夏の終わり

日付:1998/9/11

五郎の入り口に戻る

合コン篇+引っ越し準備:1章 2章 3章 4章 5章 6章 

米国旅行篇:7章 8章 9章 10章 11章 12章 13章 14章 15章 16章 17章

引っ越し篇:18章 19章


5章

彼は何故自分が遅れたかについての説明をひとしきりやった。5時になって彼が帰ろうとしたその瞬間、誰かが彼を会議にひきこんだのだ。そしていらいらする彼の心境をよそに会議はだらだらと続いていったのである。SBYがようやく会議から解放されてSNDに電話をしたのは既に8時に近かった。

となりのミポリンが「えっつ?会社って5時に終わるんでしょう?なんで5時から会議やるの?」と聞いた。全く論理的には非の打ち所のない論理だし、会社にいる時に「業務効率化のために会議時間を短縮しましょう。(この後会議短縮のための「秘訣」がいくつかリストされる。議題を明確にしましょう。資料は前もって配りましょう。。。)特に午後の5時を過ぎて会議を行うようなことはやめましょう」という「通達」が回ったことは1度や2度ではない。

しかしながらこうした「通達」が一瞬たりとも効果を発揮したのを見たことがない。こうした現象を何度か観察した結果私はある結論に達した。「たいていの人は口でなんて言おうと会議が好きである」というのと「たいていの人は口でなんと言おうと残業が好きである」というものである。こうしたポリシーを口にする人を見たことがない。それどころか大抵の人は言うことは全く反対だ。私の見たところ最高に残業と長い無意味な会議を愛している人間ですら「残業なんかしちゃだめだ。早くかえらなくちゃ。会議は効率的に」と口にする。しかし彼らの行動を見る限り彼らは残業と会議を愛しているとしか結論づけることができないのである。そして彼らは残業時間の長さと会議の多さを、ため息とともにどこか誇らしげに口にする。これも一種の屈折した愛情というやつか。

こうした話をうだうだしても全く合コンの席には似つかわしくない。私たちは曖昧なほほえみでミポリンの質問に答えた。

さてようやくフルメンバーがそろって男女比が1対1になった。しかしSBYにとってみれば周りはちょっと酒がはいってハイテンションになっている連中である。それまで会社で彼がどのよな心躍る時間を過ごしたかしらないが、合コンの乗りに波長を合わせるのは大変かも知れない。彼が「いやー、周りのテンションについていけませんよー」とかなんとかいうので、私は彼の方に話題をふった。話題は彼が数年前出席した合コンで力説していた珍説である。それは「昭和41年生まれの人はB型が多い」というやつだ。

ことのおこりはこうである。彼が大学時代に看護学校か何かの生徒さん達と合コンをやっていたときに、たまたま相手が全員昭和41年生まれであった。そして血液型は全員B型であった。

確率的に言えば、日本人においてB型の確率というのはそんなに高いわけではない。そこから彼は前述の仮説をうちたてたわけである。おまけにちゃんとこの仮説にはそれを支持する理由までついているのである。曰く「昭和41年というのは丙午の年である。従って子供を作るのに躊躇する親が多い。しかしながらB型の両親ははその性格からあまりそういうことにこだわわらず子供を作る。結果として昭和41年生まれの子供はB型が多い」

さてこの話題は結構なうけを取っていた。おかげで最初ちょっと固かったSBYの雰囲気も大変うちとけたものとなったし、めでたしめでたしである。当初予約をしたときには「予約の方は2時間ですから」と言われていたので、理論的には8時半がリミットとなる。しかし今日は平日であるし、周りはだんだんすいていくばかりだ。合コンがあまり楽しい物でないときは「早く2時間たってくれないか」と時計ばかりみるものだが、今日は逆に「いつ”お時間です”というお呼びが来るか」と怖れるような状態である。

さて場の盛り上がりと共に会話のパターンが少し変わった。全体で話すパターンから1対1で会話するパターンとなったのである。ペアはナナちゃん-SBY、宮様-SND, そして私-ミポリンである。

 

このとき彼女と何を話していたか。先ほどの「あたしってもてない」という言葉に対して何かわめいていた気がする。多分「相手を捕まえようと思えば、もっと自分に向けられている好意のまなざしにするどくなければいけませんよ」とでも言ったのではないか。さてひとしきりミポリンと話した後、今度は前のナナちゃんと話すことになった。何がきっかけだったか覚えていないが、「名古屋弁」の話になった。彼女は自分では名古屋弁をしゃべっているつもりはないと言ったが、私は「いや。我々は名古屋弁のNative Speakerですからねえ」といった。

そこから何故か映画の話がしたくなった私は「名古屋弁でTitanicの題名は「テャータニック」と発音しますね。」と言った。ナナちゃんはしかめっつらをした。

さてここから私は何を考えたかTitanicに関して熱弁を振るい始めた。彼女はあの映画が結構気に入ったようだったが、私はそんなに感動していない、という話から、

 

「だいたいあの馬鹿女はなんなんだ。ディカプリオちゃんとあのイヤな婚約者がせっかく助けてやろうとしているのに船に戻りやがって。このことによって彼女は二つの問題を提起した。

1)あのイヤな婚約者が一瞬だけかっこよかったのが、あの頑丈な姉ちゃん(婚約者の事である)を素直に救命ボートに乗せるためにディカプリオと”俺達はあっちの方のボートに席があるから。後でいくよん”と嘘をつくところである。しかしあの頑丈な女の行動はその彼の唯一の見せ場をパーにした。

2)最後に一つの木片に捕まっていたディカプリオは沈没し、上に乗っていた姉ちゃんは助かった。あの姉ちゃんが最初から素直に救命ボートに乗っていたとすれば、あの木片の上にのって助かったのはディカプリオだったかもしれないのである。」

 

さて私は「馬鹿女」あるいは「頑丈な姉ちゃん」という度にしかめっつらをするナナちゃんの無言の抗議を無視して概略上の様なことを力説した。他の人達は「なんだこの男は」という顔をしていたが、私がわめいている間、何か考えるような顔をしながら軽く首を動かしていたのがSNDである。

彼は私が静かになるのを待ってやおら口を開いた。彼は誰かが米国で買ってきたTitanicのビデオを見たそうである。(彼にとって英語版の方が望ましいかもしれない)

 

「あの彼女の行動には二つの意味があったのだと思う。

1)それより前に彼女は船尾から飛び込もうとするところをディカプリオに助けられている。あの時点からあの二人は不可分のものとなったのではないか

2)彼女は婚約者とディカプリオの嘘によって、いったん救命ボートに乗った。しかしそのボートが降りていく間に彼らの表情を見て「これは私を救命ボートに乗せるための嘘である」と気が付いたのではないか?」

 

全く見事な意見である。それまで景気良くわめいていた私は静になった。確かに彼はいいポイントをついている。私は何かいいかえそうと思い酔いも回った頭を一生懸命回そうとしたが、いい考えも浮かばないのである。

沈黙している私を救ってくれたのは、SNDの正面に座っている宮様である。彼女はこういった。

「でも確かに彼女が乗っていた救命ボートの座席は無駄になったわけよね。彼女の代わりに誰かが乗ったわけではないだから」

私は救われたような気になり「確かにそうだ。総計でみれば助かった人間の数は増えていないんだから」と言った。

 

さて我々がこうした合コンの席には珍しい「理屈っぽい」会話をしている間に、私とSNDの間に座っているミポリンは「えーっ?あたし別に素直に彼女が救命ボートから飛び降りたところを受け入れられたけどなぁ」とわめいていた。私は「あなたここらへんで飛びかっている話を聞いてる?」と言った。

 

さて一時は妙に理屈っぽくなった会話もミポリンの一言でまた元のうちとけた楽しい物に戻った。そのうち話題はまた私のホームページに戻った。

「今日の合コンについても何か書くの?」と言われた。SNDに至っては「俺にも送ってくれよ」などと言っている。しかし今まで合コンについてドキュメンタリーをずいぶん書いたが、最初から女性の側の目に触れる可能性を考えて書いたことはなかった。これは結構注意して書かねば、、でも今日の宴会は楽しいから正直に書けばよいか。

などと私がうだうだ考えていたときに誰かが「ところで登場人物の名前はどうするの?」と聞いた。

実はこの問題については私はひそかに過去数十分頭を悩ませていたのである。今回出席している女性は皆それぞれ大変楽しい人であるが、いかんせん名前をつけるのに決め手となるようなものがない。このままではたとえば私の正面に座っているナナちゃんは彼女が前に勤めていた会社の名前で呼ぶことになってしまう。

そういう話を私がうだうだとしていると、彼女たちは自分で希望する名前を述べ始めた。まずナナちゃんであるが、彼女は昔「岡田奈々に似ている」と言われたことがあったのだそうである。言われてみれば確かに似ている。(私は昔岡田奈々に”メダカ女”なる失礼なあだ名をつけていたが、こちらのナナちゃんはメダカのイメージは全くない)ちなみに彼女の家で飼っている猫の名前もナナちゃんだそうである。その場では全く気が付かなかったが名古屋に3カ所あるall-purpose待ち合わせ場所の一つ、名古屋駅のナナちゃん人形とも同じ名前であるがこちらとはなんの関連もないようだ。

次は隣のミポリン。これも彼女が希望した名前である。私が「これは誰かが中山に似てるって言ったの?」と聞くと彼女は首を横に振った。「じゃあ自称?」と聞くと(賢明にも)彼女は再度首を横に振った。そして「今似ているって事じゃなくて、中山は目指す目標なの」といった。なるほどそれなら話はわかる。実際最近中山美穂は美人の代名詞のようにCM等で使われている。その名前を「似ている」という意味で名乗るのは、自称にしろ、他称にしろとても勇気のいることだろう。

最後は一番遠くにいる宮様。彼女の本名は「○宮」というのだそうである。彼女に関してはそれだけの理由である。もっともこの名称がどことなくぴったりとくる落ちいた感じの女の子であった。(先ほどのタイタニック問答を見てもらっても分かると思うが)

さてホームページの話題に関連してナナちゃん(だったと思う)が「ところでお父さんの名前ってどうやって読むの?」と聞いてきた。なんと彼女は私の父親が大坪重遠であることまで知っているのである。COWの奥様は一体どれだけのプリントアウトを公開しているのだろう。私の驚きをよそに「さて重遠とはどうしてついた名前でしょう?」という質問に対し、ナナちゃんが見事に正解したのは正直びっくりした。今だかつてノーヒントでこの問題を解いた人はいなかったのであるが。

 

さて時間も結構遅くなってきたし、周りもなんだか閑散としてきた。店の人が「何かオーダーは」と聞きに来たのに対し、「ではこのへんで」と提案した。SNDの提案で最後にお茶を持ってきてもらうと事にすると我々はまたなんだかんだと話し込んだのである。

さてこんな話をしているとまたもや時間はとんとんと過ぎていく。もう食べる物はないし、お茶も全部飲み干してしまったのにだれも腰を上げようとしないのである。これは大変珍しい現象だ。考えてみれば了見の狭い五郎ちゃんには結構厳しい合コンの方が多かったな、、、時間が早く過ぎてくれ、と願った事ばかりが思い出された。それを考えれば今日のような合コンがとても貴重なものであることに思い当たる。「無我になったときにしか良いことは起こらない」という信条もあながちうそでもなさそうだ。

多分この時間帯に話したのではないと思うが、どこで話したか覚えていないのでここで書いておく。私は「イヤー実は今失業中の身でございまして。でもそのうち働くんですよ。場所?関内ってとこですわ」と最初から言って回っていたのである。

この言葉に対する反応で覚えているのがいくつかある。まず「関内」という言葉だけで女性が全員「えー、良いところですねえ。中華街のあるところですよね」と言ったのが驚きだった。実は中華街が関内の近くと言うことは最近までしらなかったのである。彼女たちは基本的に名古屋から離れたことの無い人達だったのだが何故ここまで横浜の情報に詳しいのであろう。

それから私の退職の話しになった。ミポリンは「ええーっ。退職するって言ったときに引き留められたんですかー?」とすっとんきょうな声を出した。まるでこういう役立たずは「そうか。とうとう辞めてくれるか。いや、ありがとう」と言われたかのような言い方である。

私がその旨述べると「いえいえ。引き留められたのに辞めちゃったのか、っていう意味ですよ」と答えた。なるほど確かに引き留めはあったな。いつかもこの質問をされたような気がする。そして答えは「そうですねえ。」だった。

確かに直属の課長兼次長、部長、副所長と米国の会社の社長と面談は行ったが、正直言ってあれが引き留めだったのかどうか判断が付かないのである。彼らが言ったことは全て私が事前に考えて、かつ自分で答えをだしていた問題だった。正直言えばこちらの意表をつくような話を期待したのであるが、その点極めて物足りなかった。

 

前に座っているナナちゃんともこの話題についてしばらくしゃべった。私は彼女に退職の経緯を適当にとばしながらしゃべった。すると彼女は「それは会社にとっても大坪さんにとってもダメージでしたね。」と言った。

私にとってのダメージ?それはこれからの数十年が決めることだ。あのまま会社にいれば、おそらく私は40に近くなるまで米国に幽閉される運命で、その後は数十年に渡って自動車部品を作ることになっていただろう。最後に働いていた場所の幹部は最後に私に彼の信条であるところの言葉を贈ってくれた。それは「馬鹿になれ」であった。確かに馬鹿にならなければ私は発狂していたかも知れない。(いまより馬鹿になることが可能だとしての話であるが)

 

さて会社にとってダメージだったかという問題であるが、多分彼女は私が○○重工にとって有為の人材であると想像したのだろう。しかし彼女は二つの点で認識違いをしている。

第一に○○重工は何よりも組織としての建前を優先させる会社である。(もっとこういう会社は結構世の中に多いのだろうが)仕事の内容以上に大事なのは、(仕事の上での必要は全くないにもかかわらず)ネクタイを締め、文字の間違いがない文章を書くことなのだ。34歳までネクタイも締めずにいい加減な格好をしていて、このホームページのように誤字だらけの文章を書いていた私はこれだけで○○重工社員失格である。

第二に○○重工にとっての私は厄介者でありさえすれ、決して有為の人材ではなかったことである。会社にとっての私の価値を知るためには私の上司から私にむけられた言葉によるのが一番正確だろう。以下に示すのは様々な機会で私が聞いた「○○重工にとっての私の評価」である。

 

・(配置転換を打診-実質上は命令だが-をされたとき)「きみはもっと一人でやる仕事のほうがあってるんじゃないか。○設なら仕事の範囲ははっきりしているし、言われたことだけやってればいいぞ。 まあ考えてみてくれや。。。(中略) 

会社が社員になにを期待しているかって?言われたことだけでなく、なんでもやるという態度を期待しているんだと思うけどね。 」-これを言った人は今はある事業所の幹部になっている。前段と後段を比べてみれば「君は会社が求める社員像から見れば失格だ」と彼が行っていることは明白である。

 

・(私が「拒否したにも関わらず米国駐在を命じられたのは受け入れ難い。会社を辞めさせてもらう」と言った時に)「この際だからぶっちゃけた話をしてしまうけど、君はあちこち移動したようだが、どこでも諸手をあげて歓迎されたわけではないだろう。そんな風だから(あちこちで嫌われるから、という意味か)米国に飛ばされることになるんだ」-彼もある事業所中核分野に責任を持つ幹部社員となっている。

これだけの評価を考え合わせるに、私が退職する、と言った際に言葉の上ではどうかわからないが会社が本当に「引き留めた」かどうかはかなり怪しい物だ。

 

さて、いつのまにか話は私の新居などに移っていった。そこから各自の家についてなんだかんだと話しをしていたら、SNDとSBYはお互いの近くにマンションを購入していることが分かった。(別に彼らが特殊な関係にあるといわけではない)未だに6畳一間の学生が住むようなアパートに住んでいるのは私だけのようだ。こう考えてみるとこの3人の中で私がプータローになるのは必然の結果だったのかも知れない。

さて時計をみるともう10時を回っている。私は毎日が日曜日の人だし、何故かナナちゃんも家事手伝いだそうだが、他のみんなは明日も過酷な仕事が待っている身分だ。私は「わっ。こんな時間だ」といってその場をお開きにした。みんなはようやく腰をあげて出口に向かいだしたのである。

 

次の章

 


注釈

Titanic:(参考文献一覧)私はこの映画の内容に感動したわけではないが、この映画を見ることによって話題のネタにできる、という点は高く評価できる。本文に戻る

 

英語版の方が望ましい:何故こんな事を言うかに付いては、「何故英語をしゃべらざるを得なくなったか」の1章を参照のこと。会社に入って最初の英語の試験で私の隣に座っていたのがこのSNDである。本文に戻る

 

馬鹿になれ:(トピック一覧)トピック一覧経由、リンク先をたどってもらうと、この言葉に関して私が考察した内容が書いてある。特に"Clinton"の中での考察はけっこうお気に入り。本文に戻る

 

組織としての建前を優先させる会社:(トピック一覧)トピック一覧経由「私のMacintosh」を参照してもらうと、私が言っていることの具体例が記述してある。本文に戻る