題名:巡り巡って

五 郎の 入り口に戻る
日付:2009/5/25


歯の博物館: 愛知県(2009/5/5)

ゴールデンウィークである。5連休である。もちろんそれは五日間会社に行かなくていいという意味であり五日間自由にしていいなんてことはあり得ないのである。

し かし私は幸運に恵まれた。5日は一日自由になるらしい。さてどうしよう。書きためておいた

”自由時間があれば、ここにいくぞ”

リストをあれこれ眺める。とは いっても一日だけだから遠出はできない。またこの機会に映画も見たい。去年のアカデミー賞を総嘗めにした映画は、近くの映画館ではやっていないのだ。とい うわけであれこれ考え続ける。まず最初に映画を見て、次にここにいき、さらに気力、体力が持てば電車にのってはるばる、、と計画をたてる。

さ て、待ちに待った5日。起きてみれば空はどんよりと曇り空。それどころかぽつぽつ雨が降ってきている。ううむ、なんということだ。本日後半の予定は、外を てくてく歩かないと成立しないのに。まあいいや、とにかく行ってしまえというわけで家を出る。地下鉄を乗り継ぎ映画館に着く。話題の映画なので長蛇の列が できている。映画が始まるのは10時半。最初の目的地がオープンするのは10時。一瞬

”最初の目的地をさらっとみて、その後映画にいけないか”

と考えたが、この列をみればその考えがとても間違っていた事がわかる。その考えがもっと間違っていた事を知るのは、少し後になってからである。

映 画が終わり外に出る。さて、というわけで歩き出す。私は折り畳み傘を開かずにすませる事を好む。だって笠がぬれると持ち歩きに不便な んだもん。というわけで一度取り出した笠をバッグに放り込み、早足で歩き出す。このくらいだったらなんとかなるだろう。

目的地は地下鉄で二 駅先だが、この辺は繁華街なので駅の間隔がつまっている。距離はたいしいたことないが、雨がいやなので地下街に潜る。えーっと地上で進んでいたのはこちらの方 向だからと頭の中で考えているうち、何十年もつきあっているこの地下街が、地上とどのような位置関係にあるのか初めて理解できた気がする。などと感動して いる場合ではない。できるだけ目的地に近い出口で地上にでる。すると明らかに雨脚が激しくなっている。

右手には公園のような場所が見える。その昔夏の夕方にここを通ったとき、木の一本一本にアベックが存在していることを知り驚愕した。しかし今は大雨であり誰もいない。通りにも人はほとんどいない。そうした中殺気立った顔をして先を急ぐ中年男の姿。今こうして書いていると

”さっさと傘をさせ”

と 思うのだが、妙な考えにとらわれた私は傘無しで歩き続ける。とはいっても雨は無視できないほど激しいので、できる限りビルの軒先を通る。目的地はまだか、と思うが 普通のビルが並んでいるだけ。地下鉄の出口にあった標識からすればこちらで正しい筈だが、と考え歩き続ける。ビル列がつきようとしたところでようやく愛知 県歯科医師会館という文字が目に入る。

入り口が暗いように見える。開館時間は調べてきたのだが、それでも周りの人気のなさからして”閉まっているのではないか”という脅迫観念に襲われる。がっくりと肩を落とし、雨の中を足早に戻る中年男の姿が脳裏をかすめるが、ここは進むしかない。

建物に近づくと明かりが見える。扉の前にたつとドアが開いた。これはよいサインだ。エレベータわきにこんな看板がある。ということはここで正しいようだ。

エレベータ

すこし見にくいが犬が”噛めば噛むほどいいこといっぱい”と言っている。いい言葉じゃないか。エレベータをのぼり矢印に従って通路を歩く。外にあれこれ表示があるのでちょこちょこ観ていく。最初に足を止めたのはこの展示の前である。

虫歯の原因

そ もそも虫歯とは何なのか。本当に虫がいるのか。その正体が判明したのはそんなに昔ではない。ここに書かれたことを観ると、実際に”虫を観察した”という人 も何人か存在したようだ。彼らは何を観たのだろう。などと考えながら観ていけば虫歯の原因について相当数の説が存在した事がわかる。一人孤島に残された男の話や、山 中を移動し続けるゲリラの話にも必ず虫歯は出てくる。それくらい必ず人間を襲う病だからいろいろな説も生まれたのだろう。

そ の先に小さな部屋がある。この博物館のメイン展示はこの一室におさめられている。広くはないが内容は充実している。まず目にはいるのが”噛む力を試 験するガム”だ。これを使うと正しくかんでいるか、唾液と混ざっているかが判定できるという。試してみたい気持ちはあるが、他にたくさんの展示がある。最 後にここに戻る事にしよう。壁には

”正しくかむ事によるメリット”

がこれでもかと掲示されている。曰く、ちゃんとかむようにしたら認知症の症状が改善された。体重もへるし、病気も治る。いつも

”ちゃんとかんでない。飲んでいる”

と母にしかられる身としては、それらの言葉にじっと見入る。子供が小さい頃は早食いが美徳だった。早く食事をすませ子供の面倒を見る事ができたからだ。しかし最近子供は自分たちでちゃんとご飯を食べる。であれば私も正しく噛むべきではなかろうか。

などと考えながら先に進む。するとこんな人たちがいる。

診察室

昭和初期の歯科医の部屋を再現したらしい。治療を受けているのはこの人。

患者

この人からみると先生はこのように見える。

歯医者

これは想像だが、当時医療器具はいまよりずっと痛く、そして先生というものは今よりもっといばりくさっていたのではなかろうか。彼と彼女の表情を観ているとそんなことを考えたくなる。

部 屋の壁にはあちこちから寄贈された古い道具が所狭しと並べられている。人によってはそれらをみて感無量だったり爆笑したりできるのだろう。私が生まれる 数年前に、回転数が一気に数倍にあがる新機種が発売されたとの展示もある。その前と後で患者の痛みはどのように変わったのだろう。などとあれこれ観ている が、私にとって一番なじみがあるのはこの器具だった。

コップ

このコップはなぜこんな格好をしているのだろう。とはいえ歯科医でみかけるコップはこればかりだったように思う。

隣には小さな部屋があり、”靴を脱いでください”と表示がある。なんでも昭和初期の待合室を再現したとの事。当時はみんな靴を脱いで待っていたのだろうか。

そ こに展示されているのは、弥生時代とかその頃の人骨である。人為的に歯を抜いたり、あるいは削ったりした跡があるとのこと。人間というのは自分の力やら勇 気を示すためにありとあらゆる馬鹿な事をするものだが、これは半端ではない。当時なんの機器もなかったときになぜ歯を抜く。確かにそれは半端ではないこと を示す者だが、この時代に生きる私から観ればそれは”半端ではない馬鹿”であることを示すものだ。確かに

”こいつにはかかわらないほうがよそそうだ”

とは思うが。

歯

そ の先には歯周病の展示がある。ちらちら眺めているとじっとり手のひらに汗をかくのを感じる。ううむ。恐ろしい。そういえばしばらく歯医者に行っていなかっ たなあ。いくべきだろうか、と展示を見ている間だけは考える。その先にコンピュータのディスプレイがあるから何かと思えば10問のクイズなのだそうな。マ ウスの左ボタンが○、右ボタンが ×であることを理解するまで時間がかかる。最終的な点数が表示される時、数字がたくさんアニメーションする。10問しかないのだからそんなに複雑な点数が でるはずがない、と思って観ていると最終的に90点と表示された。さらに進むと入り口近くにこんな人形がいる。

歯をみる人形

なぜ歯を治療してもらうとき寝そべった姿勢になるのか。歯医者から口の中はどのように見えるのかがよくわかる。丸見えだ。その先、入り口に一番近い所にはこんな模型がある。

歯虫誰 かが作った虫歯のイメージ彫刻だとか。右側では、何かが人間を食べている。左側は歯の中に地獄が作られている。私自身は虫歯の痛みに苦しんだということは あまりないのだが、映画やらなにやらから察するにその痛みは確かにこのようなものなのだろう。下にボタンがあるので押してみる。しばらくたってからナ レーションが流れる。やたら雑音が多いので、ひょっとするとスタジオ以外の場所で録音されたものかもしれない。

世界中にいくつか独立して文明が生まれたがそのすべてで虫歯は”虫”の仕業である、とされたとかなんとか。そりゃあ痛いし、何かいるようだし。虫でもいるかな、と誰もが思うのだろう。

そ れを聞き終わったところで最初に観た”かむ力を測定するガム”に戻る。AとBと書かれた箱があり、それぞれから一つ取り出し300回かめと書いてある。口に放 り込んでくちゅくちゅやりだすと結構固いことに気がつく。300回というからにはちゃんと回数を数えなければならない。100回を超えるとあごが疲れてく る。そのうち飽きてくるので展示など眺めながらくちゃくちゃやりだす。

300回になったところで口から取り出す。色はとても薄いピンクだ。 説明を信じれば、かむ力、唾液と混ぜる程度がたりないということになる。色見本の脇には”この色になるまで何度噛んだか数えておけ”とか書いてあるが、一度ティッシュペー パーの上にだしたものをまた口に入れるのもいやである。展示を見ると、初期の宇宙食はペースと状のだったが、それではストレスがたまることが発見された。 そのため、最近の宇宙食は噛むタイプのものになっているとか。仕事中にスルメでもくちゃくちゃやれば、少しは楽しく仕事ができるのだろうか。

などと考えたところで部屋をでる。帰りはエレベータではなく、階段を使おうと考える。一つにはこんな写真が飾ってあるのを発見したからである。

みがかなかった

磨いた人

言 いたいことはわかるが、いくらなんでも差が露骨ではないだろうか。ダイエット食品の使用前、使用後どころの話ではない。これが昭和41年。そこから順に見 えていくと自然と階段を下りる事になる。だんだん時代をさかのぼっていくと、終戦直後(1950)のこれにつきあたる。

1950

どことなく子供達の絵がアメリカンテイスト。進駐軍がどうのこうのであったのだろうか。キャッチフレーズは”歯の衛生も新しい世界へ”。ということは”歯の衛生”以外も新しい世界へ移行していたということか。

次のポスターは大戦中のもの。スタイルはぐっと”純和風”になる。

大戦中

昭和17年だからまだ戦局が日本にとってそれほど悲惨ではない、と思われていた頃。さらに時間をさかのぼる。

昭和13年

昭和13年。国民精神総動員である。黒い唇の少女がちょっとシュール。”正しい歯列”というあまり聞き慣れない言葉といい、見所が多い。

昭和11年

こちらは昭和11年。ここに写っている”日本一健康児”はこの後どのような人生を送ったのだろう。あちこちで”自分はどうやって日本一健康になったか”をスピーチさせられたあげく、戦争に行って死んでしまったりしたのかな。

昭和9年

こちらは昭和9年。良い子は日本の形が今と違うのは何故か調べてみましょう。

昭和8年

昭和8年、日本が国際連盟から脱退した年だ。ぼうやがどことなく筋肉隆々である。かぶっているのは学童がかぶる帽子にもみえるし、鉄兜のようでもある。

といったところでポスターはおしまい。最後にあった表示を観るとこれは平成8年度特別展とのことで、相当前の展示なのだがそんなことは気にしない。

外にでると雨は相変わらず景気よく降っている。この雨の中外をてれてれ歩くのはあまり楽しくなさそうだ。それに歯の博物館は予想以上に面白かったし。というわけで満足な気分のまま家路につく。

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注釈