間で帰れるが、おそらく電車は止まる。歩いて帰ろうとすれば間違いなく途中でゴジラとコンニチハである。

じゃあじりじりしながら会社にいればいいかといえば、それをやっていると夜に「内閣総辞職ビーム」を食らうことになる。となると可能なのは、直線で家に帰るのではなく、西方を迂回してなんとか家に接近を試みる方法。これとておそらく自宅近くでは電車が止まるが、ゴジラプルームを食らうよりましである。

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書いていて気がつく。内閣総辞職ビームさえなければ、ゴジラのもたらす被害はそれほど広範囲には及ばないではないか。たかだが幅100-200mの範囲がペッチャンコになるのだけ。移動距離を考えても、被害を受ける面積はさほど大きくない。となると(重ねていうが、内閣総辞職ビームがない、という想定の上で)ひょっとするとゴジラに直接踏み潰された人より、避難の際のパニックにおける事故で死亡する人のほうが多いことがあり得るのではないか。

となるとより広範囲に被害を及ぼすのは人間によるもの(B-2による爆撃、核攻撃含め)というのもそう突飛な話ではない。尾頭課長補佐の

「ゴジラより恐ろしいのは私たち人間ね」

というセリフにはそれなりの意味と重みがある、ということにいまさらながら気がつく。

というわけで本考察の結論としては

「ゴジラが出現したら、その進行ルートに関する情報を集め、近くに来る可能性がある場合だけ徒歩で避難する」

というのが一番よさそうだ。足遅そうだしね。


ごんざれふ賞2016-2017

2017-03-01 06:13

さあ皆様お待ちかね。今年もごんざれふ賞の発表です!拍手!

(半畳もない狭い部屋の中にパチパチという音が響く)

例によって例のごとく受賞資格があるのは「私」が2016/2/1から2017/2/28までの間に観た映画です。公開日がいつとか些細なことは関係ありません。ではさっそく発表です。


作品賞:

この世界の片隅に

シン・ゴジラ- Godzilla Resurgence

ズートピア- Zootopia

ラ・ラ・ランド

「気に入ったものならいくつでも受賞可能」なのがごんざれふ賞のいいところ。作品賞を四つも発表できるのは嬉しい限り。恐ろしいほど辻褄が合っており、信じられないほど全てのシーンが磨かれたズートピア。見方によってはホラーと受け取ることもできるかもしれません。石原某の凶悪な攻撃を見事に跳ね返したシン・ゴジラ(何度観たか聞かないでください)。おそらくあの時代を実体験した最後の世代の一人である父も感動してくれた「この世界の片隅に」。ついでに言えばこの3作品は子供も見てくれたのが親としてはうれしいところ。ラ・ラ・ランドも子供と一緒にもう一度見ようか。


主演女優賞:

のん@この世界の片隅に

市川実日子@シン・ゴジラ

エマ・ストーン@ラ・ラ・ランド

今年は作品賞に引き続き、主演女優賞も三人受賞。能年玲奈は声しかやっていないじゃないか、とかは誰も言いませんよね?(半畳もない個室の中で声だけが響く)彼女の「演技」は受賞にふさわしい。シン・ゴジラでは花森大臣とどちらか迷いましたが、やはり尾頭課長補佐でしょう。え?他に女優っていましたか?前田某と後一人誰かいた気がするけど、あれは女優じゃなくて「マーケティングのためのアイドル枠」。エマ・ストーンはとても変な顔をしている。しかしこの映画ではとんでもないブスから成功した美人女優まで見事に演じてみせる。


主演男優賞:

長谷川博己@シン・ゴジラ

サミュエル・L・ジャクソン@ヘイトフル・エイト

長谷川氏は力強かった。紅白みるとそれは監督の力量によるものだったかもしれないけど。サミュエル・L・ジャクソンはいろいろな怪演が光ったけど、一番よかったのはこれ。


助演男優賞:

オスカー・アイザック@エクス・マキナ

善悪定かではなく、とにかく静かに怖い。加えてあのキレキレダンスで見事受賞。


助演女優賞:

余貴美子@シン・ゴジラ

誰がどう見ても、内閣で一番頼りになりそう。途中で死んじゃったのと、尾頭課長補佐がいるので、残念ながら助演女優賞。


さて次は今年から新設

音楽賞:

シン・ゴジラ

ラ・ラ・ランド

今期の後半はシン・ゴジラのサントラをずーっと聞いていました。農民が鋤や鍬もって裸足でヤケクソの突進をしている宇宙大戦争が頭の中を駆け回る。それはラ・ラ・ランドを見るまで続きました。

Youtubeにラ・ラ・ランドのサントラを聞いている自分の姿をアップしている人がいたけど、あの気持ちわかるなあ。

さて、次は今期観た映画を眺めていて頭にちょっとでも何か浮かんだ映画です。


ちょっと言及したくなった映画:

ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー:能天気なImmortal達の陰にいた、我々のようなあまたのMortal.

エクス・マキナ:まあなんというか男ってバカですよね。お気に入りのエロ動画から合成された顔に、あんな目で見つめられちゃあねえ。

オデッセイ:マット・デイモンがヘルメット忘れて取りに戻る。なぜあのシーンが思い出される。

塔の上のラプンツェル:ディズニーの覇道ここに始まる。

レヴェナント:蘇えりし者:ディカプリオの「俺にオスカーくれよ!」という気持ちだけは痛いくらい伝わってきた。

スター・トレック BEYOND:Mr.カトーことスールーの眉毛がくいっと上がるところ。いつも短いけどいいシーンがあるなあ。


さて、最後は「これは合わない、という映画は最初から観ないようにしているんだけど、それでも観ちゃった中で最低映画賞」です!


観てしまったなかで最低映画賞:

君の名は

小学生男子の妄想映画かと想像していたら、そのはるか斜め下を行っていた。設定や理屈のデタラメさ(ちなみに人間が入れ替わるとか、酒飲むと直に会えるとかは気にしてないよ)よりも、そもそもこの映画のどこに感動できるのか。

トランプが大統領になる。この映画が大当たり。ああ、世界は謎に満ちている。いろいろな人の感想を聞くと「雰囲気で押し切る」映画らしい。トランプの「公約」の雰囲気に可能性を感じる人がいるのと同じことか。ああ、世界は謎に満ちている。宣伝を信じればこの映画の満足度は99.8%.私の映画の見方は0.2%という狭い範囲にあることだけはわかった。

今年は豊作でした。来年はどんな作品が受賞するのか今から楽しみですね。それでは1年後までさよーならー(ひらひら)

(半畳の部屋に怒鳴り声が響く。とはいっても聞こえるのは壁に耳をつけている人だけ。そんな人がいるわけもない)