題名:巡り巡って

五郎の入り口に戻る
日付:2026/02/03


大刀洗レトロステーション:福岡県(2025/9/27)

前章のあらすじ:大刀洗平和記念館で数々の展示を見、そして学び、人々のことに思いを馳せた私は、駅に戻る途中で見かけたレトロステーションに行くかパスするか逡巡するのであった。

どうしよう。なんとなく気が乗らない。「まあまたの機会にしよう」と思う。駅で次の列車の時間をみると20分後。小さな場所だからすぐ観終わるだろう。では行ってもいいのではないか。そもそも「またの機会」なんて生きている間には絶対来ないではないか。よし。

というわけで扉を開けようとする。猛暑のため金曜日から日曜日だけ開けていると掲示がある。今日は何曜日だったか。確か土曜日だったような気が。というわけで中にはいる。誰もいない。ほどなくして先ほどこの建物にはいっていった男性が出てきて受付けてくれた。料金は五百円。

中にはいる。昭和レトロなので、私にとっては懐かしく、今は見なくなったものがたくさん展示されている。しかしそこかしこに「写真はご遠慮下さい」という表示がある。そのため、ここの内部の写真は一枚もない。

いろいろあるが、写真撮れないし、まあさらっとみてかえるか。そう思い、ある部屋に顔を出す。広い部屋に、ソファーがたくさんおいてある。なんだこれは、と思いつつ私はスピーカーの上の B-29のプラモデルに目をひかれる。おそらく私が高校の頃に作ったラベルの1/72模型であろう。自分と家族の上に爆弾を落としていった爆撃機を自分の息子がプラモデルとして家に飾っているのをみて私の父はどう思ったのだろうか。

その部屋に入った時、入り口近くのソファーに私より高齢の男性が居眠りしているのに気がついていた。その事実を無視してプラモデルに引き寄せられるのもどうかと思うが、気にしない。などとモデルに見入っていると、先ほどさきほど受付をしてくれた男性がはいってきて、この場所についての説明を始めてくれる。(ちなみに居眠りしていた男性はここの館長で95歳なのだそうな)

先ほど私が観てきた博物館にあった零戦と97戦は、もともとここに飾ってあったのを譲ったものとのこと。特攻隊の展示物なども同じ時に全て譲ったとのこと。ではどうやて97戦を発見したかということを写真を見せながら説明してくれる。戦闘機が埋まっているとのことで引き上げた。これは特攻隊のものかもしれない。そうだとすると爆弾がついている可能性がある。というわけで海自の爆発物処理班が来たとのこと。あれこれ調査した結果、爆弾はないことがわかった。しかし7.7mm機銃と弾薬があったので、今度は陸自の人が来てそれらを取り外して持って行った。さて、残った戦闘機をどうしましょう。

その過程で初めてこれが97戦だということを知ったとのこと。調べてみると97戦は3000機以上生産されたにも関わらず一機も残っていない。復元して展示することにした。胴体はかなり痛んでいたので、FRPで修復し、と話が続く。

展示されたことがニュースになると漫画家の松本零士が訪ねてきた。理由は、氏の父親が97戦の関係者で、終戦時記念にタイヤを持って帰ってきたからとのこと。なるほど。だから先ほどの展示で「このタイヤは松本零士氏から寄贈されたものです」と書いてあったわけだ。

ここはJRの駅の倉庫として使われていた場所とのことだが、そう広くはない。よくここに零戦と97戦が展示できたと思う。そのうち男性の説明はオーディオに移っていく。レコード知っていますか?そうですか。知っている世代ですか、と言われる。私の目の前にあるのは巨大なスピーカー、それに真空管アンプを繋いでレコードをならすことになる。

最初にかかったのは曲名は知らないが、プレスリーのロック。次にビートルズのパリでのライブとcome togetherのスタジオ録音を聴かせてくれる。驚くのは音の大きさ、包まれるような感覚。これはいかに高性能のAirPodでもかなうまい。周りを気にせず大音量で聞けるとはこういうことか。考えてみれば生まれてこの方そんなことをしたことがない気がする。男性が氷のはいった麦茶を持ってきてくれる。時々音が飛ぶのがレコードである。そういえばこういう音飛びはもう何十年も聞いたことがないな。

そうこうしている間に、他のお客さんがきたようで、男性は席をはずす。まもなく戻ってきた。その時「写真とっていいですよ」と言っていたような気がしたので、実は撮影できたのかもしれない。しかし私はスマホに触りもせずずっと男性の話を聞き続ける。

これは珍しいものですといって、美空ひばりの全曲セットを見せてくれる。話を続けながら男性はその部屋をでようとする。先ほどまで音をならしていたレコードと真空管のアンプが部屋の入り口近くにある。

別の部屋で何を見せてくれるかと思ったら「蓄音機」である。名前と理屈だけ知っていたが見るのは初めて。しかも録音媒体は、レコードではなくロウがぬられた筒状のもの。すなわちエジソンが作ったそのままのものである。まわすのにはゼンマイをつかう。それを巻き上げると筒が周り出す。男性曰く、この機械はハリが大事で、ハリがダメになると鳴らせなくなる。そのため実際に鳴らすことができる蓄音機は珍しいとのこと。まもなく彼が針をおろす。突然鳴り出した音に驚く。電気的なアンプを使っていないにも関わらず大きな音。音は針の近くの部分で全て作られており、そこから管で箱の前面に伝えられているとのこと。それでこの音が鳴るのか。この筒に録音する方式では、2分ほどしか録音できなという欠点がある。そのためレコードにかわっていった。というわけで隣においてあるレコードの蓄音機の音を聴かせてくれる。これにも驚く。電気を使わなくてこれほどの音がなるのか。

しかしこの方式にも問題があり、音量の調節ができないとのこと。開閉式の扉を儲けることで、音量をちょっとだけ調節できるようにしたものを見せてくれた。

その隣には真空管式のAMラジオがある。中をみると、私が小学生のころ作ろうとして、挫折した5球のラジオらしい。バリコンとかコイルとか電圧変換用のトランスとか懐かしい。男性が電源をいれると、NHKのラジオ放送が流れる。今の若者はバリコンをまわしてチューニングするとか知らんだろうな。

その隣には私にも懐かしいソノシートがある。怪獣のあれこれとか聞いたよな。これは無料で添付できるほど安かったのが特徴とのこと。

それからレコード全盛となり、部屋にステレオが置かれるようになった。私が小学生のころ、リビングルームには立派なステレオセットがあった。男性曰く、皆ステレオプレーヤーは捨てるが、レコードには思い入れがあって捨てることができない。今の子供が聞こうとしても、プレーヤーがないので、ここにきて聞いていくとのこと。それと香港や韓国から日本にきてレコードを買っていく人がいるとのこと。なぜかというと日本のレコードは質がよく(物理的に)傷が少ないから。

それからと男性は別の場所に案内してくれる。駅によくあるような地下通路である。なんでも昭和の時代から一切手を入れていないとのこと。コンクリート剥き出しである。終戦まで、大刀洗の飛行場で訓練されたパイロットはここを通り、列車に乗って各地に散っていった。戦局が悪化すると、ここを通った人は皆帰ってこなかったと。十数年前までは、特攻隊でありながら、出撃の予定が8月15日以降だった人たちが集まっていたとのこと。皆高齢になったので、今年で最後にするといったときに年を聞いたら85歳くらいだったとのこと。私の父より少し上の世代だ。

最後に、と言う男性の後をついて行く。今度は階段を上る。何かと思えば先ほど外からみえた練習機:T-33のコックピット近くに通じる階段であった。T-33を屋外展示しているのは今はここだけになったので、よくマニアが写真だけ撮りにくるのだそうな。実はこの飛行機はいまだに航空自衛隊の所有物で、借りているだけとのこと。そのため年に一度自衛隊員がきてなにやら計測しているらしい。問題ないとなるとまた一年借用期間が伸びる。この飛行機には射出座席がついているが、あまり高い高度で射出すると生きていられないので、ある程度高度を下げてから射出しないと危険という話をきいたとのこと。

T-33

(この写真は、外から撮ったもの)

この飛行機には私も思い入れがある。三菱重工の名古屋航空機製作所に配属され、現場実習を受けた。その時テストパイロットの人に質問する機会があった。私は「今までいろいろな機体に乗られたと思いますが、それぞれどんな機体だったか聴かせてもらえませんか?」と。その答えでT-33についての返答だけ覚えている。

「エンジンが一つしかなくて、しかもそれもいつ止まるかわからないような飛行機だった。しかしこれがよかったのは滑空ができることだった」アメリカが初めて実用化し配備したジェット戦闘機だから、直線翼でしかも翼が大きい。エンジンが止まってもある程度はなんとかなったということだったのだろうか、などと男性の説明を聞きながら翼を見る。

新しい記念館ができたとき、この飛行機も要りますか?と聞いたが、大戦中の飛行機に限りたいとのことで、いらないといわれたのだそうな。というわけでこの飛行機はまだここにあり、数少ない屋外展示のT-33になったわけだ。

といったところで説明は終わりになる。どちらからこられたのですが、というので横浜と答える。今日は船で帰りますというと「車で東京行くのが最近大変なので、フェリーはいいですね」といってもらえる。というか私よりどう見ても年上なのに、最近まで車で関東方面に行っていたということか。私は礼を行ってその場を後にする。時計をみるとほぼ1時間たっていた。

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注釈