題名:知について

五郎の入り口に戻る

日付:2001/3/27


ショッカーを想う

この文章は延々と続いている連作である。前回は「人間の判断とか会話って結局感情のままよね」と悟りを得たところで、いきなり感情の赴くままに話題を切り替えておしまい。

 

時々我々の深層心理の奥深くには「悪の秘密組織」願望が宿っているのではないかと思うことがある。ここで「我々」という時、私が思い浮かべているのはだいたい同世代の日本人だ。やはり幼少の頃繰り返し見せられたヒーロー物、ショッカーだのゲルショッカーだのバンデル星人だのが影響しているのだろうか。えい。連中は悪い奴だ。やっつけろ。

ところが世の中そう簡単には割り切れない。ショッカーの下っ端等は時々哀愁に満ちた役柄を演じてくれる。親玉が更迭されると、何の罪も落ち度もない下っ端までが新しい幹部に粛清されるのだ。敵であるべき善玉にまで「いーっ。いーっ」と助けをもとめにくる下っ端の姿をみて子供心にもいいようのしれない悲哀を感じたのは私だけではあるまい。しかし彼らにはそうした身内の粛清まで乗り越えて目指すべき共通の目標があった。世界征服である。

ところが年を取ってくると、この世の中というのはなかなかどうしようもない存在であることがわかってくる。あの着ぐるみおじさん達が命をかけて目指した世界征服。彼らは一体何を達成しようとしていたのだろう。世界なんか征服したって、きっと支配されるべき愚民どもは、支配者の言うことなんか一言もきかずそこら辺で喧嘩ばかりやっているに違いないのだ。

せっかく世界征服したのだから、世界中に銅像でも建てようかと思えば、タリバンは良き敵ござんなれとばかり偶像破壊命令をだすし、ソ連崩壊時に銅像破壊の快感を覚えたロシアでも次々と像が倒されるし、渋谷に建てた銅像はスプレーの嵐に見舞われる。命令不服従はけしからん、と彼らを厳しく弾圧すると、今度はすっかり反対勢力の仲間と見なされる。頭にきて、無差別に厳しくすると、彼らはお互いの喧嘩を一時休戦して、攻撃の矛先を支配者に向けて来るに違いない。中国人民の人海戦術、イスラム原理主義の自爆テロ、銃を乱射する米国の高校生にフーリガン、はてまた成人式で爆竹をならしたくてしょうがない連中までもがひきもきらず攻めてくるのだ。それどころか2ちゃんねるであることないことあれこれ書かれたり、掲示板を荒らされたりするのだ。ああやだやだ。これほど労多くて益少ない地位もないのではないか。すっかりいやになり

「世界征服はもうおしまい。掲示板も閉鎖します」

とかいえば

「そんな無責任な態度でいいのか。世界の支配者の責任をどう考えているのか」

とかなんとか罵詈雑言が飛び、まああの苦労から開放されたのだから罵詈雑言くらいは我慢しようなどと思っていると、ありとあらゆる米国民が「世界征服により多大の精神的ダメージを被った」といって訴訟を起こすことであろう。

などと考えているそもそもなぜ世界征服などしたくのなるのか不思議に思えてくるが、それをたくらんでいると称される秘密結社には事欠くことはない。とにかくカタカナ団体だったらOKだ。ユダヤ、イルミナティ、フリーメーソン、グリーンピースやアムネスティ、ユニセフにスパイスガールズ等々。

さて、何故我々はこうまでして悪の秘密結社を求めるのか。思うに世の中に起こっている悪事の「理由がはっきりする」からではなかろうか。そう。われわれが渇望してやまない理由を秘密結社が与えてくれる。郵便ポストが赤いのも、実家の愛犬アイちゃんが尻尾をふるのもすべてはショッカーの陰謀。そうかー。おかしいと思っていたんだ。やっぱりショッカーのせいか。Niftyのある会議室に

「アメリカなんてものは存在しない。存在するように言われているのはNASAの陰謀だ」

という傑作な発言があったが、かくのとおり自己矛盾を来している命題であっても我々はそれにより与えられる理由に満足する。それとともに秘密結社は我々のもう一つの願望も満足させてくれる。それは

「我々は一般化+ラベル貼りが大好き」

このことである。

「人ほどあれこれ変わった物はない」とは亡くなった祖父の言葉だが、我々はそうした差異に目をつぶり、多種多様な人々に「○○」というラベルを貼り、一くくりにして考えるのが大好きなのである。ショッカー。この言葉でくくられた人及び怪人は、我々が知る以上にバラエティに富んでいたのではなかろうか。主流派にのしあがったショッカー原理主義の連中は怪人製造による世界征服と愚民の奴隷化を主張して止まない。しかしおそらくは「穏健派」と呼ばれる連中も存在していて「合法的手段での政権奪取」を訴えていたかもしれない。彼らは参議院選挙に出馬する事を検討していたかもしれないのに、「ショッカー」というだけで「非合法手段による世界征服をたくらんでいる」とラベルを貼られ、なんでもかんでも皆殺しである。おまけにその大虐殺を行った相手はにこやかな笑顔とともにバイクに乗って去っていったりするのだ。

それどころかこんな可能性すら考えられるではないか。彼らが世界征服をたくらんでいたというのも誰かが酔った弾みで

「世界を征服してやるー」

とか言ったのが報道機関に大きくとりあげられただけで、本気で世界征服を考えている人間及び怪人は極々少数派だったのかもしれない。毎週一人怪人を送り出し、ちゅどーんとやられる立場に安住していた多数派であったところの穏健派は「記者会見を開いて、釈明を」をと求めるが、ショッカー原理主義の連中がにわかに力を得「そんなことをしてはメンツが立たない。既に倒れた怪人の霊になんと申し訳するのか」と主張し、いきがかり上本当に世界征服を目指すことになってしまったのかもしれぬ。ああ。我々が愛するラベルはかくも罪深く、常識をもった穏健派すらも極悪非道の怪人にしたてあげてしまうのか。分裂していた彼らを統一された意図のもと一糸乱れず世界征服をたくらんでいた悪逆非道の組織にしてしまうのか。

 

かくのごとく、ショッカーというラベルの陰にあった様々な人及び怪人たちについて思いを馳せる、というよりは妄想を膨らますと幽閉されていたDetroitで聞いた朝のラジオ番組での発言を思い出す。

"You are doing generalization, and generalization is always wrong"

「君は一般化をしていて、そして一般化というのはいつも間違ってるんだ」

よくよく考えるとこの命題自体が一般化ではないのかと思い当たるがまあそういう細かい事は言わない。4年前に一度聞いただけなのに心に残るこの言葉について考えることがある。なるほど。一般化にはあれこれの問題がある。しかし一般化がとても便利なのも事実だ。いちいち怪人がでてくるたびに

「ところであなたは世界征服に関してどのような意見をもっていますか。いやーショッカーということでいきなり殴りかかるのはどうかという意見もございまして、こうして一応聞いているわけで」

などと聞いて個別に対処するわけにはいかない。とりあえずはなぐってみないと殴られるのが落ちである。

さて、問題です。罪のないかもしれないショッカーまでやっつけてしまう危険をおかすか、逆に殴られる危険性をおかすか。そりゃあなた身の安全を図ろうとすれば後者じゃないですか。殴られると痛いもん。かくして我々は相手をじゅっぱひとからげにしてラベルをペタペタと貼り続けるのである。

 

などと書きながらも妄想は続く。我々はショッカーに関して何を知っていたというのであろう。しかし知らなければ知らないほど、あるがままの自分たちの姿に満たされない願望を投射し、妄想を広げる余地がある。馬鹿げてると思いますか?その昔正体のしれなかった謎の国、ソ連、中華人民共和国、そして北朝鮮に己の願望の実現を見た人は多かったと聞くのですが。目的もはっきりしない生活にうんざりしている人にはショッカーが

「一糸乱れぬ統率の元、共通の目標-世界征服-に向かってひたすら努力する」

魅力的な組織と映るかもしれない。ショッカーはたしか無辜の人民をさらってきて怪人に改造しているという話だったと思うが私はこれにも異議をとなえたい。きっとショッカーに

「なんだかおもしろそうだしー」

とか

「強くなりたい。無敵の怪人になりたい」

とか

「世界征服って男のロマン」

とかなんとかいって入隊を志願する人間はたくさんいるに違いない。ことによるとその人数はショッカーの必要人数を上回り

「平成13年度怪人志望者募集要項」

などが配布され、倍率は13倍にのぼり第3次選考まで行われるかもしれないのだ。

 

しかし一つだけ確かなことがある。その難関を乗り越え、見事ショッカーに入隊したとしても3日後には

「誰も真面目に世界征服をしようなんて考えていないじゃないか。こんなくだらない集団だとは知らなかった。」

と文句を言い出すということを。しかしもう遅い。貴方は世界征服を標榜しながら、その実全くやる気のない組織の人間となってしまっているのだ。今日の任務はひまわり幼稚園の園児誘拐。理屈を解さぬ子供達にさんざん馬鹿にされたり、泣きわめくのをなだめたり。思いあまってあなたは上司にこう言う。

「幼稚園児なんかさらって、これが世界征服にどう役立つと言うんですか」

しかしあなたは知らない。あなたの上司はNTT出身者なのだ。そして彼はこう言うだろう。

「それを考えるのが君の仕事だ」

やりばのない怒り、後悔がため息としてあふれ出る。じっと手をみる。怪人というのはたいていの場合普通の人間の手をしていない。変わり果てた手を見、そして貴方は来たるべき運命を悟る。皆殺しという運命を。世の中の悪いことは全てショッカーのせい。貴方達さえ殺せば世の中に平和がやってくるという幸せな幻想の中に生きている人たちによって。

そしてその願望が達成された暁には彼ら同士で争いを始めるというのに。 

 

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注釈

 世界征服:この偉業に関しては私の文章などより「それはだけは聞かんとってくれ」の「征服するのだ」を参照していただいたほうがいいと思う。本文に戻る

 

NTT出身者:なんでここでいきなりNTTがでてくるんだ、と思った人は前作を読んでね。本文に戻る