題名:流されて

五郎の入り口に戻る

日付:2002/3/1


午前

荷物をもっておりる。迎えに来た人やら、レンタカー屋やら旅館やらの人がいるが、私はどこからかか電話をしなければならない。先の方に建物があるからそこに行ってみよう。

はいってみると待合室のようなところである。公衆電話から電話をかけるとタクシー乗り場で待っていろとのこと。外にでてしばらくぼんやりとする。

目の前にはなにやらレストランのようなものがあるが、今は営業していない。他にはあまりなにもない。左手には大きな岩が迫っており、なんとなく離島という感じがする。(なぜ岩と離島が関連するのか今ひとつわからないのだが)観光で来ている私は気楽なものだが、罪人としてここに流されてきた人間はどのような心持ちでこの風景を眺めたのだろう。そんなことを考えているうちに車が来た。

私ともう一家族が乗り込み出発。車中であれこれ話を聞く。朝方雨が降ったがあとははれそうとのこと。雨と台風が多い島だからラッキーですね、と言われる。そういえば雨が降ったときのことを何も考えていなかった。三宅島の噴火にともない去年は観光客が減り、都から「宿泊客に一万円支援」がでたとのこと。もっともそれは去年の話で今年はアナウンスがないそうなのだが。

レンタカー屋につくとあれこれ手続き。アメリカで車を借りるとやれ保険はどれにかけるか。やれここにイニシャルを書けなどと面倒だが、日本だと免許所をコピーして、名前と住所を書いておしまいである。島内のみどころもあれこれ教えてもらった。船の着く時間にあわせてあれこれのアトラクションが行われるので、周遊コースは半分決まってしまうとのこと。まず踊りと太鼓をみて、それから機織りを観るのだそうな。

さて、というわけで本田の軽自動車に乗り込む。一人だからこれで十分。荷物をおいたり、地図を見返したりしている間にエンジンの音が小さくなり、そのうち止まった。自分が車を所有する前は

「オートマ車はエンストするわけがない」

などと思っていた物だが、今ではそれは事実と異なることを知っている。しょうがないな、と思いまたエンジンをかけようとするが、かからない。そのうち中からおじさんがでてきてかけてくれた。なんとなく今後に不安を抱かせるスタートである。

もらった地図にそって車を走らせていく。まず最初は服部家とかいうところらしいのだがどうにも解りづらい。

「あと500m」

とか

「あと100m」

とかいう看板はあるのだが、肝心な「ここで曲がれ」というのがない。一度行き過ぎてしまい戻ってきてようやくたどり着いた。なんでも昔船を管理し莫大な資産をため込んだ家の跡だそうな。しかしその栄華もどこへやら。いまでは観光客相手に歌と踊りを披露する場所となっており、残っているのは石垣だけ。建物の中にはいると展示を観る。栄えていたころの服部家前で撮られた写真が残っており、服部家は永久に栄え、門の前の木も茂り続けると歌われた、とかなんとか書かれている。服部家が金を貯め込んでいる時には本当にそう思えたのだろう。「服部さん」の金に物をいわせてのわがままな行動もあっただろうし、びくびくしながらこの家を訪れた人もいたのだろう。その面影は今はどこにもない。

そのうち観光バスが到着し、おばさんたちがぞろぞろやってくる。彼女たちが集合写真を撮り終えると「歌と踊りと太鼓」の実演が始まる。私はなんとかという果物のジュースを飲んだが、これが六〇〇円というのは暴利であることだなあと思っている間に舞台に人がそろう。中年女性が4人、初老の男性が一人である。

一人の女性が歌いそれに合わせて残りの四人が踊る。それらが微妙にずれている。八丈島特産の黄色い服をきており、それは女性にはまあ合うのだが男性が来ていると妙になよなよして見える。それでなくともその男性はちょっとやせこけた感じのさえない容貌。その一人を含む四人がほてほて踊り続ける。それは力強いわけでも楽しさを感じさせるわけでもない。なんだかいたたまれなくなって踊りが終わった後に演奏されるであろう太鼓も聞かずにでてきてしまった。

次の目的地は機織りの実演をやってくれるところ。ここも入り口がわからず一度通り過ぎてしまった。私の前を走っていた車も同じようにUターンしていたところを観ると彼らも見過ごしたのであろう。中に入ると確かに機を織っている。なにやら黄色い財布とかネクタイとかも売られているが、このくすんだ黄色のネクタイを実際に締めるひとはいるのであろうか。機を織っているのは三人ほどの女性。彼女たちはみやげものの販売も兼任しえいるらしく、観光客が興味を示した時点で作業を中止し、売り子になる。かたんかたんと音がし、糸巻きらしきものが左右にはしるのだが、どういう原理かよくわからない。壁には昭和天皇がこの機織り場を見学したときの写真が展示されている。

外にでるとふと屋根に目をとめる。来たときから気がついていたことだが、波状の板を屋根に乗せている家が多い。雨対策であろうか。一時屋根の仕事をしたものだから妙なことが気になってしまう。そう思えば沖縄と同じように陸屋根も多い気がする。かといって屋上に給水タンクがある、というわけではない。

車に乗ると次の目的地に向かう。東京電力の地熱発電所だ。近づくと軽く硫黄のにおいがし、風車も一つまわっている。敷地内には見学館があり、男性と女性が一人ずつ座っている。無料だが入るところで小さなキーホルダーをくれる。礼を言って受け取り展示を見始めたところで女性が誰かにのろいの言葉をはいているのが聞こえる。

正直言ってこうした展示館には何も期待していなかったのだが、ここはおもしろかった。八丈島は東と西に山があり、その二つがくっついた形をしているのだが、こーんな風に何度にもわたって噴火したんですよーと画像により説明される。よくわかるものだなあと感心しながら見続ける。さっきもらったキーホルダーの板を

「地下の圧力はこんなに強いんです」

という説明の機械につっこむ。するとその偉大な地下の圧力でプレスされ、印刷されていた八丈島の二つの山が盛り上がる、という趣向だ。ビデオではこの地熱発電所建設の経緯が上映されている。建設前に環境アセスメントと称してそこらじゅうの温泉を調べてみたり、林の中に明かりをともし虫をとってみたりとにかくいろんなことをやる。そりゃ

「おまえんところの地熱発電ができてからうちの温泉がでなくなった」

とか文句をつけてくる人は必ずいるのだろうな。仮にそれが根拠のないいちゃもんであったとしても対抗するには数字を出すしかない。大切な仕事なのだろうが、あの夜に虫をとる作業はつらそうだなあ。

二階にあがると休憩室のようなところがあり、八丈島の発電の歴史なんてのが展示されている。昔は水力発電もあったとのことだが、この小さな島で安定して発電できたのだろうか。その昔ここに製氷工場があったときはそこから電気を買い入れたこともあったそうだが、その製氷工場も今はない。

さて予想外の地熱発電展示館の充実ぶりに気をよくした私は次の目的地に向かう。なんとかという展望台というかView Spotだ。車をとめ近づいてみるとなんとここは一人数百円金をとるのである。なんだ、と思っていると建物から人間がでてきた。さすがに気が引けるのか

「そこに焼酎のサービスがあります。奥にも展望台があります」

などという。焼酎を飲んでみたがなんだか水っぽい。展望台からの眺めは悪くないが金を払ってまで観るほどではない。金返せ、という言葉をぐっと飲み込み、奥の展望台へと歩を進めると後ろから何か声がする。

ぎくっとして振り返る。誰もいない。気のせいかと思いまたすすみかけるがまた声が。気味が悪くなり少し戻る。するとさっき「なんかあるな」と思ったところに小屋があり、中に二頭の山羊がいた。彼だか彼女だか解らないその二頭はすることもなく時々鳴いている。

奥の展望台に行ってみたが、それがどうした、というところである。つまるところ二頭の山羊のSurpriseだけはおもしろかったが他に金を払う価値があるとも思えない。私がでようとするとき別の車が入ってきて老夫婦が降りる。やめておきなさい、と言おうかともおもったが余計なお世話なのでやめておいた。

次の目的地はレンタカー屋のおっさんが「ここが一番よいです」という露天風呂である。火山が二つくっついてできた島だけあり、ここにはたくさんの温泉があるのだろう。五〇〇円はらって中にはいる。ふと気がつけばタオルがない。気にせず入ってしまおうかとも思ったが、風邪を引くのもいやだ。「貸しタオルはありませんか」と聞くと二〇〇円で売っていると言う。タオルをつかみなかにはいる。湯船の中が二段になっているのだが、茶色く濁ったお湯ではそれも見えず思わずこけそうになる。露天風呂のほうにもでてみる。外はきれいにはれて暖かい。こちらの床も二段になっており、またこけそうになる。二度やる奴を馬鹿という。

レンタカー屋の親父の言葉に嘘はなく、なかなか見事な眺めだ。こちらから建物が見える、ということはあちらからこちらが見える、ということでもある。男に生まれてよかったと思うときはこういう時だ。みれるもんなら観て観ろ。考えてみればホモの人向けに男性浴場の盗撮ビデオなどというものが存在するのだろうか。まあどうでもいいや。天気はよく風はごきげんだ。

しばらくしてあがるとさらに車を進める。お風呂であたたまったせいばかりでもないだろうが、車の中ではシャツ一枚で窓をあけてちょうど良いくらい。外はジャケットを羽織ればちょうどよいくらい。亜熱帯と聞いていたが、快適な気温というところだ。

そこから先はあまり人家もなく、道がくねくねと続くエリアにはいる。ひたすらハンドルを切っていると展望台に出た。ここからの眺めはなかなか見事。八丈富士とかいう山がなかなかきれいに見える。そこをすぎるとまた最初についたエリアに戻ってきた。とりあえずご飯を食べることにしよう。

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注釈