Pokemon Go廃人の歌

Pokemon Go廃人の歌

五郎の入り口に戻る

出張中である。いつもなら朝6時にオフィスで働き始めるが、今日は9時半にならないと仕事が始まらない。だからあと数時間は寝ていられるのにいつも通り目が覚める。二度寝しよう、と布団をかぶるが目は冴えるばかり。しかたがない。

起きてまずやることはいつも通り。iPhoneでPokemon Goを立ち上げ周りのジムの状況を確認する。Pokemon Goでは実際の世界のいろいろな場所にジムとかポケストップとかいうものが設置されている。現実世界でいくら目をこらしてもそれらは見えないが、スマホで立ち上げたアプリ画面の中には存在している。このゲームをするためには、実際にその場所に行かなければならない。つまり道を歩きまわる必要がある。ソファーに寝そべって指だけ動かしていればいいわけではない。

近くの公園にあるジムは私とは違う色のタワーになっており(この言葉が何を意味するかは無視してもらっていいです)手が出ない。少し離れたジムならレベル3なのでそちらに向かうことにする。たかが10ポイント、されど10ポイント。毎日地道に稼ぐことが重要。

通りにでてぷらぷら歩き出す。泊まっているのは長年両親が住んでいる実家。この付近には長く住んでいたはずなのだが、ジムやらポケストップを探しながら歩いていると「をを、こんな家があったのか」と驚くような発見がある。大きな建物があるからなにかと思えば、針灸院だったり、宗教団体の施設だったり。感心しながらPokemon Goの世界のジムにたどり着く。現実世界では車のディーラーになぜか置かれている親子のキリン像である。

レベル3のジムだし、難敵のハピナスもいないからすんなり陥落させられる。自分のハピナスを置くと、今日のボーナスポイント獲得(くどいようですが、ここは「何かしてるのね」と読み飛ばしてください)。任務完了、さあ帰って二度寝しよう。

てくてく家に向かって歩いている時ふと気がつく。坂道の途中に腰の曲がった女性が立っている。歩き疲れて休んでいるのか。女性が視界から消えようとした瞬間気がつく。彼女は靴を履いていない。靴下だけ。

そのまましばらく歩き続ける。彼女は助けを必要としているのだろうか。ならば手を差し伸べるべきだったか。とはいえ誰か他の人が通りがかってくれるかもしれない。そうに違いない。ちょっとまて、そんなわけあるか。平日の早朝だし人通りが多いエリアではない。そもそも貴様は家に帰ったって二度寝するだけだろう。もしこのまま進めば「なぜ戻らなかったのか」という後悔が何度も何度も自分を責めるぞ。

くるりと方向を変え、来た道を戻る。そして先ほどと同じ位置に立っている女性に話しかける。

「どうかされましたか」

彼女は言う。何か当番を頼まれたので出てきたが、道がわからなくなってしまって、と。そうですか。お宅はどこですか、と聞くと住所を教えてくれる。少しお待ちください。いまスマホで探しますから。表示された住所はここからかなり遠い(後から知ったのだがこの検索結果は間違っていた)。しかしとにかくそちらに向かうしかない。では行きましょうか、と言うがどうみても彼女はそこまで歩けそうに見えない。いえ、歩けます。この坂を2回くらい登ったりしたのですが、と言う。近ければおぶっていこうかと思っていたが、彼女はそうしたくはなさそうだ。「NHKの社宅の近く」とも言われるが、私が知る限り今この近辺にNHKの社宅はない。かつてはあったのかもしれないが。

わかりました。タクシーを呼んで来ますからここで待っていてください、と言って走り出す。大通りにでればタクシーがいるだろうと思っていたが、そのうち気がつく。こんな時間にタクシーが走っているわけがない。そもそもここらへんは交通量が少ないのだ。どうしよう、と絶望しかかった数秒後に

「実家に戻って車を持って来ればいいじゃないか」

と気がつく。方向を変えて走り続ける。膝を痛めやすくなっているのだが、幸いなことに実家までもってくれた。鍵を掴み、車に乗りこむ。

ハンドルを握りながら「私は場所を覚えているだろうか」と不安になる。あやふやな記憶に辿って走り続けると、先ほど難なく歩いて通った道は一方通行の罠に満ちていることを知る。ぐねぐねまがっているうち先ほどみかけた巨大な針灸院をみつけ一安心。あの近くのはず。

「居てくれ」

と祈るような気持ちになりながら角を曲がる。女性は先ほどと同じ位置にいるが、少し姿勢が崩れている。でも間に合った。車を止めると「お待たせしました。どうぞ乗ってください」と声をかけるが、かなり急な坂の途中であり車に乗り込むことすら容易ではない。手伝おうとすると、それはいいと言われる。座席を下げ乗り込みやすくする。ほどなく女性は助手席に座った。ふと

「これは誘拐とか言われないか」

と妙なことを心配する。しかしそんなことを言っている場合ではない。とにかくこれで移動できる。私は運転席に座ると女性のシートベルトを締め発車する。おうちはどちらですか?と聞くとこう言っては失礼かもしれないが、ちゃんとした答えが返って来る。言われた通り走り、

「そこを曲がっていただいて。でも道になんかいろいろ置いてあるから」

と言われる。覗き込んでみるが、そうした障害物はない。突き当りが家ですから、と言われる。確かに言われた通りの苗字の表札がかかっている。やれうれしや。彼女は「もう大丈夫ですから」というが、とてもそうは見えない。玄関までお送りしますと彼女の手をとって歩き出す。

「鍵もかけずにでてきて、心配なんです」と彼女が言う。そうですねえと扉を開けようとすると鍵がかかっている。鍵持ってます?と聞くが彼女は持って居ないと言う。近くのマンションに子供が住んで居ると言い、電話番号を思い出そうとするが、4ケタ目からかなりあやしい。

「ではお子さんのマンションに行きましょう」

と提案する。再び車に乗り込む。道が行き止まりとなっておりバックで戻るしかない。ここで運転を誤り側溝にはまり込んでは大変。そもそもなぜ前進するときと後進するときでこうも運転の難易度が違うのだ、などと考えながら後退することしばらく。無事に広い道路にでる。彼女は「そこを右でも左でもいいです。でも車線を考えたら左かな」と、とてもしっかりしたことを言う。左に曲がると黒い風格のある木造の塀が続く。ここすごいですね、というと●●の社長さんの家です、と教えてくれる。

そこをすぎ角を一つ曲がるとマンションがある。ここです、と言うがどうも彼女の声に力がない。マンションはマンションでも別のマンションではないか、と何度か確認する。すると彼女は再び電話番号を思い出そうとする。言われた番号にかけてみると眠そうな男性の声が聞こえる。●●さんですか、とお子さんの名字を言うが違うと言われる。謝罪して電話を切る。

ここの3階にいるはずです。管理人さんに聞いてみてください、と言われる。しかしこの時間帯に管理人さんがいるとは思えない。困ったなと思いながら入り口に行くと、幸いなことに各部屋に住んでいる人の名前が一覧になっている。3Fをみるが、彼女が言った名前はない。やはり違うのか、と他の階をみると、1階に言われた苗字がある。車に戻り

「3階ではありませんが、1階に言われた苗字の方が住んで居ます」

と言う。とにかくそこに訪ねてみようということになる。まだ時間は朝の6時台。違ったら迷惑と思うが、今はそんなことを言っている場合ではない。インターホンを鳴らす。部屋の中で音がすると扉が開いて男性がでてきた。

「あの、お母さんいらっしゃいますか」

と言った直後これでは訳がわからない、と思い直す。いや、今朝散歩しておりましたら、と経緯を説明する。するとどうやら正しいお宅を訪問できたようで、

「着替えてすぐ行きます」

と言ってくれる。車に戻ると

「すぐいらっしゃいますからお待ちください。よかったです」

と言う。運転席に座って待つがなかなか出てこない。あれ、俺ちゃんと言ったかなとか不安になる。もう一度行った方がいいだろうか。でもここで行き違いになってもなあ。などと考えながら座っていると男性がでてきてくれた。「母さん、どうしたの!」と男性は驚いたように言っている。私はこれでほっと一安心。彼女が車から降りると男性に「良かったです」と言う。男性は「あのお名前は、お礼をしなくちゃ」と言うが私は「いえ、うちの両親も高齢ですしとても他人事とは思えなくて」と答える。ちょうどそのとき別の車が発進しようとしており、我々はその場所をふさいでいる。「失礼します」といってその場を去る。

とても心配性なので、「この帰り道に何かにぶつかったりしたら台無しだな」と思う。いつも以上に慎重に運転し、幸いなことに何にもぶつからず実家の車庫に車を止めることができた。

そのうち父と母が起きて来る。朝食を食べながら、こんなことがあったのですよ、という話をする。すると異口同音に

「明日はわが身だな」

と言う。女性の言葉によればお子さんは仕事をリタイアしているとのことだったから我が家より10年くらい年上の家庭なのだろうか。男性の様子からしておそらく今回のような出来事は初めてだったように思える。今回は彼女の指示がしっかりしておりちゃんとお子さんの家にたどり着いたが、もしそれができなかったときは警察に行くしかないのだろうか。そうだろうね。考えてみれば祖父(父の父だ)は何度か徘徊して、その度に父が飛んで行った。今回息子さんがすぐ近くに住んで居たからよかったが、考えてみたら俺遠くに住んでいるよな。

などと会話しているうち母に言われて気がついた。私が

「平日の朝異常に早起きし、時間をつぶすためにPokemon捕まえながら歩いて居た」

のは非常に幸運だった。仮に私が通勤途中であったとしたら彼女の姿をみて気になったとしても、「誰かが声をかけるだろう」と通り過ぎるしかなかっただろう。いい年をした男が平日の早朝にPokemonを捕まえながらぶらぶら歩いているのは、普通に考えればまったくけしからん。しかしそれゆえに役立つこともあるのだな。

そんなことを考えているうち音に気がつく。窓の外をみれば雨が降り始めている。