映画評

1800円1080円950 円560円-1800 円
値段別題名一覧 | Title Index | 五郎の入り口に戻る


1080 円-Part14 Part13へ  | 950円へ

ジョーカー:Joker(2019/10/6)

今日の一言:信頼できない語り手の行く先は

見終わってしばらくして気がついたのだが、この映画のジョーカーは超人的な体力、知力、悪賢さ、残虐さとか一切持ち合わせていない。幼い頃のつらい体験による精神障害を持ったただの男。それだけに見ているのがつらい。

母と二人暮らし。市からの補助により医療と生活をかろうじて支えている男。緊張すると自分でも制御できない笑いに陥り、それゆえのトラブルにも巻き込まれる。仕事は派遣のピエロ。

職場仲間から「護身用に」と持たされた銃。それを勤め先で落としてしまい解雇される。其の足で乗った地下鉄で、女性が男性3人組にからかわれ身の危険にさらされているのに出くわす。そこで笑いの発作が起こってしまい。

そこから彼の生活が変わったように見える。しかしその一部は彼の妄想に過ぎなかったことが観客に伝えられる。そうだよな。あんなにうまく話が進むわけないもん。彼はただ父親にハグしてもらいたくて、バットマンの父親に会いに行く。しかし「父親」とは母親の妄想に過ぎなかった。それどころか唯一の肉親たる母親がどういう人間かを思い知らされる。時を同じくし、地下鉄の中で3人を殺害したピエロという概念が一人歩きし、現状に不満を持つゴッサム市民はピエロの仮面をかぶって不穏な動き。

そんな中彼はよく妄想の中で出演していたTV番組にゲストとして呼ばれる。しかしこれも「そんなにうまく話が進むわけない」話でもある。いやそれは一旦おいておこう。そのあと彼は人々の歓声に迎えられる。しかしそれは彼が望んだことだったのか?

そう観客に考えさせたところで画面はまた大きく変わる。そして最後にもっとあやふやなシーンにつながる。ここで観客たる私は置いてけぼりを食った。「信頼できない語り手」はいいとして、この監督は「正解」を提示する気はないのだな。

狂気と嘘と妄想に満ちた映画の世界に触れ観客がどう考えたを問いたかったのだろうか。それは良い。しかし最後のシーンはあまりに弱い。あるいは見ている側の望みが高くなるほど興味深い映画だったということかもしれないが。


アド・アストラ:Ad Astra(2019/9/21)

今日の一言:一人で遠くまで

ブラッド・ピットが宇宙飛行士役。といいながら冒頭のシーンでは「宇宙アンテナ」を修理する。アンテナだから地上に根が生えており、手を離すと下に落ちる。ブラピはパラシュートで地上まで降下することになるのだが、その間も心拍数があがらない。ニール・アームストロングのような男。

その父親はだいぶ昔に地球外生命の探索のため、海王星に向かったまま消息を絶った。ところが最近地球に頻発している異常現象(ブラピが地上に落下する羽目になったのもそのせいだ)が海王星から来ているらしい。ひょっとしたらあんたの父さん生きていて何かしているのかも、ということでブラピはメッセージを送れと言われる。

画面はとても静かで真面目に進む。それはあたかも2001年宇宙の旅を彷彿とさせる。ゼロ・グラヴィティみたいに、船外活動中にふざけているような宇宙飛行士はこの映画では登場しない。しかしキューブリックなしではあの静けさは実現できなかったのだろう。月面上での謎の強盗団との戦いとか唐突に挿入される。あれはいらなかったんじゃないだろうか。かわいそうな中尉殿。

人によっては退屈と思うかもしれない。しかし私もどちらかといえば一人でいることが好きな人だから、「一人になった。これは私にとって好ましい状況だが」というブラピの気持ちはなんとなくわかる。そして一人になったとき自分の過去がフラッシュバックしいろいろな感情が溢れることも。

考えるのは行く先にいるかもしれない父のこと。別れてしまった妻(リブ・タイラー)のこと。ロケット推進の進歩は著しく数十日で海王星に到達する。そこで父と対面するのだが。

(ここから重要なネタバレ)

ずっと恐れ、そして望んでいた父との対面。それはすれちがいのまま終わる。父ことトミーリージョーンズには地球外生命の探索しかないのだ。会う人誰からも「お父さんはヒーローでしたね」と言われる父。探査に行った仲間を殺したと知ってもなお会うことを望んでいた父。しかしその再会はあっけなく、予想と異なる形で終わる。仮に父が一緒に地球に帰ったとしても、彼の中で一旦父は死んだのだ。

そこからの「帰り道」は「いくらなんでもこの方法はないだろう」とちょっとがっかりする。そこまでは科学的にもがんばってるなと感心していたのだが。しかし最後のリブタイラーとの再会は悪くない。そこでブラピが飲んでいるコーヒー?が当たり前のことが貴重に思える。映画を見ている間自分の心が何もない孤独な宇宙空間に行っていたことを知る。

この映画では心理テストが定期的に出てくる。映画の冒頭のそれでは、自分は人に頼らずミッションをこなすとブラピが言う。映画の最後のそれは人と共に生きることを語る。彼の中で目標であり、足かせであり、片思いの対象だった父は死んだ。しかしまだ彼は生きており、そして地球には言葉を交わせる人間がいる。

2001年宇宙の旅とも、地獄の黙示録とも違う孤独な長旅。映画が終わって外にでた瞬間「ほっ」とした気持ちになった。さあ、家に帰ろう。


ロケットマン:Rocket Man(2019/8/26)

今日の一言:えっ?この曲も!

まだご存命中のエルトン・ジョンに関する映画。Based on True Fantasyと最初に字幕が出る。

エルトン・ジョンという人は今まで間接的にしか知らなかった。フレディ・マーキュリー追悼コンサートで変な格好をし、オクターブ下げてボヘミアンラプソディをうたった不細工なおっちゃん、というのが最初の出会い。そのあと「キングスマン:ゴールデン・サークル」でますます狂った姿を拝見できた。しかしこれまで意識して「エルトン・ジョンの音楽を聴く」ということをやったことがなかった。

この映画を見ている最中何度「えっ?この曲も!」と驚いただろう。たまたま聞いて「いい曲だなあ」と思っていた曲が何度も流れる。クロコダイル・ロックとかStaturdayなんちゃらとか。いや、体が動く動く。

映画の中でも言及されるが一時は世界のレコードの売り上げの数%をエルトン・ジョンが占めていたとのこと。ふえー。しかしその軌跡は驚くほどフレディ・マーキュリーと重なる。大成功をおさめるが個人としての心には穴が開いたまま。そのうち薬物と乱れた男性との関係に溺れ、、というもの。違うのは彼はAIDSに感染しなかった(多分)というところか。

この映画はミュージカル仕立てになっており、最後はエヴァンゲリオン方式の「みんなが輪になって語る」方式。思いもかけず音楽の才能に恵まれたが、両親からの愛情には恵まれず、自分なりの道を探し続けた男の姿がそこに凝縮される。うちの子供が王立アカデミーに行くと聞いたら、毎週喜んで送り迎えするがなあ。成功してからの冷たい仕打ちといい、なぜそこまでする、と思うがこれも人の在り方か。子供は親を選べないとはどこかで聞いたセリフ。どんな状況にあっても、人は自分で意味を見出さなくてはならない。

まだ存命中の人だから「アルコールは絶ったけど、買い物依存はそのまま」というのも「ああなるほどな」と思える。家に帰るとさっそくApple Musicでエルトンジョンの曲を聞き出す。


名探偵ピカチュウ:POKEMON DETECTIVE PIKACHU(2019/5/11)

今日の一言:ポケモン世界への深い敬意

無理やりカテゴリ分けすれば「子供向け」ということになるのだろうか。しかし日本のポケモン映画とは全く別レベル。

行方不明になった父に記憶を失ったピカチュウ。彼らに何が起こったのかを探っていく道筋もハリウッド映画でよく見るパターンだがしっかりしている。主人公だけがピカチュウとしゃべることができる。そしてピカチュウの声はオヤジ。なぜそうなるのか?この映画はそこも手を抜いていない

ストーリーが練られているだけではなく、登場するポケモンが見事にリアル化されている。最初予告編を見た時ピカチュウが「こんなにもしゃもしゃ?」と思ったが映画を観始めて数分で気にならなくなる。他のポケモンの造形も見事。というかこの映画見た後だと雑魚ポケモンと思っていたコダックが恐ろしくなるな。

そこから窺えるのは、この映画の製作者が多くの人に愛されるポケモンの世界に深い敬意を持ってこの映画を作ったということ。お見事。

ちなみに英語の発音がとても明瞭なので、英語の勉強にも役立つと思いますよ。


グリーンブック:GREEN BOOK(2019/3/09)

今日の一言:真面目に地味に

私が生まれた頃、人種差別が色濃く残っていた米国のディープサウス。そこで演奏ツアーを行おうとした黒人ミュージシャン。彼はドライバー兼用心棒を雇う。選ばれたのがアラゴルンことヴィゴ・モーテンセン。いや、お見事。あの痩せ型ハンサムの印象と全くことなるイタリア系アメリカ人のデブ。イタリア訛りの英語も少なくとも私にはちゃんと聞こえる。さすがプロの役者。

黒人ミュージシャンは、音楽の才能に恵まれ金持ちなだけでなく悩みの深いインテリでもある。劇中でも言われるがヴィゴの方がはるかにTrash。そんなふたりは南部を旅し続ける。最後の最後まで拳銃を出さないところが、プロの用心棒というわけだな。

「平均的なアメリカ人」という言葉ほどバカバカしいものはないと思っている。あまりにも地域によって文化が異なり平均をとることに意味がないのだ。南部で警官に止められることと、東部で警官に止められるということの意味の違いはどういうことだろう。旅先でようこそいらっしゃいました、とうやうやしく迎えた白人は、絶対に自分たちと同じトイレは使わせないし、レストランも別。

そんなアメリカをインテリ黒人とTrashな白人が旅し続ける。異なる二人が旅を通じてお互いを尊敬しあうという典型的なロードムービーであり、劇的な転換点やわかりやすい対立があるわけではない。一回だけ黒人は自分の悩みを叫ぶが、それに対してWhite Trashは何も語らない。しかし最後には観客の顔にもおだやかな笑顔が浮かぶ。お見事。

極めて真面目に作られたよい映画と思う。アカデミー作品賞を受賞するほどいい映画化どうかわからないが、そんなことはどうでもよい。


メリー・ポピンズ リターンズ:MARY POPPINS RETURNS(2019/2/02)

今日の一言:エミリー・ブラントに1000円

実は前作を見ていない。有名な映画だからところどこのシーンは何度も見たけどね。なんだか空から傘をもったお姉さんがが降りてくるのでしょう。

というわけで見始める。舞台はロンドン。冬だからそらはどんより。そこに明るい歌を歌う街灯係のお兄さん。そのアンバランスさがちょっと面白い。

前作子供だった男が大人になり、子供が3人。しかし妻は死別してしまったらしい。このパパのダメ男さ加減を見ているとイライラする。借金し特に理由もなく返済を怠ったがために家を差し押さえられる。うん。それはしょうがないよね。そこまでやっておいて「よよよよ。奥さんが生きていれば」とか、あんたバカ?

でもって差し押さえする銀行の頭取がコリンファース。なぜ彼がそうも差し押さえたいのかも「もうかるから」ではよくわからん。最後種々の事情によって時間をかせがなくてはならない。街灯係の一団がビッグベンによじのぼって一生懸命するのだが一歩及ばない。突然メリーポピンズが空を飛びあっさり助ける。あんた最初からそうしなさいよ。メリル・ストリープもどう考えても余分としか思えぬし。というわけで昨今のディズニーの伝統に従い話の筋はどうにも弱い。

しかし

そんな不満を忘れさせてくれるのが、私が最近愛しているエミリーブラント。彼女はまず立ち姿が美しい。背筋がすっと伸び、キリッとした立ち姿は原作に近いという「ツンツンしたメリーポピンズ」にぴったり。そして踊りの素晴らしいこと。長い手足を存分に活用して見事なダンスを披露する。歌は今ならどうとでも上手にできるが、この踊りまでは(多分)CGでなんとかはならんだろう。彼女がでてこない場面でも群舞がすばらしい。

というわけで、この映画に支払ってもいいと思う1080円のうち、1000円はエミリーブラントに払いたい。彼女を見ていると、邦画にでてくる歌も踊りも演技もできず静止画すら作れない「芸能人」とは一体なんなのかと思えてくる。


 Part13へ  | 950円へ


注釈