8月の邂逅

日付:2001/8/8

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寄生虫の歌

その日私はゆっくりと目覚めた。目黒駅に9時集合。いつもその先の渋谷駅に7時についている私にとっては余裕の時間である。おまけにいつもの通勤経路と同じであるからして定期まで使えるときている。家を出るといつもの道を歩く。普通の日と唯一の違いと言えば鈍行の替わりに快速特急に乗っていることくらいだ。ぼんやりしているうちに目黒についたがまだ時間は30分近くある。朝ご飯でも食べようとかと思い近くのWendeysにはいる。

スコーンセットを注文したのだが、でてきたそれは私が今までに見たいかなるスコーンとも違った形をしている。ビスケットの親玉のような姿のものをスコーンと称すると思っていたのだが、目の前にあるのはなんだか丸くつるりとしたものだ。その丸い丸いスコーンを見ているとなんだか先行きに不安を感じ出す。そういえばさっき私の前にサスペンダーをしたおじさんが注文をしていた。おじさんもサスペンダー、私もサスペンダー。そしてそのおじさんは妙によたっとした恰好をしてしかも半分禿だったのだ。こんなことが気にかかり

「これは何か悪いことの兆候か」

などと考えるのも初対面の人たちに会う不安故だったのであろうか。

さて、そのつるりと丸いスコーンを食べると10分前である。まだ少し早いが行ってみようかと思い指定された目黒駅西口にぶらぶらと歩いていく。すると改札のほうから青いポロシャツを着た男性が歩いてくるのに気がつく。いや、別に青いポロシャツがどうしたというわけではないのだが、その人は頭に白いバンダナを巻いていたのである。AB氏ご指定の恰好だ。

「何でもないんだよーん」

というふりを装って一旦通り過ぎる。振り返ってみるとやっぱり白いバンダナをしている。そしてどこか人を捜している風情だ。となればまず間違いあるまい。私はおずおずと視線を向けると

「あの、、、、ABさんですか?」

とかなんとか声を掛けた。

「どうもどうも」と挨拶をすると「ここに立っていれば目黒駅西口といって何の問題もあるまい」という場所に二人で立つ。AB氏のサイトに書いてあった内容などをネタにしながらあれこれ話をする。これから3日に渡って一緒にあれこれするわけだが、なんだか一緒にいて気まずいような人だと困るなあと思っていたがそんな心配な微塵もなさそうである。よかったよかった。

さて、その間も二人の視線は改札口の方に向けられている。あと二人。一体どのような人がくるのか見当もつかない。何度か

「あれではないか」

という男性を見かけるのだが、相手はこちらの熱い視線をものともせず通り過ぎていってしまう。

9時になったが居るのはこの二人だけだ。AB氏はまずST氏に電話をする。会話をハタで聞いている限りではどうやらなにやら芳しくないことが起こっているようだ。なんでも

「昨日胃の検査の為にバリウムを飲み調子が悪い」

とのこと。ST氏は昼からの合流となる。

所在なげに待つことさらに数分。誰かを捜している様子の男性が現れ、どちらからともなく声を掛ける。果たしてSJ氏であった。Tシャツの胸に輝くのはホーチミンの肖像画。うむ。いきなりこう来たか。

それからまずはどこかで朝飯でも食べながら今日の作戦会議ということになる。一同AB氏の車に乗りこむと、おお、これがかの有名なナビ子ちゃんであるか、と妙な感心をする。少し古い型ではあるが彼女はこの後数日間にわたり大活躍をすることになる。

東京の道は狭い。私が引っ越しで自らハンドルを握った時にも感じたのだが、こうして乗客として眺めてもやはり狭い。おまけに右折はなかなかできないから、運転というのはずいぶんと忍耐を要する行為となる。ぐるりんぐるりんと回った後にRoyal Hostにたどり着いた。

なにやら食ったり飲んだりしながらあれこれの話をする。今日第一の目的地であるところの目黒寄生虫館にまず行く。その後そうめんをたべ、そしてなんとか科学館に。その後一度浅草のホテルに戻り、飲み会の場所に行けばちょうど良かろうと簡単な算段を建てる。その合間に何故近鉄ファンなんですかとか、阪神ファンのシーズンは短いですねとか、いやあ、「残虐ナル佐々木」には笑わせていただきました、とか各自のサイトを読んでいない人には何のことやらさっぱり解らない会話が続く。初対面同士でぜーんぜん話題がなかったらどうしよう、と内心不安に思っていたのだが、どうやらそうした心配はなさそうだ。

では、ということでその場を後にし、寄生虫館とおぼしき方向に向かって歩き出す。道の途中でAB氏が私のデイパックについて言及する。私は蓋をぱかっとあけ

「ほれ、この通り。ノートパソコンが収容できるようになっているんですよ」

と見せる。その瞬間AB氏は「えーっ。本当に電話帳を持ってる」と言う。しかり。事前に掲示板で

「待ち合わせ場所でどのような目印でお互いを識別するか」

という話題が語られ、バラの花をくわえるだの、ネクタイと革靴「のみ」着用だのいう案にまじり

「やはり正統な目印は頭に載せた電話帳ではないでしょうか」

と書いていたのである。書いた以上は実行せねばならぬ。とはいっても私にも一片の理性はある。いきなり電話帳を頭に載せて踊ろうとは思いもしなかったが、もし相手を見つけられない場合小脇に抱えようかとは思っていたのである。

私は

「いやあ、これでも一番薄いのを選んで来たんですよ」

とピントはずれの返答をする。そんな会話をしながら坂を上るうち、誰かが「あのビルではなかろうか」と言った。近寄ってみれば大正解。これがかの有名な目黒寄生虫館である。

一応「館」と名が付くくらいだから壮麗な建物を想像していたのだが、普通の細長いビルである。では入りましょうかと我々が階段に足をかけようとした瞬間、そのできごとは起こった。我々の前を軽やかな-本当に軽やかな-足取りで駆け登っていた女性が、靴を落としたのである。我々がなにがしかの反応を返す前にその女性は靴を拾い上げ再び軽やかに扉をくぐっていった。

一瞬私の頭の中は真っ白になる。えっ?何?今の。えーっと、女性が靴を落として、、ええい、とにかく寄生虫だ、というわけで扉を開ける。

中はこじんまりとしている。これではあっという間に見終わってしまうではないかという心配は数秒後には消えていた。生まれてこの方あれこれの展示を見たが、この日ほどそれまで興味も知識もなかった事柄に対して食い入るように見入った事はなかったように思う。見ている間にじっとりと汗がにじんでくる。どこににじんでいるのか解らないがとにかくにじんでくる。一階を見終わると2階に上がろうとする時、途中の踊り場にパンフレットらしき物が置いてあるのに気がつく。そのうちの一枚は

「世界のうんち展」

とかいうものだ。ううむ。やはりパンフレットも一筋縄ではいかない。恐るべし寄生虫館。そう思いながら2階に上ると目に飛び込んでくるのが

「足が3本ある男性」

の写真である。

いや、ここはあくまでも寄生虫館であるから、と思い写真を見れば真ん中の足は妙に黒ずんでいる。もっもしやこれはっ。と思えばまさにその通り。ううむ。事前に漫画で知識を仕入れてはいたのだが、心の準備を与えるまもなく階段の一番近くに配置するとは。

ぶつぶつ言いながらも展示を見る。生野菜について感染、というキャプションの横には、キャベツ畑でしゃがんでいる小さな女の子の写真がある。

それがどうしたというのだ。しゃがんだだけで寄生虫に感染するとでもいうのか。何かの心臓にはアニサキスなる寄生虫がうにょうにょついている。うむ。これがかの有名な。フィラリアも居たように思う。展示は我々に語りかける。知ってましたかぁ?いつも食べているお魚にはこーんなに寄生虫がいるんですよぉ。

脇には小さな部屋があり、そこには

「寄生虫研究発展に貢献した偉人達」

の写真だか年表だかが飾られている。芸能レポーターなる職業の親を持った子供はかわいそうだという話題が語られたことがあったように思う。親が立派な学者ならそうした心配はあるまい、というのは早計に過ぎる。それが寄生虫研究の大家であった場合、残虐にして畏れを知らない子供達であればその子供をからかうのに躊躇することはあるまい。

「お前のとおーさん寄生虫なんだってな」

「さわるなよ、寄生虫が移るだろ」

それでも父は研究に進まねばならぬ。そこに寄生虫がいる限り戦いは続くのだ。寄生虫研究の道を羅刹となって突き進むのだ。

そのうちSJ氏が興味深いコメントをする。ここは5階建て、しかるに公開されているのは下の2階だけである。3階から5階には一体何があるのだろうか。そこには、ここに展示されているものの数倍に渡る寄生虫のホルマリン漬けが並び、その間では寄生虫研究に打ち込む研究者が顕微鏡を覗き込んでいるのだろうか。さらにSJ氏は続ける。

「ここで上の階が崩れ落ちてきたらどうなるんでしょうね」

 

頭を振り、気を取り直すとまた見学だ。部屋の一番奥にはあれこれのおみやげグッズが売られている。その中には一部で有名らしい

「雄と雌がくっついたままで、一見蝶のように見える」

何とか言う寄生虫を形取ったペンダントがある。これなど確かに黙ってプレゼントすればそれでも通ってしまいそうだ。もっともそれが寄生虫と知られた後でも振られないためには双方にそれ相応の資質と幸運が必要と考えられるのだが。

せっかく来たのだから何か買っていこうかと思う。安いから絵はがきなどよいだろうか。しかしどれにしようか、と眺めているうちにさらに汗がじっとりとわいてくる。誰かが

「嫌いな相手に送るのにちょうどよい」

などと言ったが、その前に自分が気持ち悪くなってしまいそうだ。結局買ったのは一番無難に見える蝶型寄生虫のラメ入りTシャツ。係りのお姉さんはとてもにこやかに説明をしてくれる。私は居並ぶ寄生虫の存在感に押されてぼそぼそとしか言葉が返せない。

我々は文字通りというか精神的にというか満腹になってその場を出る。うむ。いきなりこのインパクトはなんなんだ。そのうち我々の話題は

「寄生虫姉ちゃん」(AB氏命名)

に移っていく。

口には出さなかったが皆ちゃんと見ていたのである。話を面白くするためでもなんでもないのだが、彼女は相当に可愛い女性であった。そして靴を履き扉をくぐった後、一人でにこにこしながら展示を見ていたのである。その笑顔と靴が脱げる前の彼女の足取りの軽さとを思い合わせる時、彼女の正体についての我々の想像は膨らんでいく。

ひょっとすると彼女も寄生虫研究に一生を捧げようと決心している人なのかもしれない。さすれば彼女にとってここはメッカとも聖地ともいうべき場所だったのやもしれん。まあ、こんな貴重な寄生虫が展示されているわ。うふっ、○○先生の素敵なお姿。私もいつかはここに写真を飾られるような研究をしたいわ。ああ、何故我々はにこやかに

「落としましたね」

といって靴を拾い上げ、差し出す事ができなかったのか。そして寄生虫研究にかける彼女の情熱について知る機会を逃したのか。ってすっかり決めつけてますけど。

見学の後はそうめんを食べよう、というのが当初の計画であったのだが、近くにそうめん屋がある気配もない。その代わりといっては何だが隣には自然食を売っている店がある。無農薬野菜。畑の泥がついたまま。ついでに寄生虫もついたまま。なんたって自然の力なんすから。この隣に魚屋を開く奴はいないのか、と誰かが言う。私は

「はい。告白します。私はぎょう虫を飼ったことがあります」

と言うのだが誰もこの言葉に共感してくれない。

まだ昼には時間があるし、ということで第2の目的地、東京タワーに向かう事にする。AB氏は狭く混雑した道にもかかわらず巨大なStep Wagonを軽快に走らせていく。ふと外を見ると

「おお、こんなところに迎賓館がある」

などという驚きがある。東京をドライブするのもなかなか楽しいなあと思う。少なくとも自分が運転していないときはそうした事を考える余裕がある。

すこーし遠回りしたあげく目的地にたどり着いた。色々なナンバープレートがあるが、おそらくはこの秋田ナンバーが最遠地ではなかろうか、などとSJ氏と話しているうちにAB氏も準備完了。心うきうき東京タワー見物である。

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注釈

ナビ子ちゃん:「デジタルライフ」「02・ナビ子ちゃん」および「54・ナビ子ちゃんの逆襲」参照 本文に戻る 

正統な目印:「それだけは聞かんとってくれ」大阪雑文オフ報告参照。本文に戻る

その通り:寄生虫によって肥大化した男性の陰嚢である。本文に戻る