題名:GALのいない世の中なんて

五郎の入り口に戻る

日付:1998/1/3

修正:1998/6/8


GALのいない世の中なんて:

いまだにあるのかどうか知らないが、私が学生の時には「ぴあ」という雑誌を愛読していた。そしてその雑誌の欄外には「はみだしYouとPia」というコーナーがあった。

このコーナーは早い話がちょっとしたおもしろい話が載っているところなのである。。。(と書いていてこの分類が適当かどうかわからない)そのなかには思わず腹を抱えて笑ってしまう内容あり、おもわずうなる内容あり。。。その傑作選にも載せられた作品の中に一つ忘れがたいものがある。

----------(引用開始)-------------

電車の中での女子高生二人の会話

「ねえ知ってる?ソ連で原爆が落ちたんだって」(注:当時チェルノブイリ原発事故が大きく報道されていた)

「うっそー?」

「本当だよ。テレビでいってたもん」

「じゃあ学校休みになるかもね」

(ふたりそろって)「ラッキー!」

---------------(引用終了)-----------------

とはいってもこの傑作を私が引用したからといって、世間一般の女性に対し私が何かを言っているとは思わないでほしい。ただ私はこの作品が好きなのである。(世の中の人の同意を得られるかどうかわからないが)

実のところ(先ほど「世間一般の女性に何かを言っているとは思わないでほしい」と書いたばかりなのに、一般論を始めるのもなんだが)こうしたタイプの女性はまことに世の中で無敵である。彼女たちは何物も畏れず世間を進んでいく、、(あるいはこの表現は不正確かもしれない。彼女たちには彼女達の「畏れ」が存在する。ただそれが私の「畏れ」とはちょっとずれているだけだ)

なぜかという理由は説明がしにくいのであるが、この作品を読む度に思い出すせりふがもうひとつある。今度は少女漫画からの引用だ。これまた非常な傑作を数多く世の中に生みだしている「松苗あけみ」という漫画家の傑作「純情クレージーフルーツ」という作品。そのなかで女子校の教師が女生徒同士の会話を偶然耳にしてしまう。。。

女生徒1「だって女生徒2の好みって○○先生なんだもんねー」

女生徒2「いやよ!こんな3流女子校の教師の妻の座なんて!」

女生徒1「大丈夫よ。あの人すごくいい家の息子らしいわよ。」

女生徒2「でも長男なんていや。」

当の○○先生(あいかわらず陰で聞いている。深いため息の後に)

「全く。あれが女だ。時代が社会だどうだろうとやつらには関係ありゃしない。」

この部分だけ抜き出してもちょっと感じがうまくつながらないかもしれない。(是非原作を読んでみてください。とはいっても私は出版社や作者のまわしものではないですが)しかしなぜか私はこの教師のせりふと先ほどのはみだしYouとPia の傑作の間になんらかの共通点を「感じて」しまうのである。

そう。彼女たちは時代を超え、世間の流行や風潮を(一見おいかけているようでありながら)超越したところをひたすら進んでいく。そしてそのことに思いをめぐらせるとき、(これまたなぜとは説明ができないが)

「かなわない」

というせりふが心の中に思い浮かぶのを止めることができないのである。

さてこの「時空を越えるGAL達」のもうちょっとおおげさな例をあげてみよう。

これまた一時の流行だったのかもしれないが、「女性の海外進出」がもてはやされたときがあった。たぶん平成初期のバブル経済崩壊後の深刻な不況、それによって引き起こされた就職難(特に女性の)が背景にあったのだろう。日本で「差別」をうけて就職がないのならば、なぜ日本にこだわる必要があるのだろう?どんどん海外に進出すればいいではないか。海外には男女が平等に活躍できるフィールドがある。ってな感じの論調だった記憶がある。

それでもって雑誌が特集をくめば「しなやかに自分らしく輝いている」成功例の特集が載るわけだ。曰く香港で成功、曰くシンガポールで成功etc..

当時の私はこういう傾向にちょっと反感を抱いていた。なんだこの「ふわふわした女」をあおるような特集は、というやつである。

また当時私の知り合いの女性にこうした海外進出を企てる友達を、声をはずませて賞賛する人がいたこともその反感に拍車をかけていたかもしれない。私自身はとても臆病で日本にいるのが好きな人なので、「海外に確かにチャンスがあるかもしれない(ないとは言わない)しかしそれにともなうリスクをちゃんと考えいるのか?」と何度も彼女に言っていた気がする。(当然のことながら彼女は全く聞く耳をもたなかったが)

たとえば彼女の友達の一人は香港で活躍するつもり(なにをするつもりだったのか知らないが)だと言った。私は1997年の返還を前に香港を逃げ出そうとしていた香港人を何人か知っている。香港人が逃げ出そうと言うところにわざわざいくとは。。。彼女たちが「香港人の中には逃げだそうとしている人もいる」ことを知っていくのならば問題はないが。。

と当時の私は考えていた。

そしてこうした「ふわふらした女」が向こう見ずな海外進出など企てるのはきっと最近の風潮であろう、などと漠然と思い浮かべていた。


さて月日は流れ。。。そしていつしか私は次の就職先も決まっていないのに会社を辞めることになった。ちょっと前までは「会社を簡単にやめるのはけしからん。おまけに次の会社が決まらないのに辞めるなんてのは愚の骨頂だ」と公言してはばからなかったはずなのだが。。。これだからあまり偉そうなことをいうのは考え物である。

時間ができた私はあちこちの本屋を回ってめについたおもしろそうな本を読んでいた。

そして「時空を越えるGAL 達」という概念は「海外進出」についてもあてはまることを発見したのである。なにも「向こう見ずな」海外進出を企てるのは昨今の女性の専売特許ではなかった。

石油技術者たちの太平洋戦争」という本が私の「偏見」をただしてくれた。

本の内容は「参考文献一覧」を参照してもらうこととして、私がとりあげたいのはそのなかで「南方進出」をくわだてた「君江」という女性である。要所を抜粋して説明してみよう。

 「父親は横浜の税関に勤務していた。(中略)そのため、幼心にも「いつかはああいう船に乗って自分も外国に行ってみたい」と思いながら育った。大陸の会社を希望したのは、その思いからである。華北交通への入社を断念し、自動車部品を製造する会社へ兼務するようになったが、海外へ雄飛したいという気持ちを捨てたわけでなかった。その年の秋も深くなった頃だったか、ある新聞にのっていた南進女性の活躍ぶりを紹介した記事に君江は目を留めた。蘭印ジャワ等のバタビアで働く女性のことを書いた記事である。定かな理由があったわけではないが、「満州も悪くないけど、蘭印も悪くなさそうだ」と何か惹かれるものを君江は感じた。」

というわけで彼女の「海外進出」へのきっかけは、育った環境もあるだろうが、女性雑誌に載った「海外でしなやかに働く女性達」の記事に触発されるのと基本的には変わりはない。そこから彼女の努力が始まる。

「6月7日付の朝日新聞の夕刊である「お嬢さん部隊、昭南港へ一番乗り」という見出しで、(中略)生来海外の好きな君江の南進熱はまたしても首をもたげてきた。」

「陸軍省整備局で海外派遣を前提とした女子事務員の募集をしていることを教えてもらったのは、ちょうどそのころであった。」

「正式採用になったむねの整備局燃料科発信の11月30日付け公用速達が届いたとき、(中略)そこで初めて姉の口から父親だけに真相がつげられた」

「翌朝親族会議が開かれた。母親はひとり、「ねえ、君江をあきらめさせてよ、なんとかしてちょうだい」と親類のだれからかまわず説き伏せていた。しかしもうなにを言っても無駄なことはだれもがわかっていた」

仕事をみつけ家族の同意をとりつけた君江は結局パレンバンの精油所に勤務することになる。そこには前の征服者が残していった豪華な生活設備が残されていて、日本ではとても望むことのできない、豪華な生活を営むことができた。。

しかしそういった生活は長くは続かない。日本の敗戦とともに彼女たちはインドネシアの独立運動、あるいは単なる混乱、をさけるためにあちこちを転々とする生活をよぎなくされる。そしてある夜インドネシア人の襲撃があった。

「こわごわ外を見ると、ほふくしてくるインドネシア人たちの姿が、星明かりのなかにはっきり浮き出され、君江は足がすくんだ。医務室の中はすでに修羅場であった。(中略)君江も臨時看護婦であった。頭の中では何か手伝わなくてはと思うのだが、実際には体は動かずどうしてよいのかただうろうろするばかりであった。役に立たないばかりではなく、負傷者が絶命するのをみておいおい泣き出すに至っては「こんなところで泣いてどうなるのだ。負傷者によくない。向こうへ行ってろ」と田中医師や稲次薬剤師にどなられる有様であった」

そうした彼女も昭和21年8月に日本に帰ることができた。

「せみしぐれの嵐の中3年半ぶりに故国の土を踏んだ君江は安堵感から腰がへたへたとする思いであった」

 

ここに彼女に関する部分を長々と引用したのは、彼女が別に特別な女性ではなくて、現在でもそこかしこにいるのかもしれない、女性であることを示したかったからである。あこがれから(まわりからみれば無謀な)海外進出を果たす。かといって別に超人になったわけではない。負傷者を目の前にしておろおろ泣き出す。きっと同じような経験をしている女性は今も私が思っているよりもたくさんいるに違いない。

さて「時空を越えるGAL 」の例を漫画と本からもう一つ。

週間モーニングに連載されている大阪に住んでいる一家をとりあげた傑作がある。そのなかに、姉妹がパーティーのビンゴで思いがけずイギリス旅行を当ててしまう。その時の二人の第一声

「なに着てこ!」

とりあえず彼女たちにとってはそこでなにを着るかが問題なのだ。

さて今度は第2時大戦中の女の子の話

決戦機疾風航空技術の戦い」という本のなかに、終戦時に工場で玉音放送を聞いた女学生がなにを真っ先に協議したかが載っている。

「放送が終わってから仲良しのクラスメート達と話し合った。そこは女の子、話題はまず明日からの服装をどうするかについてだった」

戦争が終わったからもうズボンも防空頭巾も必要ない。といって、ワンピースで出勤した彼女たちは大勢の女子職員につるしあげを食うことになる。しかしその結果は別に問題ではない。終戦という未曾有の変化においてまず「なに着てこ!」を心配する彼女たちの姿は、チェルノブイリ原発事故という人類未曾有の原発事故にあたって、「学校休みになるかもね。ラッキー!」という女性達の姿とどこか重ならないだろうか?

繰り返しになるが、私がこれらの例をあげたからといって、女性一般について何かを言っているわけではない。しかし私はこうした「時空を越えるGAL」達をよくはわからないが愛しているのである。

 

さてこの文章を最初に書いてから、しばらくたって、また追記するに足る記述に巡り会った。

ある日私はガリバー旅行記を読んでいた。この小説はよく知られているように少年少女向けの物語ではない。風刺文学という範疇を越えて、作者の精神異常を感じさせるような作品であり、そこかしこにあらわれる女性の記述はこれまたちょっと作者の女性全般に対する一種屈折した思いを感じさせるものである。従ってこの本から「時空を越えるGAL達」に関する記述を引用するのはフェアではないかもしれない。

しかしこれから引用するところは、さして異常な記述でもない。また今まで引用したGALの姿はすべて日本の女の子に対する物であり、「時空」の「空」の方を越える、という主張の根拠が薄いかもしれない。以下の文章はこの「空」を超えるという点を補完するものになる、と思えるのであえて引用する次第である。

ガリバー氏はラピュータという空を飛ぶ島を訪問する。この島には国王の宮殿があるが、国土の領土は地上の島(そこには首都があり、ラガードという)である。この島には高尚な思想にふける不思議な人たちが住んでおり、地上の島にはまた別のタイプの人々が住んでいる。さて「天空の島ラピュータ」にすむ女達に関するガリヴァー氏の記述である

 

「私は、この島こそ世界中で一番楽しいところだと思っているのだが、ここの女房や娘達はこの島に閉じこめられているのはまっぴらだと嘆いている。贅沢で豪勢な暮らしもできるし、好きなことならなんでもできるのに、外の世界がみたい、首都に行っておもしろおかしくくらしてみたい、と切望してやまない。(中略)

聞くところによるとある宮廷の貴婦人が、この王国きってのお金持ちで、容姿端正で、自分を心から愛してくれる首相と結婚し、数人の子宝にもめぐまれ、島じゅうで一番瀟洒な邸宅にすんでいたのに、健康上の都合でという口実の下に、ラガードに降りていって、数ヶ月にわたって姿をくらませたという(中略)

こんなことを書くと、そんな遠い国の話ではなくて、ヨーロッパのあるいはそれこそイギリスの話を書いていると読者は思われるかもしれない。しかし、とくとここで読者にご考慮願いたいことは、女というものの気紛れは何も特定の風土や国民に限られてはいないということ、そしてまた一般に想像されている以上にどこでも似たり寄ったりなものだということである。」

 

彼はここで言葉こそちがえど「時空を越えるGAL」と同じようなことを述べている。彼女たちは世紀も国境も越えて存在している。そして火星の衛星が2個あることを実際の発見に100年先立ち記述していた作者が、こんな明白な事実に気がつかないはずもなかったか。

私は多くの日本人にとっては、日本はほとんど天国のようなところだと思っている。人種の差別に悩まされることは少ないし、町は安全であり、贅沢な暮らしができる。それでも彼女たちはそこから出ていくことを願ってやまない。「米国に駐在する」とある男が言えば、仮にその男がどれほど憂鬱な顔をしていようと、彼女たちは例外なく「いいねー」と羨望のまなざしを向けるのである。その彼女たちのうち何人かは実際にその天国を出ていく。そして本当に彼女たちにとって、よりよい天国を見つける人もいれば、地獄を見る人もいる。

 

1998/6にあるニュースを聞いたので追記しておく。大阪で一人暮らしの30歳の女性がコードで首をしめられて自宅のアパートで殺された。犯人は元インドネシアの留学生であった。彼女はバリ島に住むことを夢見て、犯人からインドネシア語を習っていたらしい。犯人は「金に困ってやった」のだそうだ。

彼女は外国に飛び出す前に、言葉を学ぶくらいの慎重さはあったわけだ。しかし「夢」をかなえようと思えば、もうちょっと慎重であるべきであったのかもしれない。しかし所詮彼女たちを止めることなど誰にもできはしないのだ。私にできることは彼女たちの幸運を祈ることだけである。


注釈

GAL:考えてみればこの言葉も一時の流行語だったような気がする。戻る

 

はみだしYouとPia参考文献一覧へ):このなんとも形容がしにくいコーナーには私が知っている限りで2種類の傑作集がでている。私は10回このコーナーに載ったことがあるが、もちろん傑作編には一回も選ばれていない。最初の傑作編は「はみだしキャンディ」とかいう名前で千歳飴のような形状をした非常に読みにくい書物であった。あの本を古本屋で探そうとしても難しいだろう。さすがに不評だったのか次の傑作編は通常の形状の書物に戻っていたが。戻る

 

純情クレージーフルーツ(参考文献一覧へ);彼女の作品はどれもこれも考えさせてくれるものがあるが、これもまたすばらしい傑作。戻る

 

時空を越えるGAL達(トピック一覧へ;これだけ聞いたらなんの話かと思うかな。戻る

 

リスク:この話の結末はこうである。その友達は意気揚々と日本での仕事を退職してシンガポールに向かった。しかし不幸にして彼女が頼った斡旋業者はあまり善良な人々ではなかったようだ。結局彼女は10ヶ月後には日本に戻ることになったのだが、その間ずっと「不法移民」の身分だったそうだ。彼女は何度もシンガポールから私の友達に泣き言の電話をかけてき、這々の体で身一つで日本に戻ったそうである。私の友人にとって「その女の子の出発前の意気揚々とした言葉と、帰国後の彼女の姿を比べるのはつらかった」そうだが。戻る

 

石油技術者たちの太平洋戦争(参考文献一覧へ:しばらく見あたらなかった第二次世界大戦に関する書物の中のヒット作。いつまでもミッドウェーだ真珠湾だとやってないでこういういろいろな側面に注目した書物を見つけていきたい。戻る

 

週間モーニングに連載されている大阪に住んでいる一家をとりあげた傑作(参考文献一覧):「大阪豆ゴハン」というこれまた名作。なにがおもしろいかうまく説明できないのだがおもしろい。戻る

 

決戦機疾風航空技術の戦い参考文献一覧へ):さきほどの「石油技術者」と同じシリーズである。戻る

 

ガリバー旅行記:この本が少年少女向けのおとぎ話として載るような物語でないことはつとに有名である。本文に戻る

 

火星の衛星が2個ある:小説がかかれたのは1726年、火星に衛星が2個あることが「観察」されたのは1877年である。ただしここでの私の引用の仕方は冗談であるので本気でとらないように。本文に戻る

 

多くの日本人にとっては、日本はほとんど天国のようなところだこれはあくまでも私が経験した範囲のほかの国と比べた、相対的な評価であることを強調しておきたい。本文に戻る

 

彼女たちは例外なく「いいねー」と羨望のまなざしを向ける:(トピック一覧)これはわたしが34歳の身空で、3年半、20世紀末まで自分の意志に全く反してアメリカに閉じこめられることになったときに実際経験したことである(トピック一覧)。40歳以下の女性は(5-6人だが)全員私の憂鬱な表情をものともせず「いいねー」と言った。「それは大変ね」と言ってくれたのは、結婚相談のセールスのおばさんと、会社のゲストハウスの女性だけである。本文に戻る