題名:2000年9月12日

五郎の入り口に戻る

日付:2000/9/12

午前4時 | 弘明寺-戸塚-静岡 | 静岡-岡崎 | Short way to home


静岡-岡崎

私はアナウンスを聞いて驚愕した。果たして状況はよくなっているのだろうか。それとも悪くなっているのだろうか。しかしとりあえずできることは前進しかない。幸いにしてまだ時間はたっぷりある。多少不通のため足止めをくっても、なんとかならあな。

そう思っている間にも電車は静岡駅に近づく。そのとたん強烈な雨が降ってきた。それまでの天気はおおむね曇り、時々雨くらいだったのが、立派な豪雨である。これでは鉄道が止まるわけだ。

とりあえず静岡駅に到着する。どうしたものかと思いながらぞろぞろとホームに降りる。すると駅員さんが、大きな声でこう言っている

「浜松方面は○番線の電車です」

 

なんだ、接続が案内できないって言っていたのはなんだったのか、ちゃんと案内しているではないか、と思ったがとにかくそのホームに回ってみる。すると確かに行き先を浜松とした電車がとまっている。ふと

「豊橋まで新幹線が運転しているとすれば、静岡から新幹線でもいいのではないか」

と思ったのだが、目の前に電車が止まっているとこれに乗ってみようかという気になる。空いた座席に腰を下ろすと電車はまもなく動き出した。

 

二つほど行った駅で電車はとまった。鈍行だから全部の駅にとまるのは当たり前だというレベルではない。扉を開けたままいつまでも動かない。アナウンスが流れる。

「この先の○○-××間で運転を見合わせております。この列車はしばらく停車いたします」

なんてことだ。しばし自分の判断の迂闊さを呪った。確かに多少前進はしたが、この駅からは新幹線には乗れない。ここで立ち往生すればなんとも前進のしようはない。

しばらくぶつぶつ考えていたが、そのうち

「運転を再開します。○○まで進みます」

とアナウンスが流れ、電車は進み始めた。

しかしながら依然としてその進み方は

「一駅刻み」

である。

「○○駅まで進みます」

と言う。本当にその駅まで進むとまた止まる。今度はなかなか動き出さない。どうなっておることやら。

そのうち前に座ったおじさんが話しかけてきた。ひどい雨で今日の仕事をキャンセルしたとのこと。こちらもそうしたいという思いが多少でてくる。だいたいこの雨は一体なんなんだ。横浜に居るときは全くなんとも思わなかったがこれならば誰が見ても交通機関に影響を与える豪雨だ。しかしとにかく進めるところまで進まなければ。先の事はわからないし、目的地ではすでに晴れ間がのぞいているかもしれないのだ。

隣のボックスには高校生とおぼしき女性3人と彼女たちとはなんの関係もないのであろう女性が座っている。世の中には

「女3人よればかしましい」

と言う言葉がある。私は「かしましい」なる言葉が何を意味しているのか知らないのだが、彼女たちはいずれにしても高校生らしく700万馬力のパワーでもって会話を続けている。私の前に座ったおじさんが言うには

「高校も休みになったんだよ」

とのこと。まもなく

「しばらく停車します」

というアナウンスがあった。それと同時におじさんは立ち上がってどこに消えた。おそらくたばこでも吸いにいったのではなかろうか。

私はぼーっと座り続ける。本等開いて読んでいる間に

「では発車します」

というアナウンスがあった。

 

かくのごとく西にむかってにじり寄っていくこの列車であるが、どうやら避けられぬ運命が待っているようだ。ある駅に近づいたところで

「この列車は次の○○駅で折り返し運転となります」

とアナウンスがある。なんということだ。ここまでなんとか進んできたが、どうやらここまでのようだ。とりあえず折り返し運転ということだから静岡に戻って新幹線にでも乗るか。

そう考えている間に列車はその駅に到着する。さて、折り返しになるまで座ってまとうかと思ったが、皆ぞろぞろと降りる。そのうち列車がからっぽになってしまいなんとはなしの不安に駆られて私も降りた。すると駅員が

「浜松行きの方は隣のホームの列車をご利用ください」

と言っている。

私は折り返しになるというから、てっきりこの先はどうやっても進めぬものかと思っていたがどうやらそうでもないようだ。ぞろぞろと人の流れについていき陸橋を渡り電車に乗り込む。

この電車はいつ動くともわらかないのだが、とにかく人はたくさん乗り込んでおり、立つしかない。居心地のよい場所をみつけてそこに立っているとまた電車が到着した。この電車もどうやら折り返しになるらしく人がまたぞろぞろと移動してくる。そして列車の中はさらに混み合う。

時計を見ると時間は10時くらいだ。この先どうなるかわからないが、とりあえず会社に連絡をいれたいところだ。ところが私は携帯電話という文明の利器を持っていない。今朝からこの

「携帯電話」

なるものがいかに便利なものであるかを何度か痛感している。電車に閉じこめられても私のように

「次の駅で公衆電話を探して」

などということを考えずとも連絡がとれるのである。しかしその文明の利器にも弱点がある。電池は無限にもちはしないのだ。朝から活躍したであろう携帯電話はそろそろその使命を負えつつあるようだ。あちこちで

「そろそろ電池が切れるからこのへんで」

という声が聞こえる。

そんな考えにふけっている間に、列車は出発進行である。ただし雨量がなにがしかの量をこえているとかで

「50kmの徐行運転」

とのこと。50kmだろうが5kmだろうが進んでいる限りにおいては西に向かっているということだ。

今度はたっているから疲れるのだが周りの景色はよく見える。いくつか橋を渡るのだが、その下を流れる川は文字通りの濁流となっており、茶色い水が

「確かにこれは列車を走らせるのは無謀かもしれぬ」

と思えるほど高い所を走っている。その光景をみていると

「仮に橋が崩壊し、この列車が川に落ちたらどうなるか」

と考えたりもする。窓があかなければ全員お陀仏だし、窓が開いて外にでたところで、この茶色い急流の中で果たして泳ぐなどということが可能なのだろうか。列車の遅れに腹を立てる、というのは今回のような天変地異の場合であれば理不尽なことで、別に駅員が我々の行動を妨害しよう、という意図のもとに雨をふらせているわけでもなでもない。(そんなことができればすごいことだが)しかし人間どうしたってやりばのないいらだちをぶつけるために、目の前にいる駅員にくってかかることもあるだろう。しかしそんな怒りもこの流れを見せて

「この川に落ちてもよござんすか」

といえば一瞬で消えるに違いない。

そんなことを考えている間にも列車は西へ西へとはうように進んでいる。何度か車内アナウンスが流れ

「浜松から先の運転状況については、新しい情報が入り次第お伝えします」

と言っている。そのうち浜松の一つ手前の駅を発車した。アナウンスは少しかわって

「新しい情報がはいりませんでした。浜松から先の運転状況については駅係員か駅のアナウンスをお聞きください」

なんとも言えぬ脱力感が乗客の間に広がる。そのアナウンスの声がまた

「いや。がんばったけど何もわかりませんでした」

という調子だから怒りもわかない。そのうち列車は浜松についた。

降りてみるとどうやら豊橋行きがホームにとまっているようだ。一人乗客が駅員にくってかかっている。

 

さて、浜松から豊橋はそんなに遠くない。またもや混んだ列車のなかでひたすら外をみながら立ち続ける。雨はふっているが、それほどひどい降り方でもない。

ただ、途中やたらと新幹線が停車しているのに気がつく。駅に止まっているのではなくて、線路の上にのしのしと止まっているのだ。これは新幹線を使わずに正解だったかもしれない。車内では中年の男性が

「いや。新幹線を浜松でおろされちゃってさ。今鈍行で向かっているところ」

とかなんとかしゃべっている。一方私が乗った電車はといえばなかなか快調だ。徐行運転もしないようでまもなく豊橋に近づく。

さて、今度は

「新しい情報」

がちゃんとはいったようで、豊橋到着前にアナウンスがあった。どうやら列車は岡崎まで運行しているらしい。私などは根が愛知の人間であるが、それでも

「豊橋」

と聞くとなんとなく

「ひょっとすると静岡の一部なのではないか」

と思うが

「岡崎」

と聞くと、ああこれは愛知県だ、という気になる。さらに重要なことは岡崎というのは今日の目的地であるところの刈谷から数駅しか離れておらず、仮にそこから先に列車が進めないとしても他の交通機関-TAXIとか-を使って目的地にたどりつく可能性すら考えられるのである。

豊橋についたのは11時頃。のりつぎの時間はほとんどないが、とにかく乗り込むと列車は動き出す。こちらはこの往路にようやく目処がたち、まあ落ち着いた気分にもなろうというものである。立ちながら(例によって列車は混んでいるのだ)外をぼんやり眺める。そのうち驚くような光景を目にした。

未だにあれがなんだかわからないのだが、本来田んぼか畑であるべきところが池のようになっている。それが何カ所もあり、あまりにも水が満々としているので、はたして本来池の場所に雑草が生えているのかあるいは畑が冠水したのか判別がつかない。

そうした光景をあっけにとられて見ていると、今度はあちこちの駅に寝台特急が停車しているのに気がつく。行き先は長崎とか熊本とか、とにかく九州地方だ。おそらくは昨日の晩に東京を発車したものだろうが、この状況では如何ともしがたい。窓から乗客の姿も目に入る。彼らとて目的があって特急に乗っているのだから先をいそぎたい気持ちもあるのだろうが、少なくとも施設の面では大変に恵まれている。私はすでに2時間近くたちっぱなしだが、彼らはねそべったり、お菓子を食べたりのんびりムードだ。ええい。なんとうらやましいことか。

そうした光景に見とれている間に列車はようやく終点-少なくともこの時点ではそうだ-の岡崎に近づく。車内アナウンスはここから先は復旧の見込みが立っていないことを告げている。どうやら線路が冠水しているらしい。となれば多少雨がやんだところでどうにもならない。しかし私にしてみれば

「ここまでくれば上出来」

というご機嫌気分だ。列車を降りると12時40分である。そして数時間ぶりに改札というものをくぐる時がやってくるのだ。

階段を上がると人がうじゃうじゃいる。改札は大混雑である。その中にある列にとりあえず並んでみる。私は最初に買った1620円の切符を握りしめたまま、そこから精算する機会がなかったから精算しなければならない。こういう時に役立つはずの精算機はとみれば

「調整中」

のランプがついたまま沈黙している。となればおとなしく列にならぶしかない。

そのうちどうやら話は私が当初思ったよりも複雑だ、ということに気がついた。東海道本線はこの先不通であり、どうやっても名古屋に行ける見込みはない。しかし岡崎からは愛知環状鉄道なる路線がでており、この鉄道をつかって揺られること数十分、高蔵寺、というところまでいけば(これは私が2年前まで住んでいた場所だが)そこから中央線に連絡しており、さらに30分ゆられれば名古屋にたどりつける、ということなのである。

どうしても今日中に名古屋にたどり着きたい人がたくさんいるのだろう。愛知環状鉄道の高蔵寺行きが出発します、というアナウンスを聞いて

「これにのって乗り換えれば、名古屋に行けますか」

と聞いている人がたくさんいる。

私はそうした人たちを横目で見ながら精算し改札をくぐり抜ける。理論的にはすぐ会社に電話をすべきなのだが、改札をでたところでうっているようかんの類に目がいく。第一に私は朝から何も食べていない。第二に私は大変な甘い物好きである。第三に私はストレスがたまるともっと甘い物が食べたくなる。これらの条件がすべて満足されてしまっている今、私はこのようかんを無視して歩き去ることはできないのである。

じろっとみて、小さな栗ようかんをかった。さて、これで心も晴れ晴れ会社に電話をすることにした。

 

数回のコールの後、聞き覚えのある声が聞こえる。相手の会社の担当者の方だ。私は

「今なんとか岡崎までつきました。ここからタクシーか何か拾ってお伺いしようと思うのですけど。」

と言った。その後相手が言ったのは概略以下の通りである。

今日はこちらも道路が寸断されているような状況で、社員も半分も出社していない。であるから担当者もこれないような状況で今日予定されていた人にはすべて中止の連絡をしている。大坪さんのところにも留守電に連絡をいれておいたのだが。

私は唖然とした。それほどまでに状況は悪かったのか。元はといえば

「新幹線はやたらと止まる物」

と思い、普通電車や自動車だったらよかんべ、と思ってここまで来ては見た物のそれほどまでにひどい状態であればいかんともしがたい。相手は自分一人でもお会いしましょうか、と言ってくれた。(相手の会社は大変Heart Niceなところなのである)が私は

「そういう事情でしたら、また後日日を改めてお願いできれば、と思います」

と答えた。相手は私が岡崎まで来てくれたのだから、申し訳ないと何度もいってくれたが、こちらもしても大雨でてんやわんやのところに面倒を増やすわけにもいかない。

「ではご連絡をお待ちしております。」

と言って電話を切った。さてどうしよう。 

 

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注釈