映画評

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スパイダーマン:スパイダーバース- SPIDER-MAN: INTO THE SPIDER-VERSE(2019/3/17)

今日の一言:想像力の爆発

今やなんでも3DCGで作ることができる時代。では何を作ろう?どう表現するのがいいのか?この問いに正面から答える作品は滅多にないが、これがその問いに対する一つの回答だ。

古典的な2Dアニメを元にしたキャラクター、実写と見まごうばかりの映像、それに抽象的な色と動きのアニメーションを見事に組み合わせる。3DCGの異常な能力をどう使うのか。スクリーン上では製作者の想像力が爆発する。

いや、映像ばかりではない。スーパーヒーローは定義によってむちゃくちゃ強い。ではそれで問題解決なのか。選ばれることは本当にいいことなのか。そうした骨太の物語をしっかりと語る。

予告編を見た時「主人公が黒人の少年?まったくこれだから人種均衡ばかり考えて」と思った。映画の途中から誰がの肌の色がどうとか全く気にならなくなった。悪役は個人の同情をよぶような事情から悪事を働こうとするがやはり悪人。日本の美少女ロボットアニメも「一要素」として取り入れられる。それを喜ぶべきではない。日本人が勝手に「お約束」を作りそれを守ることを汲々としているうちに、海の向こうではそれを部品として使い見事な作品を作り上げたのだ。


ファースト・マン- First Man(2019/2/15)

今日の一言:生と死

私が小学生の頃、アポロのプラモデルがたくさん販売されていた。それくらい月面に到達することは偉業と思われていたのだ。13号でトラブルが起こった以外は皆無事にミッションを達成した。だからそれはアメリカの技術力を持ってすれば容易なことなのだろう、となんとなく思っていた。

それは大間違いだと知ったのは社会人になってしばらくたってからである。映画を見ながら考える。

子供は「宇宙飛行士すごいなあ。僕も大きくなったら宇宙飛行士になるんだ」と思う。

大人は「爆発物の塊にくくりつけられ、地球から離れた極寒、極暑、死の空間に放り出されるとか冗談じゃない。TVでみれば十分」と思う。

映画の冒頭X-15のミッションにアームストロングが挑む。そこから緊張感が途切れることはない。そして愛しい娘の死。小さな娘が放射線治療の副作用で苦しんでいる姿を見るのはどれだけ苦しいだろう。その時だけ無表情なアームストロングの顔が歪む。

実際のアームストロングはWikipediaの記述を信じれば「決して冷静さを失わない退屈な男」とのこと。ライアンゴズリングはその男を見事に演じる。冷静さだけではなく、その裏に透けて見える激情も。

「アポロ1号のクルーに選ばれたんだ」とうれしそうに告げる同僚。その運命を知っているこちらには寒気が走る。テストパイロットは常に死と隣り合わせ。それが仕事だが、だからといって悲しみが癒えるわけではない。

偉業は静かに冷静に描かれる。一面灰色、生命のかけらもない死の月面に唐突に挿入される地上の平和な光景。娘を失ったことは悲しみであったとしても、その生の輝きは確かに存在したのだ。次のアームストロングの行動と合わせ、その感情はスクリーンを通して伝わって来る。

そして映画は静かなエンディングを迎える。セリフは必要ない。お見事。


セッション-Whiplash(2019/2/3)

今日の一言:クズsのMadness

公開から4年たってネットで鑑賞。いろいろなところで言及されていることに気がついていたが、なんだか怖いというし。しかしAmazon Primeで見放題がもうすぐ終了。これは観なくては。

ちょっとヌボっとした容姿の主人公。ひたすらドラムを叩いているところを鬼軍曹教授に声をかけられる。練習に行ってみれば。

教授が入ってくる前の楽団員の緊張は観客たる私にも伝わってくる。それから行われることはハートマン軍曹の世界。それが延々と続く。一瞬本音を語り合い和解のシーンがあったかと思えば。

この映画では何かがぶつかっている。それはなんなのか?日本でよくある「衝突していたが、思いっきり殴り合ったあとに笑って肩を組む」なんてことはない。個人としての怨嗟、エゴとも言えるが何かが違う。それは「素晴らしい音楽への信仰」のようなものなのか。なぜ信仰かといえば証明されていないから。しかしそれを強烈に求め続ける。

対する主人公。こちらもろくなものではない。自分から声をかけた女の子に「これから忙しくなるから別れよう」とトラブルが起こってもいないうちに告げる。親戚づきあいでもお世辞を言ったり適当に受け流すこともできない。彼も何かを強烈に求め続けている。良い音楽かと言えばそれだけではないような気がする。Greatness。それだけを追い求めているのか。

観客たる私は妥協しない2本の線がぶつかり続けるのをひたすら見続ける。ソファに座っている私の後ろで息子がちらちら見ている。隣で見ないかとさそっても来ない。じゃあ立ち去るかというとじっと見ている。

不愉快、怖い、とんでもない。なのに見続けてしまう。そんな映画。なぜ人はこの映画を見てしまうんだろうね。

クズsが持っているものを仮に「狂気」と呼ぶとすれば。それを極めたものでなければみることができない世界を描いている点でラ・ラ・ランドとあい通じるものがある。ラ・ラ・ランドは往年のハリウッドミューズカル映画の皮をかぶせたセッションだったのか。

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注釈