題名:Java Diary-81章

五郎の 入り口に戻る

日付:2007/2/9

目次に戻る


未踏宣伝講演

IPAXが終わりほ れほれとしているころ、メールが届く。なんでも未踏ソフトの宣伝を大学でやるので、スーパークリエイターに講演をお願いしております。以下の大学ですが、 協力をお願いできますか、との内容だ。後で知ったことだがこれは出身大学でやるのがデフォルトらしい。メールに並んでいるのは出身校ではない3校。私の場 合卒業してからとても長い年月がたっているから、どこでやっても同じということなのだろう。割と暇な時期だったし質疑応答で罵倒されることもないだろうか らどの大学でも対応できますよ、と返事した。

すると7月24日に奈良先端大学で講演をお願いできませんか、と返事が届く。講演名と講演概要を書いてほしいと言われたので、以下のように返した。

・講演題目
 私は如何にして仕事と育児に追われながらも未踏ソフトに応募するようになったか

 ・講演概要
 開発したソフトウェアの概要を説明。何故それを未踏ソフトに応募して開発しようと考えたか。また開発中にどんなことが起こったかを紹介する。

わかる人にはわかると思うが、講演題目はDr.Strange Loveの副題をもじったものである。最初考えたときは「これはいける」と思ったのだが実際にもじってみたらあまり面白くない。しかし考え直すのも面倒だからそのまま出してしまう。
すると今度は奈良先端大学で担当をしてくれる先生からメールが届く。なんでも今回の説明は、
「外部講師による講演を中心とした必修授業のコマのひ とつになっており,学生には講演出席数によって単位がつきます」
ということで、もう少し講義らしい題名にならないか、という依頼だ。そういえば大学の講義 で外部講師の話を聞くっていうのあったなあ。いろいろな話が聞けるので結構好きだった。いまだに内容を覚えているものもいくつかある。思えばあそこで最初 に入った会社の話を聞き「航空関係は男の仕事である」なんていうせりふに感動したのが間違いの元だったか。しかしそのときは 本当にそう思ったのだ。

な どと昔の思い出にひたっている場合ではない。他の人はどういう題名でしゃべっているのかと調べれば、たとえば私の前の回の人は「 拡張現実感技術に基づく3次元ユーザインタフェース」である。ううむ。これは硬い。というわけで素直に採択されたときの名称にあわせてしまう。
と いうわけで事務的な話は済んだので今度は何をしゃべろうかと考える。授業の時間は1時間半、その中で私がしゃべる時間は確か30分ほどということ だったと思う。確かGoromi-TVのプレゼンは15分くらいだから、まずそれをしゃべり、後の15分は背景情報をしゃべろう、と決める。
未踏でしゃべったときは2月の末だったが、はや数ヶ月がたとうとしている。子供がGoromi-TVを使っている写真があったのだが、着ているものが冬服だ。写真を夏服のものにとりかえる。前半はそれでOKだが問題は後半。あれこれ考えた末
「なぜ未踏に応募したのか」
「未踏で何がよかったか、大変だったか」
についてしゃべろうと考える。
こ の「なぜ未踏に応募したのか」を書き始めると長くなる。ここ数年は研究と呼ばれる仕事をしているが、その前はぜんぜん研究とは無縁だったものなあ。そんな 状況を説明するのによい写真はないかと探す。私が入社2年目から3年間担当していた地対艦誘導弾の発射機の写真なんかないかしら、と思って探すとちゃんと 見つかった。驚いたのは各地に配備されている量産型ではなく、私がまさに担当していた試作機-出張先で宴会があったとき、私はこのトラックの上で酔っ払っ てひっくりかえったこともある-の写真があったことだ。どうやら今はどこかの駐屯地で展示品としての生涯を送っているらしい。この写真を見つけて喜ぶのは 世界中に五指にもみたいない数の人だろうが、私にとってはうれしかった。

とかなんとかやりながらプレゼン資料を作り上げる。 本番は7月の24日。前から奈良先端大学というところはとんでもなく田舎にあると聞いていたがどんなところだろう、と考えながら電車に乗る。京都からは近 鉄線にのる。するとなんとか京の発掘地のようなところが見えて驚く。ううむ。さすがは京都、奈良だ。しばらーく電車に乗り高の原、というところからバスに のる。これもしばらーくゆられることになる。あたりの緑が濃くなってきたなあと思うことしばらく。あるものを見つけて私は驚愕する。

そ れ は空に浮かぶアドバルーンだった。そういえば小さい頃は何度かみたような記憶があるが、最近は見たことがない。どうやら山の上にショッピングモールの類が 開店したらしくその宣伝らしい。このあたりは起伏があるから確かに高いところからアドバルーンを揚げるというのはいい方法かもしれん。

と か考えているうちに奈良先端大学につく。まだ時間は大幅にあまっている。暇だからキャンパスの中をうろちょろするが、すぐ見終わってしまうし第一暑い。隣 に企業の研究所があるようだ。そちらに行ってみる。地面にアインシュタインの顔が書いてあり、それが総ガラス張りの研究所建物に反射して見える。良い アイディアなのかあるいは最初だけ驚いてどうでもよくなるようなアイディアなのかわからない。それ以上見るものもなさそうなので、建物の中に戻 る。

そこからたっぷり一時間はぼーっとしていた。ボーっとしていたので何をしたかは覚えていない。時間が近づいたので教室に行く。担当を してくれる先生と、世話焼き役の学生さん、それにIPAの人がいる。挨拶してあれこれ話す。聞けば来週から試験週間とのこと。おまけにこのセミナーシリー ズは後半にはいっている。ということはすでに出席回数を順調に伸ばしている学生はこなくてもいいということだ。というか学生の時の私だったら絶対サボると 思う。

ということは観客は一桁くらいかなあ。まあ一桁でもなんでも聞いてくれる人がいるってのはいいことだよな、と考える。まもなく前の 講義が終わり開場。中にはいるとあれこれ準備する。学生さんはどやどやというほどではなく、しかし結構途切れなく入室してくる。最終的には30−40名ほ どいたのではなかろうか。階段式の教室だからこちらから相手の顔もよく見える。これくらいの人数がちょうどよいかもしれない。

というわけで最初はIPAの人が未踏事業の紹介をする。各大学、県にあわせて応募状況などを紹介するのは良い試みだと思う。次が私の番。まずはGoromi-TVの紹介。これまでやったプレゼント同じ内容である。そこで一息いれる。プロジェクターには
"INTERMISSION"
と いう文字が写っている。2001年宇宙の旅の真似である。そこからが後半。いやー私研究とは無縁の仕事をしてきたのでございますが、そのような仕事では自 分の考えを形にする、というチャンスはほとんどないんですよ。実際私が入社2年目から5年目にかけて自分の考えを形にできたのは、発射機と遠隔操作のリモ コンをつなぐケーブルドラムの位置を変えたことくらいだ。それも私が出張している間に、上司にわけのわからない難癖をつけられて没にされそうになった。頭に来た私は図面を使い、ちゃんと搭載可能な事を示してそのアイディアを通したのだが、今 から考えれば当時の私は若かったということなのだろうな。
今 の会社に来てから「新規事業提案公募」というのがあるから、はりきって9つも出したんですよ。で、どうなったかと言うと「たくさん提案してくれてご苦労さ ん」という言葉とともにみんなどこかに消えましたね。(ここでブラックホールの想像図を一面に出す)と言ったところで何人かが意外さを伴った笑い声をあげ た。思うに彼らは企業での勤務経験というのがないのだろう。
この「新規アイディア募集」というのにはサラリーマン生活で何度か出くわしたが、その経験から悟った事は以下の通りである。
・ほとんどの場合、会社は「新規のアイディア」など求めていない。
・本当に画期的なアイディアにはリスクが伴う。会社が求めているのは「リスクが無くて、儲かる話」である。
・そんな話などあるわけないから、すべての提案はどこかに消える。
・もし消えないとすれば「会社が言いたいけど、何らかの理由で言いたくない」事である。
・つまるところこの「新規アイディア募集」の結末は二つしかない。
ほとんどの場合:「社員に募集したがやっぱりいいアイディアはなかった」ということになる。すなわち新規事業の案がな いことのいいわけに利用できる。
ごく少数の場合:「よく言ってくれた。さっそく実行しよう」となる。これには例えば「出退勤時には挨拶をしよう」といった提案 が該当する。
などという話は長いので、その場では単に「消えました」と言う。次に「会社に言っても無駄だと悟りました」とつなぎ、なぜGoromiを作った か。なぜ未踏に応募したかをつらつらと話していく。その内容はこのJavaDiaryに書いてあることなので繰り返さない。最後に示したのは未踏の中間報 告会で撮った写真。私は写っていないのだが、参加者が岐阜の養老天命反転地というところでジャンプしているものだ。なぜこれが気にいっているか。

こ の写真にはいろいろな人が写っている。サラリーマンあり、個人事業主あり、アート関係の人あり。年齢、性別もさまざまだ。その人たちがいっせいにジャンプ している。ジャンプしたからどうということはない。ジャンプがしたいからしているのだ。未踏ソフトは私にとってこのような場であったし、そのような機会と いうのはなかなか得られるものではない。

私の後には再びIPAの人が応募について説明する。その後は質疑応答の時間になる。学生さんから いくつか質問があったかと思うが忘れた。今回受け入れてくれた先生からいくつか鋭い質問が飛ぶ。うげげげ、と思いながらなんとか答える。最後にその先生が 聞いた質問はちゃんと覚えている。
「スーパークリエイターになって何か変化がありましたか?」
基 本的にはありません。会社は「あっ、そう」といった風ですしね。しかし私にとってはこのように自分の考えを形にして、かつ外の世界に問えるチャンスを貰っ た、ということ自体が重要なのです、と答える。こうやって文字にしてみるとぜんぜん回答になっていないが私に他に何が言えよう。

と いうわけで無事に講演はお開き。最後に学生さんが一人来て、応募しようと思うかどうか、と聞く。私は(多分本当は回りくどい表現をしたと思うが)「とにか く応募してしまえ」と答える。それが終わると長い長い帰り路。それで未踏のことはしばらく忘れる、とはならない。今度はこのGoromi-TVをWISS に出す、という仕事が待っているのだ。

前の章 | 次の章


注釈