映画評

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トイストーリー4- Toy Story 4(2019/7/13)

今日の一言:TO Infinity and Beyond!

というわけでトイストーリーである。4ともなれば、最初のトイストーリーからはCG技術が比べ物にならないくらい進歩している。しかしこのシリーズの面白さはそこだけにあるわけではない。

前のおもちゃの持ち主は大学に入って家を離れた。もらわれた先で今一つ重用されないウディ。とはいえ持ち主への忠誠心は忘れず、というところに持ち主が新たな「おもちゃ」を作るのであった。という話で終わるかと思えば途中で相手役が変わる。しかしちゃんと話はまとまるから安心して見ていれば良い。

この映画を見ていると思う。米国ではシャイニングが一般教養として扱われているのではなかろうか。あの軽快な音楽が流れる時、「これは何かまずいことが起こる」と観客は身構える。

一作目以来の登場となったウッディの相手は紛れもなく21世紀の女性像。自分の足でちゃんと立ち、行動する。いつかは捨てられる運命にあるおもちゃはどう身を処するべきか。それに対して個々のおもちゃがそれぞれの答えをだす。

人間は様々なサクセスストーリーを思い描きながら(それが明示的に意識されていなくても)日々を送っている。そしてこれはほぼ確実に言えることだが、ほとんどの「想定したサクセスストーリー」は失敗する。現実はその通りにならない。なったかに見えても、おとぎ話はいつかは終わる。

夢は破れた。現実が迫ってくる。どうする?答えはシンプルだが、忘れがちなものだ。歩き続けなさい。迷い、悩み、正解がなくても決断しなさい。

子供達にこの映画を見せようか。彼と彼女にはまだ意味がわからないと思う。しかしいつかこの映画に描かれていたおもちゃたちの物語を実感する時がくると思う。

かくのごとくディズニー/ピクサー流の練り上げられたストーリーが炸裂する。それを支える見事なCG。ぐうの音もでない、とはこのことだ。


スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム- SPIDER-MAN: FAR FROM HOME(2019/6/30)

今日の一言:明るくそしてスパイダーマン

トニースタークが死に、彼から選ばれたスパイダーマン。地球を守らなくちゃ。でも高校生だから間近に迫ったヨーロッパへの修学旅行のことしか頭にない。エッフェル塔でMJに告白するんだ。。

私は還暦が近づいている二人の子持ちである。しかし前半は数十年前の自分を思い出し、当時の思い出でひっくり返りそうになっていた。うん。そうだよね。修学旅行っていうと何かとあるんだよね。

しかしマーベル映画だから、必ず悪い奴が行き先に待ち構えている。突如別の次元の地球から現れたスーパーヒーロー、ミステリオことジェイク・ギレンホール。なんだか見た目がチープだし、そもそもなんで顔隠しながら戦うのか、と思えば。

2chの情報を信じれば、スパイダーマンにおいて彼女たるMJはブスであるのが伝統とのこと。このMJも静止画をよくみれば美形とは言えまい。しかしとてもチャーミング。そういえば中学や高校の時もこういう女の子いたよねえ。ああ、体がむずがゆい。

高校生のスパイダーマンはこうして少しずつスーパーヒーローになっていくのだろう。トニースタークは地球を救いヒーローになったが、それでも厄介で傲慢な人間であったことに変わりはない。今回も結局元をたどれば彼に行き着いてしまう。斯様にすごい能力とかいろいろでてきながらちゃんと人間が描かれる技は相変わらず見事。

スパイダーマンのWTFという叫びで映画はエンディングを迎える。このシリーズはまだ続くのだろう。楽しみだ。


アベンジャーズ/エンドゲーム- AVENGERS: ENDGAME(2019/5/2)

今日の一言:I am Iron Man.

長い間続いたアベンジャーズの1シリーズが終わる。前作の終わりで宇宙人の命が半分消えたけど、まあ生き返るんだろうなと思う。

とはいってもスーパーヒーロー達がとにかくたくさん存在している。いつのまにか別シリーズと思っていたガーディアンズ・オブ・ギャラクシーまで合流してるし話がまとまるんだろうか。と不安もよぎるがいつものことながら(時々ハズレもあるけど)マーベルの映画は安心してみていられる。

前回、シャーロックことカンバーバッチが14万(だったかな?)に一つの可能性をみつけたという。それはとても込み入った話だった。サノスを倒すのは簡単だがそれはなんの意味も持たない。ここでいきなり5年が経つ。人類とか生物の半分がいきなり死滅した後の5年間とはどんな日々だろう。

映画に描かれてはいないが、たとえば小学校の同級生の半分は高校生になっており、復活した人たちはまだ小学生のまま。5年といえば伴侶を失った人が再出発するのに十分な時間である。そこに伴侶が復活したら何が起こるのかな、とか想像が膨らむ。「すべてが元どおりでよかったね」にしないのがマーベルの技か。

そこからあれやこれやがあって、最後はこのシリーズ最初のIron Manの決め台詞に帰ってくる。最初のそれはあくまでも自己中心的な金持ちのセリフだったが、最後にはトニースタークは全く異なる人間になっている。

このシリーズが続いていた間、私にもいろいろなことがあったな。それを経験して少しはマシな人間になっているといいのだが。そんなことを考える。見事な幕引きでした。


運び屋- The Mule(2019/3/30)

今日の一言:やりたい放題

クリントイーストウッドは花を育てる男。メキシコからきた不法移民を使って表彰される。しかしクソと思っていたインターネットに商売を奪われ(と本人は主張し)破産する。

それまでの彼の生きがいは「見事な花を作り、皆に賞賛されること」だから展示会があれば娘の結婚式もすっぽかす。花をつくれなくなり孫娘のところに行けば、そこに居合わせた娘と妻に悪態をつかれる。

そこで「運び屋」にスカウトされる。ガレージに行き、何かを載せられ、指定されたモーテルの駐車場に車を止める。それだけでびっくりするほどの大金が手に入る。一度だけだと言いながら金が必要な理由は次から次へと湧いてくる。それは自分の家と農園を取り戻すためはまだわかる。火災にあった退役軍人クラブの修復は「いい人」と思われたい欲もあるだろうな。

急に金回りが良くなる、とはこのことと思うが誰も90歳のじいさんには聞かない。麻薬カルテルは彼に監視をつけるがいつのまにか仲良くなってしまうのが面白い。パンクで困っている黒人がいれば助けてやり、モーテルの部屋には女を複数呼んでやりたい放題である。麻薬王のご招待にも預かり、さらに二人相手って、君90歳じゃないんか。

しかし気に入られていた麻薬王はクーデターで倒される。後任は命令厳守。仲良くなった監視役の戸惑った演技は見事。We are not friends any more.というが、いつ友達になったのか。かくして厳しい状況で大仕事を課せられ、寄り道もできないところに妻の病状が悪化したことが伝えられる。

彼を追う敏腕エージェントがブラッドリークーパー。これがまたかっこいい。上司のローレンスフィッシュバーン、アシスタントの見慣れたにいちゃん、みなかっこいい。米国の裁判では、冒頭の罪状認知で有罪と言ってしまうと裁判が終わってしまうとは本当だなと思う。

彼の行動は紛れもなく犯罪。しかしこのさっぱり感はどうしたことだろう。彼の行動を見ていて思う。もう存分に生きたと思う人間はこのようであるか、と。別に90にならなくてもこのように生きることができるかもしれぬ。などとやりたい放題ながら観客たる私にいろいろなことを考えさせるのはいつもながら見事だな。



女王陛下のお気に入り- The Favourite(2019/3/24)

今日の一言:生きるための戦い

英国の女王としてアンは君臨しているが、権力を掌握しているのは彼女の盟友であるレイチェルワイズ。そこに親戚のエマ・ストーンが転がり込んでくる。彼女は父親のギャンブルのおかげでドイツ人に売り飛ばされた境遇から這い上がろうとしている。

この映画で印象的なのは、アン女王の孤独。うやうやしくお辞儀をされても自室に戻れば痛風に苦しむ一人の老女。部屋にいるのは子供がわりのうさぎだけ。王が孤独というのは文字で読んだことがあるように思うが、映像で実感させられたのは初めてだ。女王は傲慢な顔、うろたえる顔、弱々しい顔、自分を巡って周りが争うのを楽しむ顔を自在に切り替えてみせる。

さて、女中として潜り込んだエマ・ストーンは石田三成ばりの手段でのし上がりワイズは彼女を脅威として捉え出す。その二人の争いを煽り面白がるアン。仁義なき戦いと言うこともできるが、じゃあ仁義とはなにか。エマのセリフが心に残る

「性病持ちの兵士に差し出される時、道徳は意味を持たない」

神秘チンチンニコニコ園で見た梅毒で顔が崩れた売春婦の像はそう昔のものではない。そうした運命を受け入れたくなければ持っている武器で戦うしかない。

最後にエマは「勝利」を得る。とはいえ勝ち得たのは王女の「娼婦」としての地位。命ぜられるままに使え、自由な発言も許されない。

エマの胸部を拝むことができるが、変な色気が皆無なのがすごい。この映画にはそうした要素がはいる余地がない。ウォーボーイことニコラスも厚い化粧顔で怪演。誰も無条件の幸せにならないまま映画は観客に何かを残し唐突に終わる。


スパイダーマン:スパイダーバース- SPIDER-MAN: INTO THE SPIDER-VERSE(2019/3/17)

今日の一言:想像力の爆発

今やなんでも3DCGで作ることができる時代。では何を作ろう?どう表現するのがいいのか?この映画がその問いに対する一つの回答。

古典的な2Dアニメを元にしたキャラクター、実写と見まごうばかりの映像、それに抽象的な色と動きのアニメーションを見事に組み合わせる。異常な能力をもつに至った3DCGを絵筆にしてスクリーン上で製作者の想像力が爆発する。

いや、映像ばかりではない。スーパーヒーローは定義によってむちゃくちゃ強い。ではそれで問題解決なのか。選ばれることは本当にいいことなのか。そうした骨太の物語をしっかりと語る。スパイダーマンは伝統的に暗いトーンだが、それを尊重した上でちゃんと爽快感を得られる物語なっている。予告編を見た時「主人公が黒人の少年?まったくこれだから人種均衡ばかり考えて」と思った。映画の途中から誰がの肌の色がどうとか全く気にならなくなった。

日本の美少女ロボットアニメも「一要素」として取り入れられる。それを喜ぶべきではない。日本人が勝手に「お約束」を作りそれを守ることに汲々としているうちに、海の向こうではそれを部品として使い見事な作品を作り上げたのだ。この創作力の差異はどうしたことか。エンドロールをみながらかすかな敗北感を味わい、ベイマックス を見た時のことを思い出す。



キャプテン・マーベル- CAPTAIN MARVEL(2019/3/16)

今日の一言:強い。かっこいい。

というわけで、今や終焉が近づいているマーベルコミックの映画化世界。サノスの指パッチンによって生命が半分殺された世界がどうなるのか、という結末編の前に公開されたのがこの「むちゃくちゃ強い」キャプテン・マーベル。

映画の冒頭地球ではない星でジュードロウ、とマーベル姉さんが武術の訓練をしている。なんだか悪いやつがいる、とかいっていきなりミサイルの雨降らせてるけどそんなことしていいのか、とか思っているうち舞台が地球になる。

このお姉さん美人だけど顎がはってるよなと予告編をみて思う。映画を見だすとあっというまにそんなことが気にならなくなる。恋愛要素と無駄な色気が皆無。ひたすらかっこいい。不気味な容姿をした宇宙人に対して

「こいつらはテロリストよ!」

と叫ぶ。それは宗教や人種によってテロリストと決めつける人を表しているようにも思え。

ヒーローは試練を経て覚醒する。いや、それはお話だから。ほとんどの人は何度も何度も倒され、そして惨めに諦める。そうした現実を知っていても、マーベルが覚醒し、むちゃくちゃ強くなる姿をみて爽快感を感じるのはなぜだろう。覚醒をするわけもない自分もそんなに悪くないと思えるのはなぜだろう。アカデミー賞をとる演技力を持つ人がスーパーヒーローになるとこういう物語ができるのか。

ジュードロウというのはハンサムだがどこかうさんくさい雰囲気を漂わせている。まさにはまり役。マーベルに素手の勝負を一生懸命挑むところとか予測通りの結末で笑わせてくれる。いや、これは正しい使い方だ。

映画の最後にはアベンジャースへの橋渡しもきっちり描かれる。というかそもそもなぜアベンジャーズなのかもちゃんと説明される。さて、今年の夏が楽しみだ。


ファースト・マン- First Man(2019/2/15)

今日の一言:生と死

私が小学生の頃、アポロのプラモデルがたくさん販売されていた。それくらい月面に到達することは偉業と思われていたのだ。13号でトラブルが起こった以外は皆無事にミッションを達成した。だからそれはアメリカの技術力を持ってすれば容易なことなのだろう、となんとなく思っていた。

それは大間違いだと知ったのは社会人になってしばらくたってからである。映画を見ながら考える。

子供は「宇宙飛行士すごいなあ。僕も大きくなったら宇宙飛行士になるんだ」と思う。

大人は「爆発物の塊にくくりつけられ、地球から離れた極寒、極暑、死の空間に放り出されるとか冗談じゃない。TVでみれば十分」と思う。

映画の冒頭X-15のミッションにアームストロングが挑む。そこから緊張感が途切れることはない。そして愛しい娘の死。小さな娘が放射線治療の副作用で苦しんでいる姿を見るのはどれだけ苦しいだろう。その時だけ無表情なアームストロングの顔が歪む。

実際のアームストロングはWikipediaの記述を信じれば「決して冷静さを失わない退屈な男」とのこと。ライアンゴズリングはその男を見事に演じる。冷静さだけではなく、その裏に透けて見える激情も。

「アポロ1号のクルーに選ばれたんだ」とうれしそうに告げる同僚。その運命を知っているこちらには寒気が走る。テストパイロットは常に死と隣り合わせ。それが仕事だが、だからといって悲しみが癒えるわけではない。

偉業は静かに冷静に描かれる。一面灰色、生命のかけらもない死の月面に唐突に挿入される地上の平和な光景。娘を失ったことは悲しみであったとしても、その生の輝きは確かに存在したのだ。次のアームストロングの行動と合わせ、その感情はスクリーンを通して伝わって来る。

そして映画は静かなエンディングを迎える。セリフは必要ない。お見事。


セッション-Whiplash(2019/2/3)

今日の一言:クズsのMadness

公開から4年たってネットで鑑賞。いろいろなところで言及されていることに気がついていたが、なんだか怖いというし。しかしAmazon Primeで見放題がもうすぐ終了。これは観なくては。

ちょっとヌボっとした容姿の主人公。ひたすらドラムを叩いているところを鬼軍曹教授に声をかけられる。練習に行ってみれば。

教授が入ってくる前の楽団員の緊張は観客たる私にも伝わってくる。それから行われることはハートマン軍曹の世界。それが延々と続く。一瞬本音を語り合い和解のシーンがあったかと思えば。

この映画では何かがぶつかっている。それはなんなのか?日本でよくある「衝突していたが、思いっきり殴り合ったあとに笑って肩を組む」なんてことはない。個人としての怨嗟、エゴとも言えるが何かが違う。それは「素晴らしい音楽への信仰」のようなものなのか。なぜ信仰かといえば証明されていないから。しかしそれを強烈に求め続ける。

対する主人公。こちらもろくなものではない。自分から声をかけた女の子に「これから忙しくなるから別れよう」とトラブルが起こってもいないうちに告げる。親戚づきあいでもお世辞を言ったり適当に受け流すこともできない。彼も何かを強烈に求め続けている。良い音楽かと言えばそれだけではないような気がする。Greatness。それだけを追い求めているのか。

観客たる私は妥協しない2本の線がぶつかり続けるのをひたすら見続ける。ソファに座っている私の後ろで息子がちらちら見ている。隣で見ないかとさそっても来ない。じゃあ立ち去るかというとじっと見ている。

不愉快、怖い、とんでもない。なのに見続けてしまう。そんな映画。なぜ人はこの映画を見てしまうんだろうね。

クズsが持っているものを仮に「狂気」と呼ぶとすれば。それを極めたものでなければみることができない世界を描いている点でラ・ラ・ランドとあい通じるものがある。ラ・ラ・ランドは往年のハリウッドミューズカル映画の皮をかぶせたセッションだったのか。

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注釈