映画評

五郎の入り口に戻る
日付:2020/9/16
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海辺の映画館―キネマの玉手箱(2020/9/6)

今日の一言: 眠れる映画はよい映画

数々の名作を世に送り出した大林監督の遺作。映画の冒頭から映画の制作背景を説明する字幕とナレーションが流れる。その後も快調に「監督のやりたい放題」が続く。

この映画は大林監督の「夢」である。ここで「夢」と言っているのは比喩的な意味ではなく、睡眠中に見る幻覚のこと。そこでは何をしてもうまくいかず、後から考えれば全く辻褄があっていないが、その中では結構心配したり、焦ったりする。

この映画のメイキングを少し見たことがある。監督は出演者に向けて厳しい言葉を投げかけていた。そりゃそうだろう。出演者は誰一人自分たちが何をやっているか理解できないのだから。この内容を監督以外の誰が理解できるというのか。

いや、映画というのは別に理解できなくても感じればいいのだ、という考え方もあろう。彼が反戦に関して何か言いたいことだけはわかる。しかしそのスタンスは「国-権力者-は悪い奴で戦争を起こそうとしている」で「自分は反戦映画も作ったしちっとも悪くないもんね」というもの。反戦という観点ではこの映画はジョジョ・ラビットの足元にも及ばない。

映画監督が歳を重ねると観客に説明する意欲を失い自己満足に落ちる様は宮崎某でみせられた。イーストウッドも多少その傾向があるがちゃんと理解はできる。それらと比べると、この映画は反戦を言葉で語るばかりで、観客に感じ考えさせることに失敗している。そうした意味ではプロの仕事とは言えず大学サークルの作品のよう。

だから映画の長さが3時間に及ぶのも製作側としては何も気にしていないのだろう。かくして観客は監督の寝言を延々聞かされ続ける。映画の中で「眠れる映画はよい映画」という言葉があり、私の記憶は何回かにわたって飛んでいる。だからこの映画の価値観ではよい映画ということなのだろうな。

公式サイトにある監督のメッセージには

「時代はいつか、個人映画ばかりになり、僕が願った映画作りの世になりました。その個人の自由と権力者の不自由の証を、愉しんで下されば、と。僕の正体が炙り出されれば、愉しいかな。」

とある。確かに何を作ろうとそれは個人の自由だが、1900円とって劇場公開するのは悪い冗談にしてほしい。

この映画を観て二つわかったことがある。

大林監督は自転車にのったセーラー服黒髪の少女に思い入れがあること。それと「時をかける少女」でみせた「稚拙なCG」は当時の技術の限界ではなく、監督の趣味だったこと。それをささやかな収穫として観客は黙るしかない。文句を言うべき相手は既にこの世にいないので。


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注釈