題名:巡り巡って

五郎の入り口に戻る

日付:2003/8/1


山口観音:埼玉県(2003/7/21)

池袋から西武球場行きという電車に乗るとのんびりする。とにかく終点まで乗っていればなんとかなるだろう。

半分寝ているうちに終点につく。降りるのは大半が野球観戦とおぼしき人たちだ。今日は雨模様なのにと思い彼らと彼女たちが向かう先を見れば大きな銀色の構造物がある。そうか。最近西武球場はドーム付きになったのであった。しかし私の目的地はそこではない。別の方向に進むと家族連れの会話が聞こえてくる。アロサウルスは爪が何本で、なんとかサウルスは爪が何本とか。こちらには恐竜なんとかもあるのだが、そこも目的地ではない。人の列から離れてさらに奥に向かう。すると今日の目的地山口観音である。まず山門があるがそれ自体に変わったことはない。人手が多いとも思えぬ寺なのになぜおじさんが座っているのだろう、その謎が解けたのは帰るとき。今はただ前に進む。するとこんなものがでてくる。

上にある看板を読めば

「私は新田公の霊馬です。新田公のお供を仕り、鎌倉入りして忠誠を尽くしました。(中略)私を参拝する人々に勝運と商売繁盛を授けます。」

いきなり一人称で語ってしまうところが素敵である。新田義貞の運命を考れば「勝運」はどうかと思うし、商売繁盛に至っては何の謂われかさっぱりわからない。さらに進むと本堂がでてくる。本堂自体も少し変わった形だが、正面にあるのはなにやらきらきらする物だ。

てっぺんにいる仏様が真っ白でなかなかきれい。そこから壁にそって廻るとこんなものがある。

カタカナで英語らしき読み方が書いてあるけどPraying Bellなのかな。ごろごろと回してみるが説明を信じれば108つもあるのだから全部回すわけにもいかない。そんなことをしながら本堂の裏に回るとこんな光景が広がる。

ものすごい数の水子地蔵がいるのはいいとして、なぜ龍がいるのだろう。頭をひねりながら階段を上る。すると白いお堂にビルマ仏がいる。

このお堂の側面に廻ると小さな穴が開いており、そこあらも仏様を拝めることになっている。覗いてみると確かに仏様の横顔とおぼしきものが見えるのだが、なぜこうまでしておがまねばならぬのか、などと考えながら写真を撮る。

さらに背面には「ここから硬貨を入れるとなんとかの鐘がなります」と書いてある。なにやら立派な鐘の音でも聞こえるかと思い10円玉を放り込む。直後に「カチ」とか音がしてそれでおしまい。これが鐘の音というのか。

ここまで観ていったん下に降りる。なにやらあやしげな建物があるのだ。

なんでも七福神を祀ったなにやららしく、像がまわりにわらわらいる。写真を撮ると再び水子地蔵の間を上る。上に見えているのはこんな塔だ。

八角形の五重塔。なんとも言えぬ変な形だが、今日は中にはいることができないようだ。未練たらしく窓から中をのぞくと、先ほど本堂の前にあったのと同じような電飾付きのなにやらがある。

はいれないからしょうがないと思い、仏国窟というトンネルにもぐってみる。

入り口は結構立派だが中には両脇に仏像だた弘法大師の像だかがずらずらならんでいるだけで大して面白くもない。進んでいくと駐車所に出て、そこには巨大なゲートがある。よく見るとこれもなんだか妙な形だ。

ここで観られるものはこれくらいか、と思い坂を下る。今度は龍が2匹いる変なエリアだ。ここは何に使うつもりだったのだろう。今はベンチが二つおいてあるだけだが。

下りきったところに「大日堂」という建物があるのだが、扉が閉まっている。お寺にお堂があっても何の不思議もないのだが、建物の正面にあるこれはいかがなものであろう。

始皇帝陵から出土した兵馬俑の複製品である。兵馬俑とお寺の関係などに考えを巡らしてみるがもちろん答えはでない。「何となく」というのが正解であるかもしれぬ、などと考えながら来た道を戻る。すると弘法大師の像があり看板がかかっている。さっきあった「新田公の霊馬」と同じく語り出しは一人称だ。

「私は今から千二百年ほど前皆様と同じ様に当山に参りまして、千住観音様を拝ませてもらいました。」

しかしさすがに弘法大師様として全文語るのには無理があったのか、最後の方はこんなふうになっている。

「お大師様の使はれた井戸は改修されて八十八カ所が建立されています。」

お大師様ってあなたのことぢゃあないの、と思わず脇にある弘法大師像を見ると

ああっ、すいません。不遜な事をお聞きして申し訳ないのです。許してPlease,と思わず人を謝らせるこの白く光る目はなんなのか、と思ったところで山口観音見物はおしまい。たらたらと歩き駅に向かう。そこら中、普通の民家の前まで人がでて旗を振っている。西武球場の駐車場に入り損ねた人を確保しようと一生懸命。山門に座っていたおじさんも脇の駐車場にはいろうとする人から料金を徴収していたのであった。

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注釈