題名:Polypus&JMS Live1999/12/19

五郎の入り口に戻る

日付:1999/12/21

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その日

さて、当日。大坪家の朝はとてもアカデミックに始まる。ゴハンを勝手にそれぞれが食べると、それぞれのお稽古ごとを始める。父と母は以前は社交ダンス一本槍であったが、最近はお仕舞いに凝っているようだ。私にはお仕舞いだかなんだかは全くわからないのだが、この分野に関しては母のほうがはるかに先輩のようで、父に対してあれこれ指導をしている。

そして私は私で一番最初の曲の「日本印度化計画」のしょっぱな、後ろを向いた体勢からぐるっと前を向く練習に余念がない。ここは昨日の練習でさんざんやったが、最後までちゃんとタイミングが合わなかった動きだ。しかし昨日練習の帰り道にあるアイディアを得た私はその動きを実戦してみているのである。私が歌詞の最初をくちずさみながらぐるっと回るところをみて母は腹を抱えて笑っている。どうやら母の目から見ると私の動きはどこか父の動きと通じるところがあるようなのだが、私としてはお仕舞いの動きとハードなロックの動きのどこに共通項があるのかさっぱりわからない。

しかし音楽に合わせて動いている、という点では共通しているし、少なくとも両親がやっているほうの踊り(の類)はどこに出しても問題なくアカデミック、という評価を受けるに違いない。そう思えば大坪家は「朝から音楽と優雅な踊りが満ちた家庭」と言えないこともない。

母の「がんばってねー」という言葉を背に家を出た。どうやら母は観に来たかったらしいのだが、残念ながら別の用事があるそうだ。昔笑っていいともにサンプラザ中野が出演したとき、客席に彼の母親が来ていて、手を振っていた。私は「なんだあれは」と言ったが、母は「あたしもあんたがTVにでたらカメラもって見に行くと思うわ」と言った。今日だって母の用事がなければ、両親は観客席から手をふっていたのかもしれないのだ。後でバンドのメンバーにこの話をしたら「大坪の母親を観てみたい」という声がそこかしこで聞こえたが。

さて、地下鉄でまず名古屋駅に行くと、帰りの切符を買ってしまう。明日は月曜日で、やることはたいしてないのだが、朝一番にやっておくべきことがある。稼働時間はとても少ないのだが、行かざるを得ない。そこから伏見にとってかえす。頭の中になんとなくいれてある今日の場所を思い浮かべながらぶらぶらと歩いていく。するとヒルトンホテルの前でどっかでみたような姿の女性を見かけた。ハナちゃんである。彼女は厳重に着込んだ上にちゃんとマスクをしている。なんでものどが弱いので大変気をつけているとのことだ。

二人でつれそって今日の場所に向かう。その昔世界一周を成し遂げたというヨットマンがいた。子供の名前はエリカであり、ヨットの名前はエリカ号だ。そして彼は今このレストランのオーナーとなっている。ここには今を去ること数年前に一度宴会で来たことがある。みんなで飲んでいたらオーナーが挨拶にきてくえた。まさかここにもう一度訪れ、そして自分がバンドで演奏することになろうとは、いつものことながらどんな縁でどんな場所に戻ってくるかは解らない物である。

扉とおぼしき場所を空けると、中にはいる。今日は知らないバンド同士が集まって一つのイベントをするのであるから、お互いの礼儀というものに気をつけるべきだ、となんとなく思っていた。そして朝であるから(10時だが)「おはようございます」と言って中に入った。

中には人影があった。しかしそれらはだいたい椅子の上に寝ていたのである。私たちが入っていくとその人たちは立ち上がって「おはようございます」と言った。私は少し驚いた。なんと昨日の晩から徹夜でリハーサルをしたバンドがいるのであろうか?しかしその疑問は数分後に氷解した。彼らはこの店のスタッフだそうで。

さて、それからしばらくぼーっとしていたら、ここに荷物をおいてください、と言われてある部屋に案内された。しかしなかなか人はやってこない。どうしたものやら、、と思ったらようやく人が集まってきた。どうやらPAを運んで来てくれたその店の人もいるようなのだが、「これはどうすればいいのでしょう?」などと聞かれてもこちらも指示を待っているような状況である。

そんなこんなをしている間に、ようやく人が動き始めた。どうやら機材を運び込むようだ。何度か階段を往復して搬入を手伝う。一通り搬入が終わると一部屋に集まってミーティングだ。まず主催者バンドであるところのRascalのVoが挨拶をした。その後には各バンドの挨拶である。Polypus&JMSからは私が挨拶した。もっとも「Polypus&JMSです。何かいうんですか?ああ。これだけでいいですか」と言っただけなのであるが。次々と行われれるバンドの挨拶を観ているとどうやらお互い顔見知りのバンドもあり、全く初対面のバンドもあり、といった様子である。うちのバンドはYDつながりで多少は他のバンドともつながりがある、といったところであろうか。

さて、そこから女性はチラシの折り込み、男性は会場の設営である。まず最初に「どこにドラムを配置するか」ということで、10分以上に渡るディベートが行われた。RascalのVo,とBassの間の配慮が細かいんだか、よくわからないんだかの討論である。うちのTKさんは「会場の配置くらい決めておけよ」とぶつぶつ言っている。私は「これが民主主義というものざんしょ」と言った。

実際私にはこうしたディベートは懐かしかった。実に小学校や中学や高校のころを思い出す。何故それからこうしたディベートを聞かなくなってしまったのか。会社に入ってからはだいたい身分の上下というものができてしまったから、「まあ上役の言うとおりに」ということで丸く収まることが多くなってしまったからかもしれない。

さてその論戦にどう決着がついたかまともに聞いていなかったが、とにかく会場の配置が決まりだした。それとともに私のような肉体労働者の出番も少しはでてくる、というものである。いつもながらこうした多少無統制な場所ではそれぞれ個人の性格、というものが結構あらわにでて興味深い。手伝おうという意図はあるのだが、ずっとつったっている人間。とにかくぼーっとしている人間、色々である。私は適当にちょろちょろと荷物を運んだり、座り込んでさぼったりである。その間中行われれている議論を聞くと「この席ではお客様が観にくい」とか「この配置では、この柱の影に座ったお客さんが気の毒だ」とかずいぶんとお客さんのことを気遣った発言がとびかっている。なるほど。ちゃんと配慮が行き届いているのだな、と思うとともに我々は(つまりPolypus&JMSのメンバーだが)

「うちのバンドって誰が来るんだ?」

「客席って長テーブル一つで十分なんじゃねえか」

とか話をしていた。たとえばYD所属する4xXなどでは、彼らの演奏を楽しみに見に来てくれる固定客もいるようだ。うちのバンドは基本的に今まであまり知らない人の前ではやっていないので、知っている人は来るだろうし、知らない人は来ない。であればわれわれが声をかけた人数以上には人は来ないわけだ。

などという会話をしていうと、実はもう一人の男性ボーカルであるところのHOKが一族郎党計8名を呼んでいることが判明した。となれば、我々が演奏している間はまさしく内輪の非常にバラエティに富んだ年齢層の人が集まることであろう。

さて、会場の設営が一段落すると、少し暇な時間である。これからは主催バンドであるところのRascalがリハーサルをかねて、セッティングを行ってくれるのであるが、実は今までこうしたことには立ち入った事がないし、手伝う必要も無かろう。女性はどうしているのであろうか、と思って部屋の中にはいっていけば、セッションで歌うモーニング娘のラブマシーンを特訓の最中である。この歌ではほとんどすべてのバンドの女性がボーカルとして参加しているのであるし、おまけに振り付けも重要な要素だから、練習には余念がない。元々参加する予定はなかったが、いつのまにかハナちゃんも引き込まれているようだ。

ふとタイムテーブルを確認すれば、我々のリハーサルまで1時間近くはある。しかし主催者が「時間が前後しますから、あまり長く外にいかないでください」と言っている。我々は三々五々何かを買ってきてそこらへんでばくばく食べることにした。

部屋の中には数分にわたって「てすてす」とか謎の言葉が響いていたが、そのうちようやくRascalのリハーサルが始まったようだ。このバンドは我々のようなコピーバンドではなく、ばりばりのオリジナルをやるところであある。ちゃんとしたメロディーが流れ出すとみながぞろぞろ出てきて観ている。私は今までリハーサルというのはまあがんばって演奏していればいいものかと思ったのが、そうはいかないようだ。皆客席の方にでてきて、観客にどう聞こえるかをチェックしている。そして「キーボードが全然聞こえない」とか「ベースが出過ぎている」とかあれこれ言っている。実は別のバンドで同じ様な調整をやったことがあったが、ちょっとだけつまみをひねっって「はいOK」にしてしまった。さすがに気合いのはいったバンドというのは違う物だ(私がいい加減すぎたのかもしれないが)

さて、そうこうしながらRascalの演奏を聴いて彼らの演奏に感心するとともに、私は少しだけ安堵感を覚えていた。今朝始めてミーティングで顔を合わせて以来というもの、自分たちがとびぬけてへたなのではないか、という恐怖感にさいなまれていたのである。4xXを除いてしらないバンドばかりだから、力量の程は全くわからない。しかしたとえば私たちの次に演奏するはずのカプリコというバンドは「スタジオのスタッフが集まって作った一発バンドです」とか言っている。私が知っている限り、スタジオのスタッフの方というのは皆大変上手に楽器を演奏するし、だいたいカウンターの中でいつもギターなどの練習をしている。すると次のバンドは大変上手かもしれない。そう思ってみるとどのバンドも大変上手そうに見える。振り返って割れと我が身を考えてみるとうちは月1練習バンドであり、今まで他のバンドと一緒に演奏などしたこともない。

従ってもしここでRascalの腕前と我々の腕前が隔絶していることが明白になったら(少なくとも)私はこっそりと裏口から逃げ出したい衝動に駆られていたかもしれない。しかし彼らは確かにうまいが私が逃げ出したくなるほど差があるわけでもないようだ。特に我々はしょっぱなだから前座と思えば気が楽だし、、というわけでしばらく逃げ出すのは中止にしたのである。

このリハーサルの間に、控え室の方では、モーニング娘のリハーサルに熱が入る。このセッションでのギターは4xXのSG−2とStoneである。SG−2はスタッフルームで練習をする女性達と一緒にギターを弾いている。そこに昼食を抱えてStoneが戻ってきた。私は「あそこでリハーサルをやっているよん」と言った。Stoneはさっそくギターを抱えてリハーサルに合流である。

さて、その後は他のバンドのリハーサルが続く、、はずなのだが、最初のバンドでいきなりキーボードの音がでずにだいぶてまどった。元々結構スケジュールには余裕を観てあるから今のところなんとかなっている。さて、私はふらふらと上着をきて歩き回っていた。この最後の瞬間に風邪を引きたくはない、という配慮からである。ふとみるとハナちゃんが、腕を組んで「ぶるぶる」している。Hiと言ったら、「なんだかからだがふるえてきて居るんですけど」といって緊張している面もちだ。私は「まだ本番までには2時間あるし、緊張を起こす化学物質というのはあまり緊張しすぎるとネタ切れになるから、今のうちにがちがちに緊張しておけば本番は楽勝だよ」とかなんとか言った。本当の事を言えば、彼女は本番になればちゃんと歌うだろう、と思っていたのだが。

私はと言えば歌のウォームアップというよりは、動きのウォームアップに忙しい。昨日の練習中に気がついたことであるが、ステージ上でぴょんぴょんと動こうと思えば、事前に或程度体を動かしておく必要があるのだ。ありがたいことにRolling Stonesのコピーバンドが練習をしている。私はぴょろぴょろと踊っていた。こういう事をやっていてもあまり非難を受けないであろうことが、こうしたイベントのいいところだ。

さて、そうこうしている間に次は私たちの番になった。みんなに声をかけて、ステージの横で待機である。「本番もよろしくお願いします」という声とともに前のバンドはお終いとなった。次は私たちの番だ。

リハーサルはセッティングの調整も含めて10分しかない。他のバンドをみていると、キーボードを入れ替えて、あれこれやっているだけでかなりの部分を使い果たしてしまうようだ。我々のバンドは基本的にセッティングがかなり簡単なので、思ったよりも入れ替えはスムーズだ。皆が準備したところで、早速歌の開始である。

リハーサルに使う曲は、静かな曲とうるさい曲両方ということになっていた。というわけで、一番静かなChange the worldをまず最初にやってみる。

この曲はHOKがVoだから私とハナちゃんはコーラスである。ふらふらとしていて、コーラスの部分になるとハナちゃんからちゃんとした声が聞こえてくる。さっきまでふるえているとか言ったのもどこへやらだ。我々がふれふれとしているとYDが所謂「返し」のスピーカーをこちらに向けてくれた。そのときに気がついたのだが、4xX のメンバーが客席の位置にいてあれこれバランスとかを観ていてくれる。ありがたいことだ。

曲を途中で止めて次のにぎやかなChina Groveである。今から思って言えることだが、この曲でも私は暇だったから客席の位置に行ってバランスとやらに気を使うべきだったのだ。しかし当時の私はそんなことに関して全く思いがよらなかったし、何が大きくて小さいのか今ひとつわからない。というわけけで(別に役に立たなかった言い訳をするわけではないのだが)私がふらふらしていても同じ結果に終わったであろう。

2曲目がだいたい終わった(と私が思ったところ)で私は手をふって演奏を止めた。ちょうどギターソロに入ったところだったので、 Stoneは下を向いて自分の世界に入ってしまっている。私は下からのぞきあげるようにし、ドラマーが「どんどん」と叩いてようやく演奏は終わりになった。私はさっき他のバンドを観て覚えたばかりの挨拶「本番もよろしくお願いしまーす」と言って頭をぺこりと下げた。

終わるとYDが来て「よかったですよ。コーラスもあっているし。」と言ってくれた。私は「いやー、YDさんにそんなことを言われてしまうとてれてしまうな」と本気にはとっていない返答である。実際ここでどんなにひどかろうが、もう今更なんともならない。であればとにかくおだててご機嫌にするしか手は無いわけだ。それに私は彼らのバンドがとてもすばらしいテクニックを披露してくれることを知っている。しかし後で明かになったことだが、彼はおそらくこの時かなりの安堵感を覚えていたのではなかろうか。その後MNさんに合ったら

「スネア(一番たくさんたたく太鼓のことである)がでかいと言われた。どうすればいいんだ」

とぶつぶつ言っている。実際ドラムだけが人工の増幅器を通していないから音量の調節はつまみ一つ、というわけにはいかないし、彼の腕には鋼鉄がはいっているからその音も筋金がはいっているのである。私は「まあ気にしなくていいんじゃないの」と言った。

さて、そこからリハーサルはしゅくしゅくと続く。普通のバンドが終わりになると今度はセッションバンドだ。私にとっては今日が初めて人前でこの曲を歌う機会である。他のセッションバンドを観ていると、とても今日初めて合わせたとては思えない程だ。うちのバンドの番になると、あちこちのバンドから三々五々メンバーが集まってくる。ドラマーが「素人ですから」と言った。他のメンバーは「いや、われわれは素人でなければなんだというの、、、」とかなんとかぶつぶつ言った。

前にも書いたが私はこの曲を演奏するにあたってちょっと懸念事項があった。最後のところの構成がちょっと変わっていて今ひとつ解りづらいのである。このときはちょっとあやしげな気配があったがとりあえず最後はちゃんと合った。私はご機嫌になった。そして頭をぺこっと下げてリハーサルはお終いになったのである。

 

さてとうとう理論上は「開場」となり、観客が入ることができる時間となった。トップバッターは誰あろう私たちのバンドである。

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注釈