夏の終わり

日付:1998/9/11

五郎の入り口に戻る

合コン篇+引っ越し準備:1章 2章 3章 4章 5章 6章 

米国旅行篇:7章 8章 9章 10章 11章 12章 13章 14章 15章 16章 17章

引っ越し篇:18章 19章


2章

さてそれからの私は「基本的に」という形容詞をつけたままで快適に暮らしていた。夏はあいかわらず悲しいくらい暑い。これまでは昼間、会社で冷房の効いた部屋にいたので朝と夕方しか熱気をさける必要がなかったわけだ。しかしボウフラ生活では昼間の熱気とも戦わなければならない。

実家に帰ってきていた姉の子供達の遊び道具になったりして私は適当にぶらぶらと暮らしていた。当初の予想では仕事が決まれば長期の旅行にでも行こうと思っていたのだが、まあ内定通知が来てからでも遅くはあるまい。「紙に書かれたものを必ずもらいなさい」というのは13年の会社生活で得た教訓であり、かなりしばしば忘れて後悔することでもある。しかし今回は一生に関わる仕事であるし、引っ越しをするとなればいろいろ金もかかる。慎重にしなくては。

さてそうこうしている間に盆休みが来て、そして去っていった。もう電話をしてから2週間だが、、まあ10月1日入社の人間の内定は8月の末あたりにまとめて取るのだろう、と勝手に考えていたのだが。

 

さてそんなある日、メールをチェックしている私は「五郎の部の感想」という題名に気が付いた。これは私のホームページから送られてくるメールの題名なのだ。滅多にないことであるし、私はホームページの感想をもらうのが大変好きなので、どきどきしながらメールを読み始めた。

差出人の名前は「COW」となっている。何?この名前は7月19日に2次会やった男に、「私がホームページの中でつけた」名前であるはずなのだが。。。そしてこのメールはその男からのものであった。しかし彼がこの名前を使うと言うことは、、

 

彼のメールは「感動しました。」という言葉で始まっていた。やはり彼は私のホームページを読んでいる。さてメールには「是非、コンパをどうですか?と言う話がありますので、お返事を下さい。」と書いてあった。彼が合コンというからには相手はCOW夫人のお友達だろう。この前は一人の女性としか話をしていないが。。どんな人達なのだろう?しかし合コンは久しぶりだし何と言っても私は「合コン」と聞くと反射的に「行きます」と答える人間なのだ。

同じ日にPolypus & JMSのベースマンからもメールが来た。そして最後に「P.S. 大坪さんへ  ホームページ、家族で読ましていただいてます。」と書いてあった。何と言うことだ。私は当初「このホームページは顔を知っている人間には非公開だー」と妙な事をわめいていた。これは「自分の書いた文章を人に読んでもらいたい」という自己顕示欲と「かといって知り合いに見られるのは恥ずかしい」という羞恥心の理不尽な混合から産まれた言葉であった。しかし所詮全世界に開かれたインターネットでそう排他的なページを作ることなど不可能なのだ。私がたくさんの人に読んでもらおうとすればするほど、多くの検索エンジンの類に登録せねばらない。するとつまるところは「私の名前を入力して検索ボタンを押せば、はいできあがり」という事態が到来するわけである。

しかしこの文章を知り合いに読まれてしまうとは。。。だったら書くなって。

 

さてそれからしばらく私はボウフラの延長のような暮らしをしていた。うちの父は名言をたくさん持っている人だが、その一つに「秋になると金も払わなくても涼しくなってありがたいな」というのがある。毎年「ああ。ひょっとしたらこのまま永遠に涼しい日は来ないのだろうか」という妙な妄想にとらわれ始めたときに父の言葉が正しいことを知ることになる。

9月になった。そして部屋にさしたる苦痛もなくいることができるようになった。涼しくなるということは頭の働きも(大した物でないとはいえ)多少は戻ると言うことだ。ありがたいのはこのホームページの執筆が再び進み始めたと言うことだ。こんな文章でも少しは頭を使わなくては書くことができないのである。

しかしそれと共に考えなくてもいいこと(あるいは考えた方がいいのかもしれないが)も頭に浮かぶようになってきた。内定通知はどうなってるんだ?もう電話をしてから一月たっているのだ。そろそろアパートの手配だのしなければならないのだが、本当に10月から働ける見込みもたたないのに下手に動くわけにはいかない。自分で勝手に考えた8月末に認可を取る、というスケジュールが正しければもう通知が来ていても良いはずなのだが。。

 

さてそうこう考えていた9月の7日。私はまたもやあまり覚えのないアドレスからメールをもらうこととなった。

題名が「Partyの件」となっているので多分合コンの話だろうと思って差出人をみて、しばらく判読に時間がかかった。当然COWからメールがくるものと思っていたが、数秒後にその差出人は同期のSNDであることが判明した。

「ながらく御無沙汰しておりますが、いかがお過ごしでしょうか?」で始まるメールは急遽9月10日の木曜日に合コンを行いたい旨先方より申し入れがあったという内容だった。

いきなり3日後と来たか。。。しかし私としてはこの日程は願ってもないものだったのである。翌週の月曜日から22日までは米国にいくことにしていた。そしてその後は(ちゃんと内定が決まったという前提の元で)結構あれこれと忙しい。従ってその前に合コンが(あるならば)あってほしいと思っていたのだが、今週になっても連絡がないので、半分あきらめかけていたところだった。

仕事をしているときだったら、木曜日の合コンというか宴会は避けたいところである。しかし今はボウフラの五郎ちゃんなのだから問題はない。

さてSNDからは相手への返事をしなくてはならないため、今日中に返事が欲しい旨要望があり、彼の自宅と会社の電話番号が両方併記されていた。どちらに連絡するか?あの男のことだからきっと遅くまで働いていることだろう。となれば多少仕事の邪魔をする可能性があっても会社に電話するのが正しい選択だ。

 

さて適当に時間を見計らって会社に電話をした。最初にでた女の子は「少々お待ちください」といって彼に電話を回してくれた。無職になって以来というもの「○○の大坪です」と名乗りにくくて困る。考えてみれば合コンで知り合った女の子のところに電話をするときも緊張のあまり「○○重工の大坪です」と名乗ったこともあったなあ。。

などと考えているうちにSNDが出た。お互いご無沙汰をわびる言葉の後に話は簡単に進んだ。彼の方は○○の攻撃をくらって苦闘している様子であったが、木曜日は出席可能だという。

ここで私は「メールには私に場所の選定を依頼したい、とあったが、もちろん喜んでやるけど、これは一体なんなの?」と聞いた。すると答えは「女性の幹事と相談していたら”そちらになんだか合コンの鬼みたいな人がいて、場所の選定とかその人に任せればいいと聞いたんですけど。。”と言われたんだ」であった。

うーんなんということだ。考えてみればCOWには過去に合コンにさんざん出席願っている。奥様にもその情報が伝わっていても不思議はない。今更のごとく女性の間の情報の伝わり方の早さに驚きながら、もうすでに頭の中で場所の選定を終えていた。いつも使っているなじみの店である。

彼への電話が終わると、すぐ店に電話して予約を取った。SNDに場所と時間、それに店の電話番号をメールで連絡して一丁上がりである。メールはこういう時に本当に便利だ。

 

さて、翌日から「就職見込み」にたよっていろいろと引っ越しの手続きを始めた。会社の独身寮を移っている間はほとんど何も考える必要はなかったが、自分で引っ越しをするとなると山のようにやることがある。たとえば私が横浜に移った後も駐車場代が引かれていくなんてことは避けたい物だ。

合コンの前日、9月9日は横浜に向かった。なんといってもアパートを探さねばならない。とにかくうつる住所が決まらなければ電話だの電気だのガスだのの手続きができないのだ。

朝適当におきて横浜に向かった。学生時代に2年ほど横浜市民だったことがあるのだが、私は住んでいる場所の付近の地理を覚えないことで有名である。横浜のどこに何があり、どこか住むのにいい場所か、なんてことは全く分からないのである。手ぶらで行くのはあまりなので一応前日に横浜市の地図が載っている本を買った。あとあまりにもアパートの値段の相場をしらなくても困るのでインターネットで相場だけ調べた。しかし個々の物件は所詮実際に見ないことにはわからないのである。おまけにインターネット上でゆっくり検索などしていたらいくら金がかかるか分かった物ではない。日本でも早くローカルコールが定額制になるといいのだが。

さて新横浜駅で降りて、まず周りを見回した。世の中に住宅情報誌というのはいやというほど出回っている。キオスクでなんだか一冊買えばとりあえず様子が分かるだろう。目に付いたキオスクで、これまた目に付いた本を買い込んで喫茶店に入った。

いくつか考慮すべき項目があった。部屋は6畳で、バス、トイレ付き。それに安いこと。駅から近いこと。それでいてできるだけ町の中心から離れていること。私はどうも根が田舎者らしい。都会に住むのは性が合わない。たとえば大きな本屋があって、インターネットへの接続さえ確保されていれば周り数kmに人がいないような場所でも喜んで住んでいるだろう。

さてそう考えてぱらぱらとめくっていると結構面白いことに気が付いた。6畳バストイレ付き値段というのは私が思ったより高くない。また都内と横浜、あるいはちょっと田舎で大きく違うかと思っていたがそれほどの差がないことである。

14年前に学生時代をすごしたアパートは6畳、トイレ付き、高田馬場から歩いて5分という環境で4万円だった。それから時代は変わったのできっと遙かに高くなっているだろう、と思ったらバブルがはじけたおかげか何か知らないがそんなに高くなっているわけではない。風呂をつけて大体5万円から6万円の間だ。おまけにそんなに駅から遠い物件ばかりではない。

少し気が楽になって関内からのびている地下鉄に向かった。なんとなくJR沿線より地下鉄沿線の方が安いようであるし、会社からそう遠くないところにも結構物件がありそうである。

さてさっそく地下鉄に乗り込むと最初の目的地、弘明寺に向かった。地下鉄沿線で、物件が乗っているなかで一番遠い駅である。ここで見つからなければだんだん会社の近くに行けばよかろう。

 

さて駅から降りて地上にでると、予期していたことはいいながら結構な都会である。横浜は山が多く、起伏があるのでよけいごみごみして感じる。ぶつぶつ、と思いながら、不動産屋を探し始めた。ふとその時気が付いた。不動産屋はどこにあるんだ?

今まで何も考えずにここまで来たが、ここではたっと立ち止まった。しかし悩んでいてもしょうがない。とりあえず駅の出口の近くを歩き回ると、結構あるものである。すぐに数箇所で不動産屋にでくわすこととなった。おお、世の中なんとかなるもんだ、と思ったのはたったの一瞬であった。なんとこの日-水曜日-は弘明寺近辺の不動産屋一斉休暇日のようなのである。

がーんとしながらふらふらと歩き出した。なんということだ。はるばる名古屋から往復2万円もかけて来てみればこの始末だ。まだとりあえず弘明寺の不動産屋が休みだということがわかっただけだが、もしこれが横浜市内、あるいは神奈川県不動産組合(なんてものがあるかどうか知らないが)の一斉休暇日だったらどうしよう。。。とりあえずしっぽを巻いて帰ってでなおすか、あるいはどこかに泊まって(またもや金がかかる)明日まで待つか。。。ちょっと待て。明日って合コンじゃないか。

 

こんなことをぶつぶつ考えながら歩いていくと、不動産屋の回る看板が出ているのを見つけた。また「本日休業」の札がかかっているかも知れないが、えーいと思って向かってみた。するとなんとそこは営業しているのである。店の奥の方で中年の男性が電話中である。

にっこり笑って中に入って彼の電話が終わるのを待った。店の中を見ながら、何故この不動産屋だけが今日やっているか理由がわかったような気がした。この店はミシン屋と兼業なのである。私の後ろにはミシン屋の取引先のような男性が立って待っている。

電話の終わった相手と話を始めた。こちらが「こんなところで」と先ほど記述したような条件を述べると相手は、しばらく物件がのっているノートをぶつぶつ言いながらめくっている。

彼が言うには、横浜は山が多い。でもって山の上に立っている物件は山ほどあり、値段も安いが毎日山を上り下りするのは大変だ。従って平地にある物件を探している。

彼の言うことが本当か、あるいは単に彼が持っている物件が少ないのを隠すための言い訳か。とにかく彼が最初にあげた物件を見に行くこととした。

 

彼の運転する車でついてみれば、奥まったところにある2階だてのアパートだ。中にはいると、一応6畳くらいの板の間なのだが、3畳くらいのロフトがある。いわば2段ベッドの2段目で寝ろといわれているようなものだ。私は幼少のみぎり2段目で寝ていて一度落ちたことがある。もっとも体が小さくて柔軟というのはありがたいことで、そのまま布団をかかえて2階にあがってまた寝たのであるが。

ここはそういう多少変わった作りになっているのだが、一目で気にいった。不動産屋がいうにはここはある会社が独身寮として使用していたが、この不景気で逃げ出してしまったところなのだそうだ。もとが独身寮だから、冷蔵庫、クーラー、おまけに洗濯機までついている。ただ一つも家具を持っていない大坪君としては願ったりかなったりの環境だ。

この後に不動産屋がいろいろしてくれた苦労話の中で「親御さんがついてこられて、親御さんが良いといっているのに、お子さんがOKしなくて。結局あれこれ見たあげく”最初のがいい”と言われても、その時には最初の物件はもううれちゃってるんですよねえ」というのがあった。私が最初に東京に出てきたときは、母親に母親の友人までがついてきた。私は何も注文を付けなかったのだが、女性二人はあれこれ注文をつけたあげく、部屋を病院を勘違いして「気分が悪くなったときはどこを押せばいいの」などと聞いていた。産まれ始めて東京に来てそんなことにつきあわせされた私には小さくなってほほえんでいることしかできなかったが。

もっとも母と母の友達は何も私を困らせようとしてそんなことをしたのではない。あれが彼女たちの買い物(部屋を決めるのも一種の買い物だ)のスタイルなのである。女性と男性で「買い物」の仕方は大きく異なるというのが私のかつてからの信条である。この信条を抱くが私だけではないことを示すために、最近読んだ本から引用しよう。

 

「(女性)が帽子や靴を試したり、つぎつぎに品物を手にとって眺めたりしながら、30分かそれ以上も売り子をつかまえて熱心に話し込んだ後で、何も買わずに店から出ていくのがいやでいやでたまらなかった」

この男は買い物にいくたびに同じ事が繰り返されるのを知っていた。にもかかわらず「いつも忠実な羊のように彼女のお供をした」

 

「この男」とはおそらく歴史上もっとも有名な人物の一人であり、そして場合によっては人間の持っている悪魔的な側面の権化のように思われることもある人物でもある。彼の名はアドルフ・ヒトラー

彼はよほどそのゲリを愛していたのだろう。私は女性にそこまでつきあうことができるかどうかに関しては自信がない。私の買い物のスタイルは世間一般の女性とはずいぶんことなるのだ。ましてや自分一人だけに関わる買い物であればとにかくさっさとすましてしまいたい。

というわけでさっさと不動産屋に戻ると「ではよろしくお願いします」といって頭を下げた。後は野となれ山となれである。とっとと手続きをすませて帰りの新幹線に乗った。もし明日が空いていればどこかによって帰ることもできるのだろうが、なんといっても合コンだ。

 

家に帰って、今度はいまいるアパートに「9月末ででますから」と告げた。ところが帰ってきた言葉は「一ヶ月以上前にいっていただかないと困るんですよね。10月分の家賃もいただきます」だった。泡食って契約条項を見れば確かにそう書いてある。

なんということだ。一ヶ月分と言えば3,7000円だ。ほとんどこの金をどぶにすてたようなものだ。これもそれも内定通知がいつまでもこないあの会社のせいだ。実はSNDからメールがきたその日に「どうなっているんでしょうか。。」と電話をしたのである。返ってきた答えは

「いや。実は社長が今日ようやく海外出張からかえってきまして。すぐ決済をとりますので。一度ご連絡しようかと思ったんですが、まとまってからのほうがいいと思いまして。ではよろしく」

と私にほとんど口を挟む余地を与えず一気にしゃべって電話は切れた。この余分な37000円を新しい会社に負担してほしいなんて言ったところでまず通るわけがないし(理屈は私の側にあるが、そんな柔軟な会社が世の中にあるとは思えない)入る前から相手の印象を悪くするのもいやだ。結局泣き寝入りとなるわけだ。なんてことだ。

 

さて私が唖然としていようがいまいが翌日はめでたく合コンの日である。

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注釈

女性と男性で「買い物」の仕方は大きく異なる:(トピック一覧)かといってデートで女性の買い物につきあわされるのは、「ある程度の範囲までは」という条件つきであれば、いやではない。黙ってにこにこしていればいいだけの話だ。本文に戻る

 

アドルフ・ヒトラー:(参考文献一覧)この本にはこうしたヒトラーの人間らしい側面がいくつも載っている。ここから得られる教訓というのは「ヒトラーは実は結構いいやつだったのではないか」ではなくて「どんな人間でも、大抵の部分は無邪気で可愛い物だ」(トピック一覧)という事のように思える。本文に戻る