映画評

五郎の入り口に戻る
日付:2020/9/16
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キャメラを止めるな!:Final Cut(2022/7/24)

今日の一言: リメイクする意味とは

「カメラを止めるな」のフランス版リメイク。リメイクといってもオリジナルへの深い敬意の上にオリジナルの物語を組み立てたもの(コーダ あいのうた)もあれば、ただなぞっただけのものもある。本作は後者。

なのでお話はほとんど「カメ止め」そのもの。しかし冒頭のシーンだけでもその迫力のなさにげんなりする。なんだこのやる気のなさは。

そうした「些細な点」を除いてもいくつかの違いがある。
まず監督がどーんと落ち込むところでそれっぽい音楽が流れる。実は後ろで音響係が音のテストしてました、ってのは面白かった。この音響係はフランス版のオリジナルキャラクター。途中まではいい味を出していたのだが、最後は単なるボヤき要員になる。

もう一つ。企画を持ちこんだ日本人。カメ止めのあの人であの役なのだが、フランス版では見事に改悪されている。「パールハーバー」の一言で眉を顰め、役名まで全部日本版と同じにしろと強制。しかも無事に撮影が終わっても「ま、こんなもんやろ」と冷たく言い放つ。この改悪によって監督は何を主張しようとしたのか。やっぱりあれですか?黄禍論ですか?

これではあんまりと思ったのか、日本版ではエンドロールの後に明るい声でカメ止めの監督役と会話させる。こんなことで誤魔化そうとしても無駄だよ。

全般的に「この映画をリメイクしろ」と言われたが、全く気が乗らない監督のやっつけ仕事としか思えない。それくらい退屈。思えば「カメ止め」は奇跡とも思える傑作だった。中盤のダレたシーンを除けば全てが噛み合っていた。それの何がいいか。フランスでリメイクするとすればどう伝えるべきかとかなんにも考えず

「はい。言われた通りリメイクしましたよ。給料ください」

という監督の声が聞こえるかのような作品。


バズ・ライトイヤー:Lightyear(2022/7/3)

今日の一言:  なぜ...こんなことが...

久しぶりに劇場公開されるピクサー作品。Disney+でしか配信されなかった二作はなかなか名作との評判。それにToy Storyシリーズとくればハズレはあるまい、と期待に胸膨らませて映画の開始を待つ。

冒頭ある惑星を訪れたバズと相棒に謎の生物が襲い掛かる。足手纏いの新人をどうするかで揉める。そのシーンで既に退屈していた。この新人くんはあっさり謎の生物に捕まる。バズと相棒が逃げだす。あれ、かわいそうな新人くんは置き去りかな、と思っていると都合よく目の前に新人くんが生物に捕まった状態で現れる。ギャグ漫画日和でこんなの見たことあるな。

それから10分ほど経過し、この程度で落胆してはならないことを知る。ひたすらドジをやり続けるキャラクターがおり、結果必ず悪いことが起こる。ドジ役が宇宙服についたペンをいじり続ける。最後にそのペンがどうしようもない形で役に立つ。はぁ。しかしこれだけならただのダメ映画。この映画はそこからが本番。

バズはあることを成そうと奮闘している。しかし映画の最後で、突然その目的を放棄する。はれ?と思うまもなく、どこからか何の脈絡もない任務が現れ彼にアサインされる。バズは「がんばります!」と爽やかに微笑む。あのー、すいません。そもそもこの映画はなんだったんですか。過去に囚われず今生きている人たちを大切にしよう、とかだったらそれをちゃんと伝えるようにしてくれなきゃ。

エンドロールには大量の人名が流れる。これだけの人が努力をしたにも関わらずなぜこんな映画になってしまったのか。今までのピクサーダメ映画は「途中で監督交代したからしょうがないね」というパターンが多かったように思うが、このダメさ加減は一体どういうことなのか。

一つだけ想像できるのは、必要のない同性愛カップルをねじ込んだように、外野からの干渉が多発した、というものだがそれだけでは説明がつかない。いつの日かこの映画の裏幕が明らかになることを。


アネット:Annette(2022/5/5)

今日の一言:  ダメ男を2時間以上愛でる体験

映画の冒頭アナウンスがある。会話は頭の中だけで。まあそれはいい。映画の間は呼吸もしちゃダメです。さあ最後の深呼吸。

今思えばこのアナウンスは製作者の良心だった。ここで笑えない人は今すぐ席を立った方がいいですよ、と。そして座り続けた私はバカだった。

アダム・ドライバーが徹頭徹尾クズ人間のコメディアンを演じる。でもって優秀なオペラ歌手がなぜかそのコメディアンと付き合い結婚する。このオペラ歌手が堂々とタバコ吸ってるんですが、、オペラ歌手が喫煙していいんでしょうか。アダム・ドライバーもすぱすぱタバコを吸うから監督の趣味でしょうか。無意味にしつこく描かれる夫婦のベッドシーン。これも監督の趣味でしょうか?趣味はいいとして、役者をノーヘルメットでバイクに二人乗りにさせるのは良くないと思います。(Deep fakeならいいのだけど)

コメディアンの舞台は全く面白くない。後半「同じ芸なのに受けない」といってキレるのだが、元々つまらないとしかいいようがない。キレたコメディアンは荒れた海にヨットで出て妻を溺死させる。故意かどうかわからないが反省している様子もないから気にしない。すると奥さんは亡霊になり娘に乗り移り、娘が歌うようになる。

突然出てきた奥さんの前の恋人兼指揮者。この指揮のフリもひどい。前振りどころか、演奏より遅れてるんですけど。そしてこの指揮者も意味もなく殺される。アダム・ドライバーも最後は刑務所に入りました。アネットが最後に「両親は私を人形扱いした」というけれど、母親に関しては全くの言いがかり。それをほっぽらかしにしてThe end.すいません。これは何の映画ですか?

皆歌っているからせめて音楽でも、、という希望は打ち砕かれる。音楽は平板で繰り返しが多く全く印象に残らない。どうやら監督が有名な人らしく、その監督のファンが「深いな!」と言って喜ぶ映画でしょうか。私には合いませんでした。早くも今年のごんざれふ賞候補です。


ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密:Fantastic Beasts: The Secrets of Dumbledore(2022/4/09)

今日の一言:  わけがわからないがどうでもいい

本シリーズは出演者に呪われているのではなかろうか。ジョニー・デップにエズラ・ミラー。いや、いきなり役者が変わっても全く構わないのだけど、肝心なお話がこれでは。

ハリーポーッターの校長ことダンブルドアはとても強い。しかし本シリーズの悪役であるグリンデルバルトもとても強い。しかし二人とも直接相手を攻撃しょうとすると、過去のしがらみで大変なことになる、という説明が冒頭長い時間を使って行われる。

しかし映画の最後にあっさりダンブルドアはグリンデルバルトを攻撃して追い払う(多分)あまりにあまりと思ったのか主人公が「何で?」と質問する。ダンブルドアのあの回答が理解できた人いますか?

本作品はこうした類の「何で?」に満ちている。一作目でなぜかパン屋に異常に執着していた金髪妹。二作目でダークサイドに行ったので「ああ、やっぱり頭が。。」と思っていた。本作でも途中まではグリンデルバルトのそばで読心術など役立てているのだが、最後の方でいきなりパン屋のところに戻ってくる。他にもいきなりあっちに行ったりこっちに來たりという人が。

グリンデルバルドは未来が見える。だから複雑かついきあたりばったりの攻撃でいこう。あのー、それ一体どうなったんでしょうか。適当に行動していたようにしか思えないのですが。しかもその後「グリンデルバルドの未来予知能力を回避する工夫」は全然でてこないし。
かと思えば、一作目から健在の「ただ人をいらいらさせるだけの魔法動物」は随所に顔を出してくれる。

というわけで途中からすっかり修行僧のような気持ちになり「この映画を救うにはどうすればいいのか」と考えていた。五作シリーズと聞いていたが、本作で一旦区切りがついたようにも思える。果たして四作目、五作目は制作されるんでしょうか?よっぽど評判がよくない限り見ないと思うけど。


ナイル殺人事件:Death on the Nile(2022/2/27)

今日の一言: 魚雷発射!

観ている間何度も考える「ああここに魚雷があれば。あの船をふっとばせばなんと世の中は良くなることか」。

映画は第一次大戦の塹壕戦から始まる。ポアロがするどい考察で仏軍を勝利に導くのだが、、よく考えるとこれなんの役にも立ってないんじゃね?もともと東風の時に攻めようって言ってたんだから。

このシーンになんの意味があったのかと首を捻っている間に、いろいろな人が出てくる。この映画では男は無職でダメ人間でもイケメンならとにかくモテる。ワンダーウーマンとダメ男がいきなり結婚することになり、エジプト観光に。すると鬱陶しさの極みのような人間がぞろぞろついてくる。共産主義に傾倒しながら、自分は贅沢を尽くした船の旅を楽しむ婆さんとかもうなんというか。なんの罪もない従業員を除いてこの連中皆殺しにしても問題ないと思うんだ。

つまりこの映画には一人も人間がおらず、話を成立させるためのキャラクターしかいない。などと考えているうち話が進み、
「さあ、真犯人の名前を言え」
とポアロが迫る。相手はぐずぐずしているから殺されるぞ、と思っていると案の定殺される。真犯人が明らかになる。さっさと拘束すればいいものを手なんかこまねいていると死ぬだろうなと思っていると、やっぱり死ぬ。最後には船は死体だらけになる。原作は名作と聞く。同じ筋でも描き方によっては人の心を動かしうるのだろう。

と思ってもダメ映画の常としてすんなり終わらない。最初のシーンと対になったシーンが出てくるのだが、なんの意味があるのか。もう突っ込む気力も残っていないけれど。


ドリームプラン:King Richard(2022/2/23)

今日の一言: ウィル・スミスはまり役

それまで白人ばかりだったテニスの世界に現れたヴィーナスとセリーナ。しかしそれを全部お膳立てしたのはウィル・スミスでした、という映画。

それくらい父親の自己顕示欲はものすごい。そしてそれが周りを辟易させている場面がほとんど描かれない。言葉で控えめに言及されるだけ。おそらくはウィル・スミスの機嫌を損ねることが誰にもできなかったのだろう。

いくら娘たちの「優勝してうれしー」トークが気に入らないとしても、危険なエリアに女の子だけ残して走り去るとか正気の沙汰とは思えない。そりゃ確かに通報されるわな。邦題はあれだが原題は"King Richard"確かに王様気分のイカれたオヤジだ。

実績を考えれば、この父親は確かによくやった。危険な地域で娘たちをちゃんと育てたのだ。しかしだからといって全てが肯定されるわけでもない。なのにこの映画ではほぼ「父親が偉かったから二人は成功した」物語になっている。そしてそれを演じるウィル・スミスはとても楽しそう。

結果として話はぼんやりと進み、ぼんやりと結末を迎える。テニスのシーンは全く迫力がなく、ストーリー自体にも何も感じない。ただ時間を無駄にしたという気持ちだけが残る。

この映画では姉妹はあくまでも父親に従順だが、どこかで捨てられたはず。そこまで描いてくれればもう少しましな映画になったかもしれないなあと思いながら映画館を後にする。


ゴーストバスターズ/アフターライフ:Ghostbusters: Afterlife(2022/2/6)

今日の一言: 陳列会

「いいんだよ。オリジナルキャクスト、オリジナル小物、それにあの音楽を流せば観客は喜ぶんだから!何?出演料だけで予算が無くなった?よし。舞台を何もない田舎町にする。CG作成の予算が削れる。脚本はそうだな、学生にでも書かせるか。インタビューの一環だからもちろん報酬0で」

多分こんな調子でできあがったのではないかと推測するのです。冒頭のシーンから何が起こっているかさっぱりわからない。「はあ」と思っていると、人をイライラさせるために存在しているようなキャラクターがだらだらあれこれやる。ようやくそれっぽくなったのは1時間経ってから。

そこからゆっくりゆっくりオリジナルの小物を出していき、最後は「はいはい」といった感じでオリジナルキャストが登場。ここらへんになると誰もストーリーの辻褄とか気にしていないと思います。主人公は可愛いけどそれだけ。アントマンも何もやらせてもらえないし。

エンドロールで「あれ?シガニー・ウィーバー出てた?」と思わせたところで、数合わせのポストクレジットシーン。最後にもう一発つけておいて続編への仕込みもばっちり。あのねえ。

どことなくトカゲ・ゴジラに似ているような。。もうキャラクターさえあればあとはなんでもいい!と振り切っているところが。。あとどうしようもないキャラクターのお友達はゴジラvsコングで観たような。。


ドント・ルック・アップ:Don't Look Up(2021/12/17)

今日の一言: 早送り万歳

Netflixのオンライン試写会に当選した。画面に登録したメールアドレスがうっすら表示され続けるのは違法配布を防ぐ工夫と思う。などと考えているうち画面上ではディカプリオが鈍重な演技を続けている。

今の彼は明らかに太り過ぎと思うが、問題はそこではない。この映画全体がどうしようもなく鈍重なのだ。科学者が説明する時すぱっと要点から入らず「正確に」話そうとして伝わらない。それはわかったからさっさと先に行ってくれと思っていると邦画のように感情的に喚き出す。

新しく発見された彗星が地球に衝突することがわかりました。というわけでメリルストリープ演じる大統領に直訴しにいくが、相手は中間選挙のことしか頭にない。誰か話を聞いてくれる人はいないかとずっと奮闘する物語かと思ったら途中で大統領がその情報を開示する。(別の件を有耶無耶にするためだが)そこらへんで、2倍速モードにする。ああ、オンライン試写会とはなんと便利なのだろう。とはいえそれでもイライラするが。

よかった点を書いておく。この映画の題名はトランプ支持者のような人間達が「彗星なんか来ていない。空を見るな!」と叫ぶところから取られている。トランプ支持者のフィクションを超えた行動を見れば、これは冗談ではないなと思う。そこだけはよかった。

あとはただ時間が流れる。ブラックコメディにしたかったのか、心あたたまる話にしたかったのかもわからない。途中意味もなく流されるコンサート映像とかディカプリオのただ感情的なキレ芸とかやっぱりこれは日本人が作ったのではないでしょうか。エンドロール後のシーンを見る限り何も考えていないとしか思えないが。

出演者のギャラだけでも相当額を投資したのなら、脚本にもう少し金をかけてもよかったのではないかなあとダメ映画の常として考える。直接関わった人たちに好意的に考えれば、経営サイドからの「誰をだせ、こういうシーンをいれろ」という無責任な要求を断りきれなかった故に、鈍重で間伸びした映画になった、のかなあ。


ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ:Venom: Let There Be Carnage(2021/12/4)

今日の一言: びっくりするくらい何もない

ヴェノムである。前作は確かに見たのだが、ほとんど覚えちゃいない。今回の悪役はウッディ・ハレルソン。私にとってはCheersでデビューした純朴な田舎の青年なのだが、最近は曲者の役しかやっていないような。

でもってウッディが鉄格子越しに主人公に噛み付く。そのおかげで赤ヴェノムが誕生しました、ってちょっと待て。

ウッディにはこれまた幽閉されている「デカボイス」が武器の彼女がいる。二人とも自由になりました。さあ結婚しましょう。これから暴れまわりましょう、となるのだが、赤ヴェノムは大きな音が嫌い。おかげでこの二人が共同して戦おうとしてもうまくいかない。 あのー。なぜ大きな音が嫌いなんでしたっけ?

黒ヴェノムよりは赤ヴェノムが強いようなのだが、女のデカボイスがどうのこうのやっているうちに両方ともあっさりやっつけられる。あのー。これは一体なんでしょうか?

主人公の元ガールフレンドの婚約者だけが相変わらずいい味を出している。しかしそれ以外はびっくりするほど何もない。最後のシーンを見るとどうやらスパイダーマンに関係させるようなのだが、今後ヴェノムは評判がよっぽどよくない限り見ないことにします。


サマーフィルムにのって(2021/8/12)

今日の一言: あーはいはい。青春青春(棒読み)

映画の冒頭見目麗しい高校生の男女が「好きだ〜」という。なんだこの映画は。1900円無駄にしたか。

と後悔したがそれは映画の中で撮影されている高校生の映画だった。ほっ。そうだよね。流石にプロは金取ってこんな映画みせないよね。

と安心した私は愚かだった。映画部で自分の好きな時代劇をとることができない女子生徒が映画を撮ろうとする。すると目の前にいきなり主役にぴったりの美青年が現れる。そいつをおっかけまわし主役に据えるが、実はその美青年は未来からやってきた男だった。

まず第一にこの映画を見る人間は全てのロジックを捨てなければならぬ。未来ではTikTokみたいな10秒動画ばかりになり2時間の長さの映画がなくなっているとのこと。じゃあなんで主人公の女性が巨匠と崇められているのか。作った映画を文化祭で一度上映したら捨てなければならない運命をいつのまにか主人公が知っているのはどうしてなのか。(友達は文化祭終わってから伝えようというシーンがあるのだが)キャンピングカーの電源どうしてるのか、とか細かいところをあげれば無数に辻褄が合わないが全て忘れましょう。

次にこの映画には無駄な要素が多すぎる。正規の映画部とのライバル関係は無駄。落ちこぼれ軍団の録音、照明もほぼ無駄。美青年がなぜモテるかといえば、イケメン以外の要素はないから無駄。問題はそうやって無駄な部分を削ぎ落としていくとこの映画には何も残らなくなる点。

各シーンにつけられる音楽の安っぽさはそれこそ高校生の文化祭。それは問わないとしても主人公の演技がとにかく稚拙。映画の冒頭「好きって言わせないで、好きを表現するのが映画」という良いセリフがある。不幸にしてこの映画の監督はその言葉に従ってくれない。まあしょうがないか。セリフで説明するしか話を進める方法がないんだろう。監督のせいか役者のせいかはわからないが。(老けた高校生役の人はちゃんと役者だったが)

かくして長々と続いた映画は最後に放り出したようなデタラメかつどうでもいいエンディングを迎える。そうだよなあ。去年見た「アルプススタンドのはしの方」みたいな低予算でも良い映画を期待していたのだけれど。



ワンダーウーマン 1984:WONDER WOMAN 1984(2020/12/19)

今日の一言: 感動にもネタにもなれず

時計を見る。なんとまだ残り1時間40分もある。嗚呼。

この映画は今日見たのだが一番覚えているのがこの瞬間。 冒頭ショッピングモールに強盗が押し入り、ワンダーウーマンがやっつける。その場面でもう退屈していた。なんというかアクションがものすごく平板なのだ。彼女が宙を飛ぶとき、ただつったてるだけだし。その後周りから無視される女がでてくるのだが、なぜ彼女が無視されるかさっぱり観客にはわからない。その女性がわざとらしくカバンの中身を床にぶちまける。お前はスペシャルアクターズか。

でもって今回の敵というのが「誰でも願いを一度だけ叶える石の力を持った男」。ドラえもんでも散々あったネタだが、そりゃ誰もが自分の願いを叶えたら世の中めちゃくちゃ、というか話が矛盾するよね。敵を皆殺しにしたい人だって多いだろうけど、世界恒久平和を真面目に願う人間だって世界中に百人はいるだろうから。石はどっちの願いを叶えてくれるんだろう。

主人公は石の力で死んだ彼氏を生き返らせる。この七十年前頭の彼氏が「すげー」と驚くのがくどい。どんな優秀な第一次世界大戦のパイロットだって、いきなりF111のエンジン起動方法がわかるわけがない、、なんてのはこの映画では些細な問題。彼氏から教わった「飛行の秘訣」をつかってワンダーウーマンが延々空を飛ぶシーンはさらにくどい。主人公が彼氏といちゃつくのはいいのだが、引き換えとして力が「若干」弱まる。この「若干」度合いが観客にはさっぱりわからない。完全に普通の人ではないのだが、銃で打たれるとちょと負傷する。

この「願いとともに代償が来る」というのは後付けの理屈。代償は勝手に設定できるというのも後付け、テレビを使えば世界中から代償をもらえるというのも後付け。後付け理屈の奔流だが、すっかり悟りモードに入っていたのでどうでもよい。

この映画の制作者もそんな些細なことにはこだわらない。皆が願いを叶えた結果、米ソはいつの間にか核ミサイルを発射し街は大荒れ。しかしなんだかわからないうちにそれが全部元通りになる。ちゃんと最後まで見届けた自分を褒めてあげたい。途中退出しようかと思った映画は久しぶり。

途中わざとらしく出てきた男がホワイトハウスに招き入れてくれるとか細かい辻褄合わせはあるのだが、全体は無茶苦茶の上にとにかく長い。ガル・ガドットは相変わらず美しいが、さすがに容色に衰えがでてきているような、、というか筋がむちゃくちゃだから変身後の格好良さは7割減。金色の新コスチュームも「動きにくそうだなあ」と思うだけだし、実際途中で羽とっちゃうし、というかいつどこで着替えたんだ?

こんな映画ができてしまったのはコロナのせいだ、とか言わないよね。しかし無茶苦茶な映画というカテゴリーでもファンタスティック・フォーに及ばないんだよなあ。


海辺の映画館―キネマの玉手箱(2020/9/6)

今日の一言: 眠れる映画はよい映画

数々の名作を世に送り出した大林監督の遺作。映画の冒頭から映画の制作背景を説明する字幕とナレーションが流れる。その後も快調に「監督のやりたい放題」が続く。

この映画は大林監督の「夢」である。ここで「夢」と言っているのは比喩的な意味ではなく、睡眠中に見る幻覚のこと。そこでは何をしてもうまくいかず、後から考えれば全く辻褄があっていないが、その中では結構心配したり、焦ったりする。

この映画のメイキングを少し見たことがある。監督は出演者に向けて厳しい言葉を投げかけていた。そりゃそうだろう。出演者は誰一人自分たちが何をやっているか理解できないのだから。この内容を監督以外の誰が理解できるというのか。

いや、映画というのは別に理解できなくても感じればいいのだ、という考え方もあろう。彼が反戦に関して何か言いたいことだけはわかる。しかしそのスタンスは「国-権力者-は悪い奴で戦争を起こそうとしている」で「自分は反戦映画も作ったしちっとも悪くないもんね」というもの。反戦という観点ではこの映画はジョジョ・ラビットの足元にも及ばない。

映画監督が歳を重ねると観客に説明する意欲を失い自己満足に落ちる様は宮崎某でみせられた。イーストウッドも多少その傾向があるがちゃんと理解はできる。それらと比べると、この映画は反戦を言葉で語るばかりで、観客に感じ考えさせることに失敗している。そうした意味ではプロの仕事とは言えず大学サークルの作品のよう。

だから映画の長さが3時間に及ぶのも製作側としては何も気にしていないのだろう。かくして観客は監督の寝言を延々聞かされ続ける。映画の中で「眠れる映画はよい映画」という言葉があり、私の記憶は何回かにわたって飛んでいる。だからこの映画の価値観ではよい映画ということなのだろうな。

公式サイトにある監督のメッセージには

「時代はいつか、個人映画ばかりになり、僕が願った映画作りの世になりました。その個人の自由と権力者の不自由の証を、愉しんで下されば、と。僕の正体が炙り出されれば、愉しいかな。」

とある。確かに何を作ろうとそれは個人の自由だが、1900円とって劇場公開するのは悪い冗談にしてほしい。

この映画を観て二つわかったことがある。

大林監督は自転車にのったセーラー服黒髪の少女に思い入れがあること。それと「時をかける少女」でみせた「稚拙なCG」は当時の技術の限界ではなく、監督の趣味だったこと。それをささやかな収穫として観客は黙るしかない。文句を言うべき相手は既にこの世にいないので。


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注釈