題名:巡り巡って

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日付:2009/2/9


妙善寺 ハズ観音: 愛知県(2009/1/02)

というわけで蒲郡から名鉄電車に乗り換える。ワンマン運転+駅に人がいないので蒲郡以外の駅では後方車両のドアが開かない。それを知らず後方車両の前で待ち、泡くって前方に移動する人たちがいる。

いくつかの駅を通り過ぎるとだんだん周りがみかんの木だらけになっていく。東幡豆という駅で降りる。するとこんな看板が目に入る。

看板

なんと治療だけではなく予防にもご利益があるらしい。ということは、すべての人が対象になるということで、先客万来である。

などと考えながら線路を超えててくてく歩く。徒歩3分と書いてあるから迷いようはあるまい。そのうちかぼちゃの看板が見えてきた。かぼちゃ。さらに歩くていくと 意外なものが目に入ってきた。何台もの自動車である。だいたい私が行くところは閑散としているはずだ。しかしここにはたくさんの人が来ているでは ないか。門はこんな様子である。

門

脇には看板が立っており、ここの由来が書いてある。

”妙善寺がむかし西林寺と呼ばれていた頃、観音様から”浜にでてみよ”とお告げを受けた。寺の前の浜にでてみるとかぼちゃ(これは後で知ったのだが)がたくさん打ち上げられていた。それを食べたらおいしかったし健康になった。”(かなり省略)

ということなのだが、その看板の日付が平成19年である。つい最近だ。制作者は”幡豆町民話の里おこし実行委員会”。この”つい最近”というキーワードはこの後何度か現れることになる。

その先にはこんなものがある。

かぼちゃゲート

こちらもかぼちゃである。とはいえ、境内で多くみるかぼちゃは、ハロウィーンでみる類いのオレンジ色のものが多かったように思う。私が夕ご飯に食べる緑色のかぼちゃはどこにいったのか。本堂の前にはいくつか像がある。

かぼちゃその1

像その1

かぼちゃその2

像その2

と いうわけなのだが、どうも全般的にピカピカしているような気がする。観音像は南部祥雲作とあるが、インターネットで見つかる南部祥雲氏は昭和22年生まれで”現代の仏像彫刻を代表する存在”とのことだし。

そもそもここが”かぼちゃ寺”になったのはいつのことなのだろう。それはかなり 昔のことかもしれないが、大々的にかぼちゃ寺として売り出したのは最近なのではなかろうか、と根拠のない推定をするのであった。

さらに、本堂横にはこんなものがある。

かぼちゃサミット

第19回といえば歴史があるようだが、平成も20年になったことを考えれば、平成になってからスタートであるか。

いや、そんなことはどうでもいい。世界かぼちゃサミット。すてきな響きではないか。世界中から”私はかぼちゃ””私をかぼちゃ星人と呼んで”という人たちが集まり、かぼちゃ踊りを踊るに違いないのだ。誰が一番かぼちゃか自慢合戦をするのだ。ああ、かぼちゃサミット。

などと妄想に浸っていると声がする。かぼちゃ茶をふるまっているので、ご自由にとのこと。みればこんなものがある。

かぼちゃ茶

なんとなく敬遠していたのだが、そこまで進められては飲まずばなるまい。お椀について飲んでみる。

うむ。

な んというか、なんともいえない味だ。一言で言えば不味いのだが、ではどのように不味いかといえば形容に困る。そもそもかぼちゃというのは本来このように得体 の知れない薄味の野菜だったのかもしれない。それを甘くしたりあるいは砂糖をつけたり、、ということで今の味になっているのだ。

といったと ころでハズ観音巡りはおしまい。私と同じ年代&同じ地域で育った人間が”三ケ根山”と聞けば、自動的にあのメロディが鳴り響き、ジンギスカンを食べたくなる のだが、駅前にある三ケ根山観光案内図には白塗りになった場所が多い。いちご狩りやら展望台やらが閉鎖されているようだ。蒲郡駅の周辺だけは異様に整備 されているのだが、などと考えながら帰途につく。

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注釈