犬は老い人も老ゆ

犬は老い人も老ゆ

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犬も老いたし、私も老いた。

若いころの私なら、アイチャンの老化の過程を、もうとっくの昔に書き始めていたことだろうと思う。

我が家の犬は2匹、13才8ヶ月のアイチャン、11才8ヶ月のジロ、どちらもミニチュアダックスフントの雄である。

2年ほど前のことだった。

家内が、今日、スーパーで女の人から、「この犬、白内障だね」と言われて、なんて嫌なことをいうお節介な人かと思ったわといっていた。

正直なところ、その頃、私もアイチャンの目の輝きが以前とは変わってきたことに気づいてはいた。瞳孔とか、そういった輪郭がぼけて、単調な目の様子になっていたのだ。

そして道や廊下を歩くときに、妙に右側の縁に沿うようにして歩いているのに気づいた。

まもなく、二階からの階段を降りられなくなった。階段の下り口で不安そうな顔をして、足を下へは踏み出さないのである。仕方なく、その後は階段の上り下りには抱えることにした。

私に抱えられたアイチャンは、体中の力を抜いてしまってダランとしている。いわば肉屋で鈎にぶら下げられている牛肉といった様子である。


犬の老化の現象のひとつに、体内時計が狂うことがあげられる。

たとえば昼間にグーグー寝ていて、夜中や明け方にワン・ワン吠えて人間を悩ませるパターンである。世の中の犬には、こんなケースが結構多いとのことである。

アイチャンの場合、まだこれは出ていない。うちの犬たちは夜となく昼となくグーグー寝ている性格なのだ。

私といえば老化に伴って、居眠りが増えている。海外旅行の飛行機の中で、時間に関係なく、うとうとと眠っている。出発地の時間も到着地の時間も関係なしである。昔はよく話題にされた海外旅行の時差ボケなど、今の私には有り様もない。いわば年中、真性ボケの状態なのだ。


人間同様、犬も老化に伴ってこだわりが強くなるといわれる。

寝る場所だとか、餌を呉れる人だとかに、強いこだわりを見せるようになるのだという。

アイチャンも老化に伴い、こだわりが強くなったと、ときどき感ずるようになった。もともと彼の場合、うちのもう一匹の犬、ジロと比べると昔からこだわりが強い性格であった。

老化の進んだ今では、玄関の石段を登る時、助けてやろうとリードを持ち上げたりすると、もう完全に足を止めてしまう。道路を歩くときも、そのときどき、中央だとか端だとか、彼が自分で決めたルートしか歩こうとしない。

少しでも彼のペースより早く歩き、リードが引き気味になると、お節介するなと言わんばかりに、もう、まったく足を止めてしまう。

盲目の哀しさに、ドンドン左にずれながら歩く癖がついてしまった。戻してやろうとすると抵抗する。溝に落ちそうになっても、自分自身で危ないことを納得しないと絶対にコースを変えない。実際、落っこちたことさえあった。


だんだん視力が衰えてゆく段階では「人間だったら、どんなに見えているのか聞いてみるのにね」と妻と語り合ったものだった。 今ではもう殆ど視力を失ったのだろうと思う。「とんでもない方角を見て餌をねだっているのを見ると哀れでね」そう言って家内は好物をやっては甘えさせている。


耳も随分聞こえなくなった。先日までは大声で呼ばれて、やっと認知すると、ハット首を上げ、なにごとかと身構える姿が可愛らしかった。今では、弟分のジロが大声で吠えるとやっと気がつくまでに聴力が減退してしまった。


食欲だけは、今でも老いを知らない風情である。定時の食事の時は、不思議と餌のトレーを的確に判断し、「よし」の声で餌にかぶりつく。

うちの犬たちは、人間が食べているものはどんなものでも、天下一の佳肴に思えるようだ。それで、家内の椅子に寄り添い、おこぼれをねだる。

ジロは昔から食事の間中、ねだり続ける犬であった。そのボルテージが上がってくると、教えもしない立ちスタイルまでして、真剣にねだった。ところが、アイチャンはそういうハシタナイことを絶対にしない、礼儀を心得た犬であった。 根負けした家内はジロにひとかけら、ついでに静かにしているアイチャンにも公平にひとかけら与えていたものである。見ようによっては、狡猾なアイチャンが、お人好しのジロにねだらせ、上がりにありついているという構図であった。

ところがアイチャンの老化が進んできたある日から、アイチャンが猛烈におねだりを始めたのである。そして『紳士の仮面をかなぐり捨てた」と評されたのであった。まさに本音が出てきたのである。


位置の一定しない物、たとえば掃除機のルンバには、まったく無用意にぶつかってしまう。いつもあるテーブルの脚も探り探り、軽くぶつかったりする。どうみても完全な盲目のようである。ただ、私が明るい窓際に立っていると、私に抱いてくれと前足をかけておねだりするので、光のコントラストの強いところでは多少視神経に情報が入るのかもしれないと思う。

前述のとおり、餌のトレーの位置の探索は、おおよそではあるが実用上十分なポジションをとることができる。このほかにも、頭の中にGPSがあるのではないかと思わせるほど、それらしい場所へゆくことがある。どうしてそれが可能なのか、私にはどう考えても分からない。本能の自然に生きる力なのであろう。


体力の衰えも、視力、聴力の衰えと同じ時期、同じペースで進んでいるように見える。

全体的にすっかり痩せてしまった。脚の筋肉はほとんどなくなってしまった。背骨もゴツゴツと突き出している。

おかしな咳も出るようになった。


アイチャンはいまや、つまらない沽券を捨てて、素直に人に甘えるようになったと見受けられる。

「ボクチャンは、おめくらさん、おつんぼさん、それに肺がん(?素人診断)まであって 可哀想ね」そういって家内はアイチャンに愛を惜しまず注いでいる。

私としては、アイチャンの老いゆく過程を見るにつけ、自分の老いゆく様子を重ねて見るかに思われ、周囲に迷惑をかけているに違いないと、自戒の念にイタく苛まれている日々なのである。

それにつけても、アイチャンは「おれ、目が見えなくなっちゃった」とも、「この先どうなるのか心配だ」とも言わずに、現在の自分に出来ることを、ただ黙々とやっている。その態度を見習わなくてはと思うことしきりりだ。


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